開かれたのは、大きな扉。変則合宿が始まった今こそ思う、日本代表の未来地図
この新体制について丹念な取材を重ねる河治良幸は、メンバー発表と同日に始まった異例の「海外組国内合宿」を起点に、代表の未来に思いを馳せる。
▼海外組8名でのスタート
6月1日に代表メンバーを発表したハリルホジッチ監督は、その日の夕方には海外組8人とトレーニングを開始した。午前・午後の2部練習を重ねた上で、週明けの8日から国内組が合流しての全体合宿となる運びだ。
初日と2日目の午前はランニングを中心としたメニューをこなし、ハートレートを使ってそのデータを選手に提示。それぞれの選手のフィジカル状態に合わせて足りない部分や目標を提示した。夕方には一転して細かいテクニックの練習を行い、少しでも甘さが出れば指示が出された。
現在はドイツでプレーし、浦和ではフィンケやペトロヴィッチといった外国人の指導を受けてきた原口元気も「(フィンケより)さらに細かいかな。ただ戦術のことをやっていないから、サッカーがどんな感じか気になります」と笑いまじりに語っているほどだ。
▼明確に示された選考基準
今週中に順次合流する4名を合わせ、全25名のうち海外組は12名。ひざに負傷を抱える内田篤人など選外の理由が明確な選手もいるが、今回のスケジュールや2カ月後に国内組がほとんどになると予想される東アジアカップを控えていることを考えると、筆者の予想より割合は少なかった。
そうした理由もあり、記者会見の最後に筆者は「海外組で新しい選手は原口元気一人だった。3週間の欧州視察で精力的に情報を集めたようだが、そこで気になった選手をどういうタイミングで招集したいか。次の東アジアカップは国内組が中心になるが、セットでどう考えているか」と質問した。
それに対してハリルホジッチ監督は国内組と海外組を分けて考えるのは本来あまり好きではないと前置きした上で、一つの例として前回のメンバーでもある乾貴士は動向を追っているが、原口、宇佐美、武藤らを優先されたことを表明した。
「なぜかというとパフォーマンスの差だ。選んだ選手はたくさんの試合に出ている。このポジションでは本当に定期的に試合に出てもらわなければならない」
それではシーズン終盤の試合にまったく出ていない川島永嗣や酒井高徳はどうなのか。ハリルホジッチ監督は川島に関して「今回は彼がどんな状態かを見たかった」と説明。酒井高徳については「国内のSBのプレーを見たが、高徳よりパフォーマンスが良い選手を今は見つけていない」と語り、より良い選手を見つければすぐに呼ぶと付け加えた。
「日本代表は誰にも保証されていない。全員が戦わなければならないのだ。そういったことも含めてミニ合宿を国内組だけでやりたい。競争心を海外でプレーする選手たちにも見せたいと思っている。(結果として)帯同する選手の90%が海外組となることもあるかもしれないが、今はバランスを取ろうとしている。ただ海外組だから、国内だからということで選んでいるわけではない」
「この試合ではどのようなタイプが必要かということも含めて考えるが、良いパフォーマンスを見せれば招集する。そして競争心を植え付けたい。今はそれを作っている最中だ」
ハリルホジッチ監督はメンバー発表の冒頭で、来日からスタッフでJ1・J2・J3の116試合、ナビスコカップ28試合、ACL24試合を視察し、349試合の映像を分析し、さらに前日にも午前1時までかけて2試合を観たことを明らかにした。
それは自分だけでなくスタッフをあげて仕事していることをアピールすることも一つの目的だが、これだけの試合をチェックして、なるべくフラットな競争状態を作ろうとしていることの表明でもある。実際、選出メンバーに関して25名すべてに選出の理由を挙げていたのは象徴的だ。
例えば川又堅碁に関しては「パワーがある選手だからだ。テクニックは他の選手のほうがあるかもしれないが、こういう選手も必要だ。どういう相手と戦うかによる」と説明している。
また在任当時のザッケローニ監督やアギーレ監督はメンバー外の選手に関して理由を説明することを嫌い、ごく一部の例外を除くと記者の質問があっても回答を避けることがほとんどだったが、ハリルホジッチ監督は必要だと思えば説明に加えているのも特徴的だ。
できるだけ競争をうながし、選手たちにも納得してトレーニングや試合に励んでもらう。そうした意識が会見のコメントなどで随所に表れてくる。ただ、日本代表はオールスターチームでもなければファン投票で選ばれるわけでもない。ましてやコンピューターですべてが弾き出されるものでもないので、選考にはハリルホジッチ監督やスタッフの評価やチームビジョンが入ってくる。
そのため、結果的にどんなメンバーになろうと見る人が変われば「◯◯が呼ばれるべきだった」とか「◯◯が入っているのはおかしい」といった意見が出て来るのは当たり前の話だ。筆者の視点から見ても、個別の選出に関しては純粋に異論のあるポジションもある。
ただ、コートジボワールやアルジェリア代表監督時代の例から見ても間違いないのは、ハリルホジッチという監督はW杯を最大目標とした期間の中で、簡単にメンバーを固定するような指導者ではないということだ。
▼これまで以上に大きな扉
3月の2試合では勝利を目指しながら、ハリルホジッチ監督がやりたいサッカーを選手が多少大げさに表現した部分があり、酒井宏樹も「あれは間違いなく速すぎた」と振り返る。11日に行われるイラク戦と2次予選の初戦となるシンガポール戦では「相手をしっかり見てタクティクスを考える」というハリルホジッチ監督の哲学がより出る内容になるはずだ。
そこで何が達成され、何が課題となるのか。今回のメンバーのパフォーマンスがどうなのか。そうした情報に今後の視察、映像分析が加わり、その後のメンバー選考が決まってくる。少なくとも国内組にとって8月2日から中国の武漢で初戦をむかえる東アジアカップは大きなチャンスとなるだろう。
大きなサプライズ選出もあると期待しているが、どちらにしても競争は続いていく。3月の合宿で内田は「最後に残ってないと意味がないですからね」と語っていた。道のりは長いが、今回のメンバーであるなしに関係なく現状に満足し、そのときまでしっかり成長していなければ最終予選や大目標であるロシアW杯の候補にすらなりえないだろう。
日本代表はオールスターではない。しかし、しっかりクラブで高いパフォーマンスを続ければチャンスは来るはず。今回は選外となった選手の中には納得行かない選手もいるだろうが、この先の代表に入りたければ2試合をしっかりとチェックし、刺激にするべきだ。
「日本代表の扉は常に開かれている」とは過去の監督もほぼ例外なく言っているが、今回は最もその言葉を信じて良いのではないか。それだけのものを現時点までは示してくれている。
大いなる競争――。それは間違いなく、日本代表をこれまで以上に強くする源となる。
河治良幸(かわじ・よしゆき)
サッカー専門新聞『エル・ゴラッソ』の創刊に携わり、現在は日本代表を担当。セガのサッカーゲーム『WCFF』で手がけた選手カードは5,000枚を超える。 著書は『勝負のスイッチ』(白夜書房)、『サッカーの見方が180度変わる データ進化論』(ソル・メディア)、『日本代表ベスト8』(ガイドワークス) など。Jリーグから欧州リーグ、代表戦まで、プレー分析を軸にワールドサッカーの潮流を見守る。サッカーを軸としながら、五輪競技なども精力的にチェック。