J論 by タグマ!

女子高生が語った「もう一つの高校サッカー」

森田将義に取材現場で話しかけてきたのは一人の女子高生。彼女の口から語られたとある高校サッカー部の3年間とは......。

毎週、週替わりのテーマについて複数の論者が自説を語る。それが『J論』――なのだが、それにとらわれることなく一つのテーマを掘り下げる一意専心コラム。今回は学生が夏休みに突入した時期ということで、夏の高校サッカー大会にまつわる一本をお届けする。古都の超奇人・森田将義に取材現場で話しかけてきたのは一人の女子高生。彼女の口から語られたとある高校サッカー部の3年間とは……。

▼夏、バス停にて

 8月2日、全国高等学校総合体育大会(通称インターハイ)が開幕する。サッカー競技は女子が東京都で、男子が山梨県で行われるこの大会、男子は炎天下で7日間に6試合をこなす過酷な大会だ。北海道や東京都、愛知県など出場校の多い都道府県と開催県の出場枠は「+1」となるため、冬の全国高校サッカー選手権大会よりも多い55校が日本一の座を争う。いわゆる”高校サッカー”として連想される選手権とは違い、報道量、注目度が寂しいこの大会ではあるが、ピッチから伝わる想いは確かに熱い。今回はそんな総体にまつわる話から、高校サッカーの意義について考えてみたい。

 昨年の夏、取材を終えてバスを待っていると、一人の女の子に話しかけられた。名前は奈々さん、18歳。4月まで大阪のとある弱小サッカー部のマネージャーをしており、この日は一人のお客さんとしてサッカー観戦に来ていたという。メガネにジャージという今どきの女子高生とは思えぬ”芋臭い”格好をしているが、話のテンションの高さは歳相応。茨城弁鈍りのおバカタレントにそっくりな話しぶりで、バスが駅に着くまでの間、いろいろな話をしてくれた。

▼出会いは弱小の進学校だった
 彼女がサッカーと出会ったのは高校1年生の春だった。入学と同時に書道部に入ってはみたものの、中学時代に好きだった男の子が、サッカー部に入ったのを機に自らも入部を決意した。最初は「横にパスを出したらオフサイドやと思っていました」というサッカー音痴だったが、何冊もの入門書・専門書を読み漁り、最後は部員の誰よりもサッカーが詳しくなったという。

「サッカーと俺、どっちが大事なの?って、フラれた事もあります」。そう微笑む顔はすっぴん。ジャージなのも化粧っ気がないのも、グラウンドは彼女にとっての聖地だからという理由らしい。その格好でなければいけないのだ。「嬉しいことも、悲しいこともグラウンドに詰っているんですよ」。バスに乗り込む際に彼女はそっと呟いた。

 部員数は23人。とにかく勝てない。勝てないから、上級生と下級生が喧嘩を起こし、大量の退部者が出たこともある。仲裁に入るも上手くいかず、心労から自らが倒れたこともあった。彼女のサッカー三昧な日々も2年が過ぎ、迎えた4月。進学校でもある彼女のチームは最後の大会となる「高校総体大阪府予選」に挑んだ。普段、僕らが取材をするようなチームは地区予選をシードされるが、彼女のチームは地区予選からスタート。この大会を終えると、受験勉強のために引退を余儀なくされる。進学校の選手にとっての部活のフィナーレは、冬の高校サッカー選手権ではなく、夏の総体なのだ。

 応援団なんているはずもない。保護者の歓声もまばらな状態のチームに何とか力をと、彼女は保護者の一人ひとりに応援をお願いする手紙を書いたが、その奮闘も空しく、チームは敗戦。彼女たちの高校サッカーは早くも終わりを迎えてしまった。「監督が4月に代わったばかりだったんですよ。監督と出会って2週間でサヨナラっていうね(笑)。思わず、応援に来てくれた前の監督の方に泣きにいきました」。想定外の結末を迎えたが、それでも、彼女は自らが書いた手紙のおかげで、わずかながらも応援に来てくれた保護者の姿が嬉しかったという。

▼4166の広がり
 チーム唯一のマネージャー。最後の挨拶も、「カッコいい事、泣かすことを言おうとしたんですけどね。残った子らの事が心配で、『洗濯大変やけど頑張って。洗剤は入れすぎたら色落ちするからダメやで』としか言えなくて(笑)」と笑い話に変わってしまった。3年間のマネージャー生活は嬉しかった思い出よりも、悲しかった思い出の方が多い。

 だが、「大事なことを言い忘れていました! 私がサッカー好きになったきっかけは弱い、弱いサッカー部です。どれだけ負けても同じ時間を過ごせた部員には感謝しているし、マネージャーをさせてくれた監督や顧問の先生にも、すごく感謝しています」との言葉を残した。彼女にとっての高校サッカーはとても幸せな時間だった。

 僕たちはついつい高校サッカーを見ながら「日本サッカー界の将来」なんてものについて考えてしまう。でも、よく考えれば、全国には4166もの高校サッカー部がある。僕らが見ている世界、知っている世界はほんの一部に過ぎない。彼女のように些細なきっかけでサッカーに触れ、好きになる。そんな人を作ることも高校サッカーの役割だ。将来の日本代表選手といった大きな”未来”を見るだけがすべてではない。懸命にボールを追いかける少年たち、彼らを支える少女たちのありふれた”今”を見守ることも、僕ら大人の役割かもしれない。