あえて問う。「優勝宣言」は本当にチームにとって必要なものだったのか?
▼本田の強さは例外ではないか
ザックジャパンの大会総括として、あえてこのテーマを取り上げたい。
『「目標はW杯優勝」という宣言は、正しいアプローチだったのか?』
このテーマについて筆者が最後に書いたのは、昨年10月に行われたセルビア&ベラルーシ遠征のときだった。WEBサイト『cakes』で連載中の『居酒屋サッカー論』の中では、「高すぎる目標設定と現実が乖離しているため、ひとつのミスを犯すたびに自分を許せず、イライラ、焦りが増幅する。そうやって目の前のプレーに対する集中力を欠いているのではないか」と指摘させてもらった。
今回、ここで「W杯優勝」の発言の是非を問いたいのは、あくまで競技パフォーマンスに関わる話だ。この発言を公に繰り返すことが、チームのメンタル強化、パフォーマンス向上として正しいアプローチだったのか?
夢は必要とか、現実を見ろとか、ファンを勘違いさせるとか、世界のサッカーに対して傲慢であるとか、ここで議論したいのはそのような外部に対する話ではない。あくまでも優勝宣言をすることが、チーム内部のメンタリティーとして適当だったのか否かだ。
ものすごく難しい目標を掲げることで、自らに強いプレッシャーをかけ、それを原動力として理想に近づけて行く。本田圭佑にとっては、育成年代の頃から慣れ親しんだメンタリティーだろう。実際、本田のプレーはW杯という過緊張になるような舞台においても、通常か、少なくとも直近の3つの親善試合を上回るパフォーマンスを発揮した。
しかし、同じようなことがチーム全体として起きたとは考えにくい。
最も気になるのは、対戦相手、スコア状況といった外部要因に対してチームが揺れ、落ち着いて対応できなかったことだ。もちろん、そこにはザッケローニ監督の采配も影響しているが、選手たち自身の問題も大きい。たとえばコートジボワール戦で1-0になった後に、急にプレーが消極的になったり、あるいは10人のギリシャに対してリスクを恐れたり、あるいは勝てば充分チャンスがあるコロンビア戦で、まるで無理矢理にでも攻めなければ1点も取れないチームであるような背水のアタックを仕掛けてカウンターを食らったり……。
状況への対応力という面で、日本はあまりに幼かった。
グループDの第3戦、イタリアとウルグアイの試合は、イタリアが引き分け以上で勝ち抜け、ウルグアイは勝利のみで勝ち抜けるという状況だったが、イタリアはシステムを5バックに変更して強力なウルグアイの2トップに冷静に対応。一方のウルグアイも、勝つしかないからといって、無理に攻め急ぐことはなく、後半になってもじわりじわりとサイドチェンジを使ってイタリアを追い詰めていった。
そこには日本の戦術的な未熟さと共に、『W杯優勝』という結果ベースの目標に振り回された要因があったのではないかと筆者は考えている。
▼結果主義が生む焦燥感
本大会前に、WEBサイト『サカイク』では、メンタルトレーナーの辻秀一先生を取材させてもらった。そのとき、レスリングの五輪3大会連続金メダリストである吉田沙保里選手の面白い話を聞いた。吉田選手は14連覇を果たした世界選手権の中で、残り3秒の時点で負けていたが、最後の最後に逆転勝ちを成し遂げた試合があったそうだ。
「そういうときは焦らないんですか?」という質問に対し、吉田はこう答えたそうだ。「なぜ、焦るんですか? 一生懸命にやっていれば、残り3秒でも何でも、いつも一緒ですよ。今に生きるということだけを意識していればいいんです」。14連覇という安定したパフォーマンスは、このような普遍のメンタリティーの上に成り立つものだった。
なぜ、1-0でリードしながら不安になるのか?
なぜ、残り時間がなくなって焦るのか?
なぜ、90分で勝てばいい試合の前半から、背水のアタックを仕掛けてしまうのか?
『優勝』という結果ベースの目標に振り回されたから、スコアや状況に対して焦ってしまったのではないか。そうではなく、その瞬間、その一瞬に、日本代表の選手であること、サッカー選手であることに、狂気と言えるほどの喜びを感じて溌溂とプレーする。結果はその後についてくるものであって、目指すべきは、一戦一戦、一瞬一瞬を全力でプレーすることだけ。そしてハッと気付いたときには、本当に優勝しているのかもしれない。個人的には、そういうチャレンジそのものを溌剌と楽しむ日本代表の姿が見たい。彼らのプレースタイルには、そういうメンタリティーが合っていると思うのだ。
僕はミックスゾーンで会うたびに、今野泰幸に聞いた。「この素晴らしいチャレンジを楽しんでいるか?」と。しかし、彼は即答する。「いや、楽しんでいる余裕はないです。とにかく勝たなければ。言い訳はできない」と。僕はそのたびに、やり切れない気持ちになった。
もちろん、言うまでもなく結果は大事だ。しかし、大事であるからこそ、そこにメンタリティーの源を置いてしまえば、すべてが結果に振り回されて狼狽し、冷静な対応力を欠く。W杯は、それほど強烈なプレッシャーがかかる舞台なのだ。
本田のように、結果ベースのビッグマウスでプレッシャーをかけて、そのまま高いパフォーマンスを出してしまう選手もいるだろう。山口螢、内田篤人、川島永嗣なども、そのタイプかもしれない。
しかし、今大会を不調のままで終えた香川真司などを見る限り、このチームのメンタリティーの源が、香川の力を引き出すものであったのかどうか、それは疑問に思うところだ。親善試合では発揮されていたサッカー少年のような香川の遊び心が、W杯ではどこかに消えて無くなってしまった。結果ベースのメンタリティーは、彼のような選手には合わないのではないだろうか。
▼代表にメンタルトレーナーを
前述の辻先生は、日本サッカー協会のS級ライセンス受講者に対し、メンタルの講義を行っているそうだ。日本人の特徴を知り尽くしたフィジカルトレーナーだけでなく、日本人を知り尽くしたメンタルトレーナーを日本代表のチームスタッフに加えることも、今後は考えるべきではないだろうか。
もちろん、個人個人でそうしたコーチを雇っている選手もいる。しかし、チームとしての目標設定、それに関わるモチベーションの源を育むためには、一貫したポリシーをチームで共有することが必要だろう。
特に今後、ザッケローニ監督のような戦術肌の指揮官を迎える際には、メンタルトレーナーの必要性は、より重視すべきポイントではないかと思う。
清水 英斗(しみず・ひでと)
1979年12月1日生まれ、岐阜県下呂市出身。プレーヤー目線で試合を切り取るサッカーライター。著書に『日本代表をディープに観戦する25のキーワード』『DF&GK練習メニュー100』(共に池田書店)、『あなたのサッカー観戦力がグンと高まる本』(東邦出版)など。現在も週に1回はボールを蹴っており、海外取材に出かけた際には現地の人たちとサッカーを通じて触れ合うのが最大の楽しみとなっている。