ポスト寿人の一番手。日本代表の新星・皆川佑介、台頭の契機は北海道にあった
長く広島の番記者を務める中野和也が「最初の23名」における最大のサプライズとも言える大卒ルーキーの皆川佑介を語る。
▼札幌、二千人の目撃者
日本代表がコロンビアに完敗し、青山敏弘がその試合で腰痛を発症してしまった6月25日。サンフレッチェ広島のキャンプ地である北海道室蘭市・入江運動公園には2,000人を超える観客と、数多くのメディアが乗り込んでいた。
その関心の対象は、小野伸二。J1昇格への切り札として札幌が招請したスーパースターが初めて実戦の場に登場することを、誰もが楽しみにしていた。
45分×3本の形式で行われた広島対札幌の練習試合で、小野は2本目から登場。8分、17分と札幌のカウンターの起点となってゴールに絡み、観客の期待に応えた。
「うまいなあ」
「やっぱり、違うね」
伝説の選手の熟練に、そんな言葉が飛び交う。ACLのウェスタンシドニー戦では、広島も小野のゲームメイクに苦しみ、逆転負けを喫している。浦和時代にも彼にやられた試合を何度も目にしてきた僕にとって、『小野伸二』という名前は、僕にとっても偉大な輝きしかない。
23分、広島は若手にシフトチェンジする。森崎浩司と山岸智、清水航平以外のフィールドプレーヤーは、いずれも2年目以下の選手たち。一方の札幌は、小野や都倉賢など経験豊富な選手が多く、しかも2点の差があった。
難しいな。
そんな僕の実感を、小野とは対照的に全く無名の男が、あっという間に否定してくれた。
32分、森崎浩のクロスにダイビングヘッドでゴールゲット。
35分、前線で囲まれながらも必死でボールをキープし、活きたボールをボランチに供給。清水のクロスを今度は打点の高いヘッド。
あっという間の同点劇に、2,000人が言葉を失った。
3本目、広島のボールは前線で絶え間なくポジションを動かしている186cmの若者に集まる。キープ、パス、ドリブル。あらゆるプレーで札幌の守備陣を圧倒し、やがて彼にボールが入るだけでざわめきが起きた。そして39分、相手のミスを抜け目なく決めて、ハットトリックを達成。アディショナルタイムには森崎浩の積極的なプレスと連動してボールを奪い、そのままドリブルで独走し、4点目を突き刺した。
皆川佑介、67分間で4得点。チーム全得点を叩き出し、逆転勝利の原動力となった。J2でも個々のタレントの厚みではトップクラスの札幌からの4得点である。とはいえ、この驚きのニュースは北海道では「小野」の名前に隠れて流れない。広島の地元紙でも取り上げられたのは別の選手だ。だが、試合を目撃した人間であれば、わかっていたはずだ。この日の本当の主役が誰だったのかを。
▼11試合16得点
続く6月29日、日本工学院F・マリノス(関東リーグ2部)戦で、皆川はまたも4得点を記録する。37分、自ら奪ったPKを押し込み、54分には清水のクロスからゲット。88分にはパク・ヒョンジンのクロスに合わせ、さらに自らボールを奪って独走からゴール。4得点1アシストの活躍で相手を完璧にノックアウトした皆川は、一気に広島の希望となっていた。
たとえ今は大手メディアにのらなくても、必ず皆川佑介がスポットを浴びる日がくる。僕は確信した。室蘭キャンプ3試合で9得点。中断期の練習試合でKリーグの慶南から奪ったゴールも含め、11試合16得点。自らゴールを狙うだけでなく、力強いポストプレーで周囲に得点をとらせ、守備でもアグレッシブ。どう考えてもブレイクしなきゃおかしい。
広島に戻った後、何人もの人から「注目の選手は?」と聞かれ、「皆川佑介」と答えた。そのたびに「誰?」と聞かれる。そういう時、数字が役に立った。練習試合の結果を言うだけで「だったら期待ですね」。もちろん、その言葉が社交辞令であることは、わかっている。
「今に見てろ。絶対に驚くから」
その想いは、現実となった。だが、まさかそのレベルが「日本代表選出」だとは。J1で3得点3アシスト(8試合)を決めているとはいえ、今、代表に呼ばれるとは。
▼佐藤寿人の後継として
広島のエースといえば、2005年以来ずっと佐藤寿人の代名詞であり、それは今も変わらない。10年連続二桁得点、J1通算141得点、2012年のJリーグMVP。その実績は圧倒的である。
だが、時代は常に移り変わるもの。彼も32歳と年齢を重ね、フルで活躍するのは難しい状態だ。それは寿人と同世代である森崎兄弟についても同様で、偉大な実績を残した彼らに敬意を表しつつも、どこかで世代交代を図らなければ広島の未来はない。理想は、ベテランたちが若者の壁となり挑戦を跳ね返し続けつつ、その壁を新しい世代が乗り越えるドラマをみたいのだが、そう簡単にはいかないのが現実だ。
ただ、候補は見つかった。森崎和幸には宮原和也、森崎浩司は野津田岳人。そして佐藤寿人とは全くタイプは違うが、新エース候補は皆川佑介だ。今の広島は厳しい戦いが続いているが、彼ら若者が台頭し、可能性を常に見せつけてくれているところが、何よりの癒やしである。
初めてJ1の練習に参加したクラブが広島だったのだが、その時の雰囲気の良さに感銘を受けてすぐにプロ入りを決め、他のクラブの誘いを全て断った純粋さ。J初得点を決めた柏戦で喜びの余り思わずサポーターのところに走ってしまい、その前後でアシストしてくれた石原直樹のところに行かなかったことを反省、それをそのままサポーターの前で口走る素直さ。これも成長のためには必要な条件だ。それがなければ「考える」ことを徹底して求める広島で、これほど早く台頭することもなかっただろう。
素直であり、純粋であり。その人間性が日本代表にたどり着いたその後も、変わらないことを切に願う。「自分がなぜ代表に選ばれたのか、そこを見失ってはいけない」。森保一監督(広島)の言葉は、単純にプレーだけのことを指すのではないのだ。
台頭のきっかけをつかんだ北海道の地で、皆川佑介は日本代表のキャリアをスタートさせる。もしかしたら札幌ドームには、あの日の室蘭にいたサポーターも詰めかけているかもしれない。
「あの皆川が無名のころ、コンサ相手に4点とったプレーを見たんだ。あれは今や、伝説の試合だよ」
試合後、そして4年後。そんな会話が、北海道でかわされるようになる日が来る。それはまだ確信ではなく願望であり、祈りに過ぎないのだが。
中野和也(なかの・かずや)
1962年3月9日生まれ。長崎県出身。居酒屋・リクルート勤務を経て、1994年からフリーライター。1995年から他の仕事の傍らで広島の取材を始め、1999年からは広島の取材に専念。翌年にはサンフレッチェ専門誌『紫熊倶楽部』を創刊。1999年以降、広島公式戦651試合連続帯同取材を続けており、昨年末には『サンフレッチェ情熱史』(ソルメディア)を上梓。今回の連戦もすべて帯同して心身共に疲れ果てたが、なぜか体重は増えていた。