一流料理を食べることは、近所の定食屋を愛さない理由にはならない
いよいよW杯開幕までのカウントダウンが始まった昨今。世間の耳目がそこに集まるのは当然のことだろう。ただ、サッカーはW杯のみにあらず。J1は中断し、「夜はW杯を観るが、昼は観る試合がない」。そんな声も聞こえてきそうだが、ここは一つ下部リーグに足を運んでみるのはどうだろうか。今回の『J論』では、そんな下部リーグ観戦をエンジョイしている書き手をそろえてみた。3番手はJ2どころかJ3、JFL、地域リーグに至るまでを幅広く取材しつつ、世界各地の取材も欠かさず、現在は日本代表を追い掛けて米国にいる宇都宮徹壱。世界の美酒と美食を堪能できる立場にいる男が、「やっぱりお家が一番」の真理を語った。
(c)Tete Utsunomiya
日本代表の世界挑戦を追い掛ける栄誉を感じつつも、「お家」のことも忘れられない
▼天皇杯とW杯
日本代表の直前合宿取材で、フロリダ州タンパに来ている。
ここでの取材が終わったら、そのままブラジルに飛び、6月12日の開幕戦から7月13日の決勝戦までW杯をフルカバーで取材する予定だ。つまり、1カ月半ほど日本を留守にすることになる。
その間、すでにJ1リーグは中断期間に入っているが、それ以下のカテゴリー、すなわちJ2、J3、JFL、そして地域リーグはその営みを止めることはない。しかも今年は天皇杯のスケジュールが前倒しになっているため、その1回戦は7月5日と6日、2回戦は7月12日と13日に行われる。個人的には、都道府県代表がしのぎを削る1回戦、そしてJクラブと対戦することになる2回戦をいつも楽しみにしていたのだが、1回戦はW杯の準々決勝、そして2回戦は決勝と丸かぶりとなってしまった。
日程を見た時、思わず「頼むよ、FIFA!」と、うなってしまった(←そっちかい!)。
今回、米国はタンパから、日本にいる皆さんがいかに恵まれているか、というお話をさせていただきたい。私が当地に到着したのは、5月30日の夜のこと。ホテルのチェックインを済ませてPCを開き、ツイッターをチェックしていると、何と私のタイムラインはJ2一色になっていた。
タンパは米国の東部標準時間なので、日本との時差はマイナス13時間。ちょうど13時キックオフの試合が、こちらの午前0時ということになる。磐田対岡山と長崎対讃岐がいずれも1-1で引き分けたところまでは把握したが、松本が水戸とのアウェイ戦に2-1で勝利して2位に浮上し、富山が熊本に敵地にて0-2で敗れたために、讃岐がついに最下位脱出を果たしたことは、翌日の朝になって知った。
残念ながらここ米国では、J2の試合を観られない。ゴールのハイライトはyoutubeで観られるのかもしれないけれど、試合前のワクワク感と終了間際のドキドキ感、そして試合後の余韻に酔いしれることはできない。
似たような経験は半年前もあった。昨年12月、ブラジルでのW杯組み合わせ抽選会の取材に行くことになったため、J2とJFLの入れ替え戦もJ1昇格プレーオフもまったく見ることがでなかった。この時も、トランジットの際にツイッターで試合状況を確認しながら、何度も「何もこのタイミングで抽選会やらなくても……頼むよ、FIFA!」と思ったものである。コートジボワール、ギリシャ、コロンビアを相手に、日本がどう戦うべきかについても確かに気になるところだが、それと同じくらいに徳島が四国初のJ1クラブとなれるのか、そして最初で最後のJ2クラブとJFLクラブによるプレーオフの結果についてもまた、個人的に気が気ではなかったのだ。
▼やっぱりお家が一番!
W杯の偉大さと注目度の高さ、そして4年に1度のビッグイベントであるという希少性について、今さら多くを語る必要はないだろう。そしてそれを取材できることについて、私自身もそれなりの自負と責任感と喜びをもって現場に臨んでいる。
とはいえ、W杯は、サッカーの世界の頂点に位置している反面、それはサッカーの世界の「一部でしかない」のもまた事実だ。むしろ私たちの世界観は、間違いなく「身近なサッカー」に立脚している。遠くの国で行われているハイレベルなサッカーに憧れつつも、日常的には近所のサッカーを楽しんでいる。それは日本だけでない、世界中で見られる普遍的な光景である。
世界中の一流料理を4年に一度、1カ月かけて味わうのは確かにいいものだ。しかし2週間も過ぎると、だんだんと近所の定食屋やラーメン屋の味が恋しくなってくる。4年前のW杯取材を終えて帰国し、久々にご近所クラブである横河武蔵野FCのホームゲームをカミさんとスタンド観戦したときに、ふいに映画『オズの魔法使い』での主人公ドロシーの言葉”There is no place like home(やっぱりお家が一番)!”の深遠さを想った。これから7月半ばまで、私はW杯「しか」見られないが、日本にいる皆さんは日本代表の戦いぶりに熱狂しながら、わが町のクラブの戦いも大いに愉しむことができるのである。そんな皆さんを、私はちょっとばかり、否、かなり羨ましく思っている。