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ビッグマネーより生産性。ステージ制覇は理にかなった強化方針の結実

当時のクラブを取り巻く状況と現況を比較すると、新たな強化方針が生んだステージ優勝であることが分かる。その内実をレッズウォッチャーの河野正氏が斬る。

J1リーグのファーストステージは浦和レッズの独走優勝という形で最終節を待たずに決着することとなった。無敗の快進撃を見せた浦和の勝因とは何だったのか。実は浦和のステージ優勝は2004年以来のこと。当時のクラブを取り巻く状況と現況を比較すると、新たな強化方針が生んだステージ優勝であることが分かる。その内実をレッズウォッチャーの河野正氏が斬る。

▼前回のステージ優勝と比して
 11年ぶりに2ステージ制が導入された今季、浦和レッズが開幕から16戦無敗のままファーストステージを制し、2004年以来2度目のステージ優勝を遂げた。

 04年と言うと、浦和の大型補強が本格的に始まったシーズンで、田中マルクス闘莉王や三都主アレサンドロ、酒井友之ら大物を獲得し、ヴィッセル神戸に移籍していた元浦和の岡野雅行を呼び戻した。夏の移籍期間に入ると、W杯に一度、欧州選手権に二度出場したトルコ代表のアルパイやブラジル人選手のネネを獲得。移籍金と年俸で相当な金を使っている。

 前年には都築龍太、山瀬功治のほか、ロシア代表としてW杯に二度、欧州選手権に二度出場したニキフォルフを連れてきた。

 04年当時はこんなビッグネームのほかにも、もともと在籍していた超高額所得者のエメルソンをはじめとする高給取りを大勢抱えていたのだ。

 04年度の営業収入は55億5900万円で、チーム運営費は30億3000万円。このうち選手、監督、コーチ報酬は21億9100万円だった。14年度を見てみると、営業収入は58億5400万円で、チーム運営費が25億6500万円。選手、監督、コーチ報酬は20億5400万円となっている。営業収入は14年のほうが3億円ほど多いのに、選手らの報酬は1億円以上少ない。

 浦和の場合、04年度までと05年度以降では、収支状況を単純に比較できないのだ。1992年3月に三菱自動車の100%出資会社として設立され、04年度まで親会社と損失補てん契約を交わしてきた。00年2月に三菱自の出資比率は50.6%まで下がったが、今でも筆頭株主、親会社であることに変わりはない。

▼クラブ経営の内実
 損失補てん契約とは、期末になるとクラブが三菱自動車に1年間の財政状況を報告し、損失が出れば三菱自動車が赤字を穴埋めしてくれるモノ。ゆえに浦和がいくら赤字を出しても親会社が補てんし、黒字にしても三菱自動車の補てんが減るだけでクラブへの見返りはない。期末に損益をゼロにするシステムである。

 これにより04年度までクラブの当期純利益は毎年「ゼロ」で、純資産は資本金に相当する額しかなかったわけだ。

 純利益は04年がゼロで、14年が1億1800万円。純資産は04年が資本金だけの1億6000万円で、14年が過去最多となる7億3800万円だった。

 往時は選手報酬がいくらひっ迫したところで、親会社が面倒を見てくれたのだから、金に糸目を付けずに補強できた。

 参考までにチーム運営費の過去最高額は、AFCチャンピオンズリーグ(ACL)で優勝した07年度の38億1300万円で、選手、監督、コーチ報酬は28億4100万円に上った。初のリーグ王者に輝いた06年のチーム運営費が32億8600万円で、選手らの報酬は24億9900万円でともに史上二番目に多い数字である。

 クラブは10年度に2億6000万円の当期損失を計上し、初めて赤字決算するなど、観客動員に苦戦するここ数年は財務状況にそう余裕があるわけではない。潤沢な資金にモノを言わせ、名のある選手を獲得する金満クラブと思われがちだが、内情はまったく違う。

▼現場と強化部の強固なタッグ
 今季、11人が新たに加入したが、期限付き移籍からの復帰組などを除けば、純粋な移籍組は武藤雄樹、ズラタン、石原直樹ら6人。この全員が前所属クラブとの契約が満了し、移籍金なしで獲得している。ペトロヴィッチ監督の戦術に適応する能力がある上、大金のかからない選手をリサーチして補強する。

 山道守彦強化本部長は「限られた予算の中でもチームを強化し、魅力的なサッカーで大勢のお客さんに来ていただく努力を惜しんではいけない。監督の志向するサッカーに合った選手を補強してきたので、この優勝は正しい判断だったことを証明してくれた」と喜んだ。

 ペトロヴィッチ監督の戦術は、特定の超人に頼るものではなく、連動性の高いコンビネーションサッカーだ。浦和の黄金期が継続中の06年に広島の監督に着任したため、指揮官はかつての浦和が金持ちクラブで今の財務状況とは違うことを認識している。

「私のサッカーは複数の選手がゴール前に顔を出すやり方だ。戦術が浸透すればいろいろな選手が得点に絡むようになるので、大金を費やしてまでストライカーを補強する必要性はない」

 就任1年目から11人、12人、13人、そして今季が目下12人。これらの数字はリーグ戦で得点した人数だ。13年は12人でリーグ最多得点を記録している。

 スター選手が勢ぞろいしたチームでなくても、一定水準の選手が集合し、グループとして機能すれば結果が出ることを示した。ただし、まだ重圧のない2ステージ制の前半戦が終わっただけだ。昨年、一昨年とシーズン佳境に入ると必ず失速した事実がある。それだけに本当の勝負になるチャンピオンシップをはじめ、チームが目指す年間勝ち点1位を奪うためにも、次のステージを勝ち切れるかに着目したい。

 山道強化本部長は、「浦和は常に(大相撲の筆頭)大関の地位にいることが重要だと考えている。毎年のように虎視眈々と優勝を狙える立場を保っていきたい」とこれからの指針をこう示した。

 大枚をはたいて大物を獲得する手法は捨て、知恵を絞って生産性と機能性を発揮できる組み合わせに取り組む方向に転換。同じステージ優勝でも、04年と今回では頂点へたどり着くまでの過程が異なり、将来への展望もまた違うモノとなった。

河野正(かわの・ただし)

1960年生まれ、埼玉県出身。埼玉新聞運動部で1988年からサッカーを担当し、90-91シーズンの日本リーグ時代から、浦和レッズの前身である三菱自動車を取材。埼玉新聞運動部長、編集委員などを歴任し、2006年秋の退社後にフリーランスとなる。W杯はフランス、日韓、ドイツ大会を取材。浦和の担当を開始して15年で26年目。浦和関連の著書数点。ヨハン・クライフの熱狂的シンパ。