J論 by タグマ!

真の注目はサプライズ初選出組にあらず。君はW杯後の柴崎岳を観たか?

エルゴラとJ'sGOALにて鹿島の番記者を務める田中滋が「最初の23名」におけるキーパーソンを熱く語る。

週替わりに一つのテーマを複数の筆者が語り合う『J論』。今回は「アギーレ・ジャパン最初の23名から見えたものとは?」と題して、28日に行われた新生日本代表発表を踏まえて、ワンポイントで日本代表の現在と未来を読み解いてみる。第五回目はエルゴラとJ’sGOALにて鹿島の番記者を務める田中滋が「最初の23名」におけるキーパーソンを熱く語る。サプライズの初選出組ばかりに視線は集まっているが、Jリーグでのパフォーマンスという点で言えば、この男に注目しない道理もないだろう。

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<写真>今年4月には前監督から日本代表候補招集も受けたが、W杯メンバー入りは果たせず (C)川端暁彦

▼胸躍る代表選出
「うわ、多いな」

 会見場に足を踏み入れた瞬間、新たなる日本代表のコメントを取ろうと集まった報道陣の数とカメラの台数の予想外の多さに、柴崎岳はちょっとだけ驚いていた。会見の第一声は「嬉しいです」。さすがに破顔することはなかったが、その目尻は下がっていた。いつもはクールに装う柴崎も、それを無理に隠そうとはしない。大人びた印象の強い彼も1枚ベールを脱げば、まだ22歳の青年に過ぎない。念願の日本代表選出に喜びを抑えきれないのは当然のことだった。

 彼の選出に胸躍らせるのは、W杯が終わった後、Jリーグ中断明けの柴崎のプレーをつぶさに見て来た人ならば誰でも同じ気持ちなのではなかろうか。アギーレ監督はまず[4-3-3]の布陣を試すようだが、そのインサイドハーフのポジションは、柴崎のために用意された席と言っても過言ではないくらい彼の適性にピタリとハマる。そして、いまの柴崎なら、ブラジル大会を戦った選手のなかに加わっても、遜色ないパフォーマンスを発揮することができる。その確信を持たせるほどJリーグのプレーは圧倒的だ。

▼インサイドハーフとしての資質
[4-3-3]の中盤の並びはいくつかあるが、アギーレ監督は中盤の底にアンカーを据え、そのまえに2枚のインサイドハーフを置いている。インサイドハーフとはその言葉通りインサイドでプレーしなければいけないポジションだ。攻撃では3トップをサポートし、中盤のインサイドでプレーするため密集でパスを受けても奪われず次にスムーズに繋げていく能力、ゴール前で決定的なシーンを生み出すだけでなく、自らゴール前に入っていって得点する能力も求められる。守備についても献身的で、アンカーと協力して守備バランスを整える感覚に優れ、奪えば前に出ていく運動量やドリブルで前に運ぶ機動力が必要だ。

 つまり、攻守共に高いレベルでこなす完成度の高い選手が求められ、当然ながら、その要求にすべて応えられる選手はなかなかいない。しかし、柴崎岳ならそれも可能だ。アギーレのサッカーにおいて、どのポジションなら自分の力が最大限発揮できるかを聞かれたとき、柴崎は次のように答えている。

「インサイドハーフの2枚だとは思いますけど、どういうタイプの選手を置くかわからない。いちおうボランチをやっていますので、バランスを取るという意味ではアンカーの位置もできなくはないと思いますし。でも、いちばん自分に適しているのはアンカーの前の2枚だとは思います」

 そこには、代表選出の喜びだけでなく、武者震いも含まれていたはずだ。

▼もはや”パスの人”ではない
 以前までであれば、”パスの人”の印象が強かった柴崎は、そのイメージを大きく変えようとしている。パス同様にドリブルも大きな武器となったからだ。相手がパスを警戒していると、スッと体を入れて抜き去ってしまう。狭いスペースでもキュキュッと入っていけるため相手にすればマークするのがかなり厄介な存在になってきた。

 もともと柴崎は「フェイントも持っていないし」と、ドリブルで相手を抜くことを武器とは考えていなかった。しかし、コツコツと取り組んできた肉体改造が成果を見せ始めた昨季あたりから、ドリブルで前に持ち出す場面が散見されるようになった。フェイントを覚えたというよりは、先述したようにスッと相手の懐に入ってしまう俊敏性を手に入れたと言うほうが適切だろう。

 いまでは驚異的な運動量を誇るようになった柴崎だが、それは単に終盤まで走れる体力というだけでなく、90分間にわたって俊敏性が落ちない体力である。とはいえ、「小学校の頃は、どちらかというと『自分が自分が』というタイプ。ドリブルで持っていってシュートを決める形が多かった」とも言う。中学生になり、体の小さい自分がドリブルで挑んでも潰されてしまうことを経験しプレースタイルを変えた柴崎にとって、潰されない体を手に入れたことは原点に戻った意識なのかもしれない。

 ただ、柴崎の真骨頂は肉体ではなく、サッカーIQの高さにある。

「サッカー選手である以上、テクニックとは違う部分で試合中に頭をめぐらして、何をすべきか考えるのはすべての選手に当てはまる」

“考えること”は彼のサッカーの基本となってきた。

 そして、アギーレ監督は代表選手を選出したとき「選手は88分ボールを持っていない。その88分のなかで何をしているのか。私はそこを見ている」と語った。そうした監督の持論について、柴崎にたずねると「ボールを持ってないときにどういう動きをするか、どういう意識をもっているかというのは、ある種サッカーの本質」という答えが返ってきた。二人のシンクロ率はかなり高い。

 柴崎は新生日本代表の顔となれる選手。いまから初陣となるウルグアイ戦が楽しみで仕方ない。


田中滋(たなか・しげる)

1975年東京生まれ。上智大文学部哲学科卒。2008年よりJリーグ公認ファンサイト『J’sGOAL』およびサッカー専門新聞『エル・ゴラッソ』の鹿島アントラーズ担当記者を務める。著書に『鹿島の流儀』(出版芸術社)など。WEBマガジン「GELマガ」も発行している。