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キーマン封じとリーダーの振る舞い。槙野智章、独走・浦和のメインキャスト

チームとして一つの強固な集団となった浦和の陰には、一人の男の奮闘があった。

J1リーグのファーストステージは浦和レッズの独走優勝という形で最終節を待たずに決着することとなった。無敗の快進撃を見せた浦和の勝因とは何だったのか。チームとして一つの強固な集団となった浦和の陰には、一人の男の奮闘があった。

▼先制点につながったボール奪取
 その瞬間、槙野智章に一切の迷いはなかった。

「ここは僕の仕事だな」 

 ファーストステージ優勝が懸かった第16節、敵地での神戸戦の27分だった。自身のマーカー役だったペドロ・ジュニオールからボールを奪うと、槙野はドリブルで一気に加速。そして、寄せてきた神戸DFを二人引き付けてから左サイドの武藤雄樹へ展開。槙野のパスを受けた武藤は、左足で中へグラウンダーのパスを通し、ゴール前に侵入してきた梅崎司がスライディングで合わせる。ポストを叩いたシュートがゴールラインを割った。結果的に槙野のボール奪取が、浦和イレブンと浦和サポーターの歓喜を呼び込んだ。

 このゴールシーンは象徴的だった。ペトロヴィッチ監督から「相手のキーマン封じ」を託されてきた槙野は、忠実にミッションを遂行してきた。ヴァイッド・ハリルホジッチ監督が率いる日本代表にコンスタントに招集されていることも、良い方向に作用しているのだろう。昨季と比較して、今季は並み居るJのアタッカーとのマッチアップを制することも多く、彼の守備力なくして、浦和のステージ優勝はあり得なかったと言えるほど、今季の背番号5の活躍は目覚ましい。

 神戸戦でも、これまでと同様に相手のキーマン封じの任務を指揮官から託された。マーカー役は、破壊力抜群のドリブル突破を有するペドロ・ジュニオールである。

「ペドロ・ジュニオールに対して、時間とスペースを与えないこと、ゴールから遠ざけること。そして彼がボールを持ったときは確実につぶすこと。こういったことを監督から口酸っぱく言われていた。彼のところでボールを奪えれば、逆にチャンスになると思っていた」

 浦和の先制点は、まさに槙野が狙いとしていた形が結実したモノ。そのほかの場面でもペドロのドリブル突破を封じるなど、ターゲットとなったペドロを途中交代に追い込んでいる。

「槙野は浦和のキープレーヤーだった。守備や攻撃でも力を発揮する選手で、僕がマッチアップする形になった。そこに駆け引きがあったが、残念ながら僕は彼を突破してゴールを決めることができなかった。それが今日の結果につながったと思う」

 自身のボールロストが失点のきっかけになるなど、槙野にその持ち味を封じられたペドロは、試合後そう言って脱帽するしかなかった。

▼守備に一意専心
 槙野が「キーマン封じ」を成功させた試合はこれだけではない。首位攻防戦となった第9節・G大阪戦では、強靭なフィジカルを持つパトリックをマーク。開幕前の富士ゼロックス・スーパーカップでは、終了間際にパトリックを抑え切れずに失点を食らってしまったが、この試合ではパトリックの対処法を見事に修正していた。

「サイドに流れることと、スペースでもらう動きが彼の特長。相手との距離を詰めること、時間とスペースを与えないことが仕事だと思っていた」

 1-0での完封勝利の陰には、「槙野がパトリックにチャンスを作らせないだろうと思っていた」というペトロヴィッチ監督の期待に応えた槙野の存在があった。

 このように、今季の槙野は「堅い守備を掲げている」守備陣に歩調を合わせて、いつも以上にディフェンスに注力している。今季のリーグ戦で初めてゴールを奪ったのは、14試合目にあたる第10節・柏戦。攻撃好きを自認する槙野にとっては、いささか時間がかかった印象を受ける。それでも本人は、「ゴールを取りたい欲はあったけど、失点ゼロに重きを置いて戦っている」と語るなど、リーグ初得点まで長い時間を要したことは、大した問題ではなかった。

▼原動力は活発なコミュニケーション
 3試合を残して、2位・G大阪との勝ち点差が『5』離れていながらも、リーグタイトルを逃した昨季の最終節・名古屋戦。試合後のミックスゾーンで槙野は「仲良し集団じゃダメ。もっとお互いが要求し合うことがこのチームには必要だ」と訴えた。

 その言葉を実証するかのように、今季の槙野はリーダーとしての振る舞いが目立つ。試合終了直後のピッチやロッカールームでは、率先してディフェンスラインの選手とその試合で出た課題をあぶり出し、次の試合では修正できるように、コミュニケーションを取る機会を作ってきた。

 ステージ優勝の懸かった神戸戦では、宇賀神友弥が2度目の警告で退場になると、GK西川周作、3バックの面々、そしてボランチの選手が集結し、声を掛け合った。
 
「ここが勝負どころだ。自分たちは試されている。しっかりと守り切ろう。ここは大きくクリアするなど、プレーをハッキリさせていこう」

 これから訪れるであろう逆境を乗り越えるために、誰彼ともなく、勝ち点を手繰り寄せるために必要な声がけがそこには生まれていた。神戸戦のワンシーンに象徴されるように、今季の浦和はピッチ上の選手たちで問題点を解決しようと、積極的にコミュニケーションを図る姿が目を引く。今ではそれが自然発生的に生まれていると槙野は言う。 

「お互いを高め合うために、もっとこうしてほしいと要求すべきだと考えた中での行動だと思うし、それが一人、二人、三人と伝染した中で、良い時間ができていると思う」

 目前でタイトルを逃した昨季の苦い経験が、チームを一つの強固な集団へと成長させた。もちろん、その中心には槙野智章がいる。

郡司聡

茶髪の30代後半編集者・ライター。広告代理店、編集プロダクション、サッカー専門新聞『エル・ゴラッソ』編集部勤務を経て、現在はフリーの編集者・ライターとして活動中。2015年3月、FC町田ゼルビアを中心としたWebマガジン『町田日和』(http://www.targma.jp/machida/)を立ち上げた。マイフェイバリットチームは、1995年から1996年途中までの”ベンゲル・グランパス”。