「ずるなきサムライ」の姿に、ブラジルの地で思ったこと
僕は感動したのだ、初戦に本田圭佑選手があげた得点よりも、1-4になってからもなお走り続ける日本の選手たちの姿に。"ずる"を画策することなく、最後までボールを追いかけ続ける彼らの姿に。感謝の気持ちさえ湧いてきた。
▼JFLで覚えた違和感
今シーズン、僕はJFLに所属するアスルクラロ沼津に関する連載を持たせていただいている。その取材の折に、違和感を覚えたことがあった。
勝っているチームのとある選手が、接触プレーで倒れたときのことだった。彼は、痛がりながらたっぷりと時間をかけてピッチの外に出ていったのだが、タッチラインを出るとすぐさま立ち上がり、ベンチにニヤリと笑いかけてグラウンドに戻っていったのだ。
どの選手とはあえて書かないが、なんとも気持ちの悪い行為であった。
世界のサッカー先進国は勝利のためなら何でもする。そんなことが言われて久しい。ずっと昔から「マリーシア」なんて言葉もあって、定着もした。「日本にはずる賢さが足りない」と言われてもきた。でも僕は、先に書いたようなものは「ずる賢さ」なんて高尚なものではなく、ただの”ずる”だと思っている。そんなものを日本が身に付けて勝ったとしても、少しも嬉しいとは思えない。
例えば、GKと1対1になってしまいそうな場面で、相手を大ケガさせる可能性のあるスライディングをかます。相手がPKを主張するも、審判の笛はペナルティエリアの外を指す。結果として、距離が近すぎる相手のFKは枠を大きく外れた。
日本代表のファンである前に、一人のサッカーファンとしてこんなことで喜びたくない。
GKがオンプレーの範囲内で時間を稼ぐのは大いに結構なことだと思う。フィールドプレーヤーも然りだ。オンプレーでの時間稼ぎは、まさに”ずる賢いプレー”だろう。
でも、痛くないのに痛いふりをするのは”ずる”ではないか。ファウルを受けていないのにファウルを受けたふりをするのも”ずる”だ。こんなことを言うと反論も出てきそうだが、ここブラジルに、W杯を観に来て確信した。
サッカーを愛するブラジル国民もまた同じことを考えている、と。
▼ルーズボールを追わぬロナウドに
日本対コートジボワールを観た帰りのバスの中で、隣に座ったブラジル人の二人組が話しかけてきた。
「開幕戦、フレッジはファウルをされてないよ。あれは日本の審判が騙されたね。僕たちはあのゴールを”微妙”に感じているんだよ。でも、その後で2点取れたから良かったけどね」
ブラジル国民であっても”ずる”に対する冷ややかな目線はあったのだ。
サッカーを愛するがゆえに、彼らブラジル人は「あきらめること」に対して冷ややかな目線とブーイングを与えるのも印象的だった。例えば、ブラジリアで行われた「ポルトガル対ガーナ」では、こんな一コマがあった。クリスティアーノ・ロナウドがドリブルで仕掛けて止められてしまったプレーにブーイングは起きなかった。
しかし、ドリブルを止められたあと、すぐ近くにルーズボールがあるにもかかわらず、ボールを追い掛けようという素振りをしない彼に対しては、大ブーイングが起きた。それはブラジルだけでなく、ポルトガルのサポーターからも発せられていて、そのことには驚かされた。
僕はこの二つのことを踏まえて日本の全試合をスタンドから観戦して感じたことを話したい。
先の二つのような事象で、日本代表に対して違和感を覚えたことは、今大会を通して一度もなかった。”ずる”もなかった(もっとも、時間稼ぎの”ずる”については勝っている状態がコートジボワールの数分しかなかったからだとも言えるかもしれないが)。
日本戦以外にも3試合をスタジアムで観戦してきたが、それらの国々と比べて日本ほど強く悔しがり、失点後に味方を鼓舞し、最後まであきらめずに戦っていたチームはいなかったとも思う。
特に先ほど例に挙げたポルトガルは顕著で、走ることを止めてしまった選手が何人もいた。クイアバで観た「ボスニア・ヘルツェゴビナ対ナイジェリア」の試合でも、先制点を奪われたボスニアの選手たちは、後半になると足を止めてしまっていた。
一方で、僕が観ている限り、走ることを止めた日本の選手は、一人もいなかったと思う。彼らのプレーの質云々は別として、その姿勢に対しては賛辞を送るべきだと思う。コロンビアに逆転されてからの日本の踏ん張りには、感動すら覚えた。
「シュートがない」「縦へのプレーに消極的」と言われればそのとおりで、彼らの実力に不足がなかったとは言うまい。批判すべき点だとは思う。それらについて、実際に現地ではブーイングも起きていたのだが、そこは仕方ないことだとは思っている。実力不足なのだから。
その一方で、日本代表のプレーの姿勢まで否定するのはどうだろうか。
僕は感動したのだ、初戦に本田圭佑選手があげた得点よりも、1-4になってからもなお走り続ける日本の選手たちの姿に。”ずる”を画策することなく、最後までボールを追いかけ続ける彼らの姿に。感謝の気持ちさえ湧いてきた。
同時に思うのは、”ずる”のないプレーが観ている者の心をつかむという事実でもある。今大会を通して、外国人サポーターに日本の戦い方について50人以上ヒアリングをしたが、蔑むような言い方をした人には一度も会うことがなかった(もちろん消極性についてのコメントは多数あったが)。それは日本人として誇らしかった。
日本人が持つあきらめない心。それは確かなアドバンテージであり、その精神性は継続すべきだろう。そしてもちろん、そこに上乗せする形でプレーの質を追い求めていくべきだ。
次回大会こそ、ずるなき日本の躍進を観たい。そう思っている。