J論 by タグマ!

涙の後でもう一度。笑顔で終わった都立東久留米総合の高校サッカー

自らも高校サッカーの空気の中で育ち、惜しみない愛を注ぐ土屋雅史が取り上げるのは、すでに大会から姿を消している敗者たち。語るのは、都立東久留米総合高校が迎えた「本当のラストマッチ」について――。

93回目を迎える伝統行事、高校サッカー選手権大会が12月30日より首都圏で開催される。今週の『J論』では、高校サッカーを取材してきた6人の筆者が、それぞれ少し視線と論点を変えながら「高校サッカーの風景」を描いていく。自らも高校サッカーの空気の中で育ち、惜しみない愛を注ぐ土屋雅史が取り上げるのは、すでに大会から姿を消している敗者たち。語るのは、都立東久留米総合高校が迎えた「本当のラストマッチ」について――。

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彼らのような物語は、きっと日本中の高校に存在する (C)土屋雅史

▼悲嘆に暮れた西が丘の後に
 東京でボールを蹴る高校生なら誰もが憧れる西が丘のピッチに、無情にもタイムアップの笛が鳴り響いた。

「全国に出たい出たくないじゃなくて、より多くの人にウチの子たちを見て欲しかったなというのはあります」と悔しさを露にした齋藤登監督率いる都立東久留米総合高校は、高校選手権東京都予選の準決勝で力尽きた。その1週間後、同じ西が丘で2年連続となる全国出場を決めた國學院久我山の李済華監督は試合後、「久留米は本当に強かったですよ」とわざわざ準決勝で下した相手について言及している。届きそうで届かなかった全国。都立東久留米総合の”選手権”は涙で幕を閉じることになった。

 私は國學院久我山の連覇を見届けた翌日、ある試合会場へ向かった。行き先は都立東久留米総合高校グラウンド。例年であれば選手権予選の敗退はそのまま高校サッカーの引退を意味していたが、今年の彼らの引退は”もう1試合”先延ばしにされていた。

 その試合とはT2リーグ第10節。”Tリーグ”と呼ばれる、東京の高校年代で争われるリーグピラミッド。その2部に所属している都立東久留米総合は、延期されていた1試合を残した状態で2位に付けていた。この試合を除いた全日程は既に終了しており、首位と彼らの勝ち点差は『2』。勝利のみが優勝の条件という大事なホームゲームが、選手権都予選決勝翌日に組み込まれていた。

 ただ、懸けるものの大きかった選手権敗退を受け、再びリーグ戦へと気持ちを切り替えるのは簡単なことではない。守護神の長江涼も「選手権が終わって、練習の時も雰囲気が悪い感じがあった」と正直に話す。「選手権が終わったショックというよりも、逆に吹っ切れちゃったというか、糸が切れた凧みたいに『どこに飛んでいくかは風に聞いて下さい』というような雰囲気が今週感じられた」という齋藤監督は水曜日にチームへ一喝を入れる。効果覿面。「最後の木曜、金曜、土曜は自分たちでしっかり話し合って『絶対勝ってリーグ優勝して、後輩たちに財産を残そう』という話をした」とCBの野田竜太は言う。イレブンはもう一度気持ちを奮い立たせて、日曜日のピッチに向かった。

▼笑って終わるために
 東久留米総合のラストマッチは、ベンチメンバーも含めた20人の内、19人が3年生という構成で迎えた。だが、そんな選手たちからは序盤から体が動かない様子が明らかに見て取れる。「自分がやりたいことしかやらないような感じになっちゃった」(齋藤監督)チームは、相手に押し込まれる展開が続いていた。

「みんなやる気がないわけじゃないのに流れも雰囲気もずっと悪くて、球際の気合が足りないのを見ていたら、自分もイラついちゃってどんどん悪循環になっていった」と話したのはFWの朝倉一寿だった。ベンチからもしきりに「ネガティブな声、出してんじゃねえぞ」という声が響く。ほとんどチャンスを作れないまま、スコアレスで前半は終了してしまった。

