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基本は優勝より残留!?夏の大型移籍に象徴されるJクラブの悲しいリアリズム

元ドイツ代表が来れば、現役セルビア代表も現れ、かつてJリーグで活躍した選手の帰還もあったこの戦線。すっかり感覚が麻痺しているが、実はちょっと異常なのではないだろうか。

7月18日に開いたJリーグ夏の移籍市場は8月15日に閉じた。『J論』ではこの夏の補強に注目し、それぞれの論者に持論を展開してもらった。まずは”下から目線”。残留を争う当事者となっている甲府の取材を続けている大島和人が、残留争いを補強の視点で考える。元ドイツ代表が来れば、現役セルビア代表も現れ、かつてJリーグで活躍した選手の帰還もあったこの戦線。すっかり感覚が麻痺しているが、実はちょっと異常なのではないだろうか。

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▼ボトムズ、その旺盛な補強欲
『負けたくない勝ちたくない』

 J1の下位クラブが繰り広げた夏の大補強を見て、20年前にまったくヒットせず世に埋もれたくま井ゆう子さんのラブソングを思い出した。TBS系列のドラマ『ママじゃないってば!』の主題歌だったので、0.3%くらいの方はご記憶かもしれない。

 Jリーグの夏の移籍期間は7月18日から8月15日。冬の登録機関に比べて3分の1の長さで、シーズンはもう半分終わっている。そんな中でJ1の残留を争う”ボトムズ”は次々に、巨費を投じて有力選手をかき集めた。

 冬より、夏の補強が分厚い。優勝を目指すクラブより、降格の瀬戸際にいるクラブがお金を盛大に使う。これはJリーグの世界に誇……れないアイデンティティだ。

 シーズンのちょうど半ば、第17節を終えた時点のトップ5は浦和、鳥栖、川崎F、鹿島、広島だったが、これらのクラブは特別な補強をしなかった。唯一の例外は、鹿島のジョルジ・ワグネル獲得だろう。

 一方でボトム5の新加入選手は華やかだ。14位(以下、折り返しの17節終了時点)の名古屋は、11年のJ1・MVPレアンドロ・ドミンゲスと、昨年のJ1で23得点を決めているFW川又堅碁が加入。15位・C大阪は柿谷曜一朗のバーゼル移籍こそあったが、ドイツ代表としてW杯南アフリカ大会に出場したFWカカウを獲得した。17位・大宮はセルビア代表にして昨季のセルビアリーグ得点王でもあるFWムルジャを陣容に加えた。18位・徳島も清水からロンドン五輪代表CB村松大輔を獲得したのを皮切りに、神戸のJ1昇格に貢献したMFエステバン、C大阪やG大阪で活躍したカタールリーグ帰りの大物FWアドリアーノを新たに補強している。

 筆者が日頃から取材している甲府(16位)も、ドイツ2部・アーレンVfRから阿部拓馬を獲得した。東京Vに在籍した2011年・12年には、2年連続でJ2の得点ランク2位に入っているアタッカーで、J1残留に向けた貴重な戦力である。ただ聞くと他の”ボトムズ”が獲得した選手たちに比べて、投資額の”桁”が違うのだという。

▼優勝より、まず残留
 どこも年間予算を立てて経営しているが、大企業をバックに持つクラブは”別の財布”を持っている。優勝、ACLの争いも当然にシビアだが、そんなときに”別の財布”は開かない。しかし降格のピンチを迎え、何らかの形でSOSが発せられると、クラブは “ネガティブボーナス”を手に入れることができる。独立採算でいざというとき”親”を頼れない甲府と違い、名古屋、C大阪、大宮、徳島はワールドクラスの大企業がバックについている。

 よいか悪いかは別にして、これは”合理的”な経営なのかもしれない。Jクラブが優勝したとして、手に入る優勝賞金は2億円。AFCチャンピオンズリーグへの出場には名誉とロマンこそあるが、リーグ戦への負の影響、移動費や運営費を考えるとマイナスも大きい。好成績は人件費を押し上げる要素でもあり、鳥栖が監督を解任した一因とも言われる。もちろん、優勝はサポーターや選手、監督にとって最高のカタルシスなのだが、お金の部分に限れば必ずしもハッピーな話ではない。

 一方で降格は集客、分配金などへの影響を考えると明確なマイナスだ。”降格を機にクラブが再生した”という広島や柏の例はあるが、実際はJ2の泥沼に苦しむクラブのほうが多い。J1が予算30億円前後の”横並び”で競い合い、成績的にも上下の格差が小さいリーグになっている一因は「勝って得しない。負けて損する」仕組みが一因なのではないだろうか? それを解消しようというなら、J1の優勝賞金を上げるなど、勝利の重みに報いる制度変更が必要だ。

▼まさに残留至上主義
 さらに言うと、J1はどこも身の丈を意識した保守的な経営で、損得抜きで勝利を追求する”石油王”的なオーナーが少ない。三木谷浩史氏、稲盛和夫氏といった立志伝中の富豪がJクラブの経営に関与しているが、お金の使い方は良くも悪くも上品。お二人の志もあるだろうが、成金的なものを嫌い、足を引っ張る日本社会の風潮も大きい。

 勝ちたくない、負けたくない――。

 経営のことを考えると優勝はリスクですらある。だから突出を嫌い、優勝は強く望まない。でもJ2降格というピンチには”親子”で必死に立ち向かう。勝利至上主義ならぬ”残留至上主義”が、この夏の大補強から見て取れるジャパニーズスタイルのクラブ経営だ。

※8月20日、記事内容を一部修正致しました。


大島和人

出生は1976年。出身地は神奈川、三重、和歌山、埼玉と諸説あり。ヴァンフォーレ甲府、FC町田ゼルビアを取材しつつ、最大の好物は育成年代。未知の才能を求めてサッカーはもちろん野球、ラグビー、バスケにも毒牙を伸ばしている。著書は未だにないが、そのうち出すはず。