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「171」「349」「520」。明瞭だった合否基準。初の公式戦に向けた選考で見えた〝体育会〟ハリルホジッチ方式の真意と熱意

博識の党首・大島和人が、25名から見えたハリルホジッチスタイルを分析する。

6月1日、ハリルホジッチ監督はロシアW杯アジア予選に向けて日本代表メンバーを発表した。この顔ぶれから見えたものは何か。またW杯予選に期待することとは?それぞれの識者が新生日本代表を語り倒す。まずは博識の党首・大島和人が、25名から見えたハリルホジッチスタイルを分析する。

▼オープンかつ詳密な記者会見
「リストの発表を始める前に、皆さんに情報を見せたい」

 ヴァイッド・ハリルホジッチ監督は会見の冒頭でこう切り出すと「171」「349」「520」といった数字をビジョンに映し出した。

 数字は”自分自身とスタッフがチェックした試合数”だった。ハリルホジッチ監督はこう続ける。「J1からJ3まで(のリーグ戦を)116試合。ナビスコカップが28試合で、ACLは24試合。ヨーロッパは3試合。ライブで観たのが(合計)171試合だ。ビデオでも349試合を見たので、トータルは520試合……」。

 十分な試合を見て、25人のメンバーを選び出した。労力をかけて選び、自信を持って送り出せる。彼はそういう”プライド”を示したかったのだろう。言ったらちょっとした自慢話だが、決して嫌味な感じはない。「日本人も世界に出るならこれくらい堂々とした自己アピールが必要だ」と感心させられたほどだ。

 確かに十分な目配りを感じる選出メンバーだった。監督自身もそれぞれを選んだ理由、今季の出場状況や可能性についてはっきり語る、非常にオープンで詳密な記者会見だった。

▼選考は意外に芸術面重視か?
 ハリルホジッチ監督のサッカーについて規律、球際の重視、縦への速さといった体育会的イメージが広まっている。しかし選び出されたメンバーを見るとむしろ技術、発想を尊ぶ姿勢が強いのではないだろうか。特にサイドアタッカー枠で選ばれた4名(本田圭佑、原口元気、宇佐美貴史、武藤嘉紀)からそれは感じ取れた。

 原口と宇佐美は間違いなく素晴らしい”個”で、そのドリブルや意外性、キックの質は間違いなく日本のトップに位置する。しかし若くて荒削りな部分が残り、使い方の難しい選手でもある。年代別も含めた代表で、今までその才能が十分に活かされてきたとは言い難い。彼らのスペシャリティを損なわず、その上で組織にフィットさせ、戦わせるという作業は難題だ。

 しかしハリルホジッチ監督は枠にハメにくいからと言って、選手を排除しない。減点評価よりまずプラス評価で見て、「不足があれば自らの手腕で何とかする」という自負があるのだろう。思い起こせば、2000年のシドニー五輪、2002年のW杯日韓大会を指揮したフィリップ・トルシエ氏もかなりの”体育会”指揮官だった。しかし小野伸二や中村俊輔をウイングバックで起用するなど、選手の選考に関しては”芸術性重視”の傾向が強かった。

 ハリルホジッチ監督は宇佐美の”ブレイク”について「宇佐美とはかなり沢山話しました。私のスピーチを受け入れてくれて嬉しいし、いいシーズンを送っている。得点王にもなりそうですね」と、我がことのように喜ぶ。原口についても「ほぼ全試合で90分出ているし、左と右の両方でプレーしている。テクニックが高いし、戦術的な能力も高い。私は初めて彼に会いますけれど、ポジションを奪ってほしい」と期待を口にする。

▼明瞭だった基準点
 原口の選出理由にも挙げられているが、ヨーロッパ組の”合否判定”を左右した大きな要素がコンディションだ。「試合をしていないとトップフォームにはならない」(ハリルホジッチ監督)ことは当然で、乾貴士が選外になったこともそれに絡んでいる。

 今回の25人を見ると所属クラブで出番が乏しいのに選ばれたという”例外”は川島永嗣と酒井高徳の2人のみ。しかし川島には代表における絶対的なキャリアがある。酒井高についても「国内組のサイドバックで(酒井)高徳よりもいいパフォーマンスをする選手を見つけていないだけ。ただ明日、彼よりいいプレーをする選手がいたらすぐに呼ぶ」と付け加えるほど、ハリルホジッチ監督の直近の出場歴に対するこだわりは強い。

 W杯2次予選のエントリーは23名。良いパフォーマンスを見せれば、この25人に追加もあるのだろうし、負傷などで合宿から去る選手が出る可能性もある。いずれにせよ選手たちはアジアの強敵と戦う前に、チーム内のライバルたちと戦わなければならない。

「(選出理由は)海外だから、国内だからということではない。誰にも特別な権利は与えませんし、いいパフォーマンスだったら選ぶ。競争心を植え付けたい」

 ハリルホジッチ監督はそう強調する。いいプレーをしていたらすぐ呼ぶし、そのためのチェックは怠らない。それを選手やサポーターに伝えたいからこそ、わざわざ観戦試合数をアピールしたのだろう。

 リオデジャネイロ五輪世代(93年1月以降生まれ)が一人も入っていないことは少し寂しさもあるが、チームには92年組の柴崎岳、宇佐美貴史、武藤嘉紀や91年組の谷口彰悟、原口元気といった少しフレッシュな顔ぶれが加わった(※酒井高徳も91年組だが、彼にはもう十分な実績がある)。逆に29歳にして代表戦未出場という丹羽大輝も名を連ねている。

 国内組13名、国外組12名という配分も絶妙だ。6月の2試合に向けたサムライブルーは広い目配りから、色んな要素をバランスよく取り込んだチームになった。ただ厳しいだけでなく、気配りに富んだ人柄が垣間見えた、ハリルホジッチの選手選考と記者会見だった。

大島和人

出生は1976年。出身地は神奈川、三重、和歌山、埼玉と諸説あり。柏レイソル、FC町田ゼルビアを取材しつつ、最大の好物は育成年代。未知の才能を求めてサッカーはもちろん野球、ラグビー、バスケにも毒牙を伸ばしている。著書は未だにないが、そのうち出すはず。