 沈んだハーフタイム。誰もがうまくいかないと思っていた彼らに、水曜同様「チームのために何をしなきゃいけないのかということをやるんだ」と指揮官の一喝が入る。「ネガティブな声をやめよう」「みんなで褒め合っていこう」「明るく行こう」「最後は楽しくやろう」。そんな声が出始め、腹は決まった。

『笑って終われるように』

 高校サッカー最後の45分間。慣れ親しんだ校庭に再びイレブンが駆け出していく。

 スコアはわずか13秒で動いた。後半開始から投入された西岡祥樹は、ゴール前で迎えた決定機を信じられない冷静さであっさりモノにする。「危機感がないというか、大胆不敵というか、ビッグタイトルが懸かったようなゲームでも緊張なんかしないようなヤツ」と指揮官も評する、前半の嫌な流れをベンチで見ていた3年生の先制弾で”ケチャップ”は一気に飛び出した。

「フザケたヤツが多いので、テンションが上がると止められない感じ」とキャプテンの大畑和樹も笑ったチームは、そこからさらに3点を追加し、勝負を決める。「自分たちの流れになって楽しかった」とMFの永井恒輝は言う。

 ただそれは、優勝と引退の瞬間が刻々と近付いてくることも意味していた。

「凄く良い内容で結果も出して、感動して終わりたかったんだけど、あまりにも内容が酷かったので途中から怒りに変わってきて、感動できなかったよ」と話した齋藤監督も最後は笑顔だった。

「『もう終わりか』って。寂しい気がしました」(野田)

「もう終わっちゃったんだな、凄く楽しかったなというような感じ」(長江)

「これで終わりというのは頭ではわかっているんですけど、実感がまだ沸いていない」(永井)

 都立東久留米総合の3年生たちは、優勝とT1リーグ昇格を置き土産に、試合終了のホイッスルを聞いた。

▼慣れ親しんだ校庭で
 実は選手権予選準決勝で敗退した直後、齋藤監督はこう話していた。

「僕も長年高校サッカーをやっていて、普通は選手権で負けて泣いて解散だったのが、今年はもう1試合あるので、『勝ってバンザイして、ニコニコ笑って引退しようよ』という話はしたんですけどね」

 そして、彼らの引退試合は最高の笑顔に包まれた。齋藤監督が3年生の汗と涙が染み込んだ校庭の空に舞った。

「まさかそんなものがあると思っていなかったので、逃げていたんだけどね。でも、優勝したんだからそれもいいかなと。嬉しかったですよ」と照れた指揮官は、こう続けた。

「初めてで本当にいいですねえ。リーグ戦じゃなければ、選手権で全国優勝しない限りは勝って終わるというチームはないので、良い経験を彼らにさせてもらったなと感謝しています。彼らには『ありがとう』という言葉しかないですね」

 今年のチームを牽引しながら、この日は負傷欠場となった今村優太の「本当は全国で先生を胴上げしたかったです」という言葉は、間違いなくみんなの本音だ。でも、最後尾から守備を支えてきた柴田寛生の「最後に勝って笑って終われて良かったです」という言葉も、同様にみんなの本音であることは間違いない。46人のプレイヤーと5人のマネージャーは辿り着けなかった選手権予選決勝の翌日、”ニコニコ笑って”高校サッカーに別れを告げた。

 彼らのような”物語”は、きっと日本中の高校に存在する。一握りの届いた者と、無数の届かなかった者の想いを乗せて、第93回全国高校サッカー選手権大会、”冬の選手権”が、いよいよ幕を開ける。

土屋 雅史(つちや・まさし)

1979年生まれ、群馬県出身。群馬県立高崎高校3年で全国高校総体でベスト8に入り、大会優秀選手に選出される。早稲田大学法学部卒業後、2003年に株式会社ジェイ・スポーツへ入社。同社の看板番組「WORLD SOCCER NEWS 『Foot!』」のスタッフを経て、現在はJリーグ中継プロデューサーを務める。近著に『メッシはマラドーナを超えられるか』(亘崇詞氏との共著・中公新書ラクレ)。