J論 by タグマ!

香川真司の発言に思うこと。そして、アジアでの地位が低下していく時代に思うこと。

流浪のフォトジャーナリスト・宇都宮徹壱は香川真司の言動に注目。日本サッカーの過去と未来に思いを寄せる。

2015年1月23日、日本代表のアジアカップは終幕を迎えた。早々に先制点を奪われ、一方的に攻め込んで同点としたものの、勝ち越しはならず。1-1からのPK戦の末、アギーレ・ジャパンの挑戦は早すぎるエンディングとなってしまった。果たしてこの敗戦から読み取るべきこととは何か。流浪のフォトジャーナリスト・宇都宮徹壱は香川真司の言動に注目。日本サッカーの過去と未来に思いを寄せる。

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香川の「謝罪」は誰へのものか (c)宇都宮 徹壱

▼これが日本人メンタリティか
 アジアカップ準々決勝、対UAE戦後のミックスゾーンで、香川真司は「申し訳ない」と謝罪を繰り返していたらしい。「らしい」というのは、私はミックスゾーンには行っていないので、あくまでも報道と伝聞での情報でしかないからだ。ただし、情報の整合性から鑑みて、謝罪したのは間違いだろう。

 誰に対して謝罪したのかは、いささか気になるところではある。監督なのか、チームメイトなのか、現地で応援してくれたサポーターなのか、それとも日本国民全体なのか。

 いずれにせよ、この人は良くも悪くも日本人的なメンタリティの持ち主なんだな、とあらためて思った。これがヨーロッパや南米の唯我独尊な俺様タイプの選手であれば、決して謝らない(アジアの選手でも、たぶん謝らないだろう。韓国は微妙だが)。それどころか、自分の正当性をことさらアピールすることはずだ。たとえば、こんなふうに。

「確かに、何本もシュートを外したよ。でもさ、移動込みの中2日で試合をやらせること自体、クレージーだと思わないかい? こんな状況でも『アクチュアリープレーイングタイム60分』とか言っているAFCの気がしれないぜ(笑)。俺たちロボットじゃないっつーの! やっぱ、プレーヤーズ・ファーストであってほしいよね。もっと優しくしてよぉ、って感じ?(笑)。あと1日休みがあったら、今日は2ゴール1アシスト決めていたぜ、マジで」

 少なくとも私は、香川に謝ってもらいたいとはまったく思っていない。謝罪してシュートの精度が上がるなら、どんどん謝ってほしいと思うが、おそらくそうはならないだろう。だったら、せめて上記したくらいの図太いメンタリティを身に付けてもらいたいものだ。そちらのほうが、よっぽどゴールへの近道だと思うのだが(実際に言ってほしいわけではない、念のため)。

 もう一つ気になったのが、長谷部誠のこのコメント。前半7分の失点に関して「まったくディフェンスラインが集中していなかったし、ボールを出した選手に対するプレッシャーもまったくなかった」。つまり、選手たちがよく使う「ふわっとした感じで」試合に入ってしまったことを、キャプテンは鋭く指摘しているのである。実のところ、記者席で見ていても、それは強く感じていた。ただし、この件に関して(少なくとも私は)、選手たちを責めることはできない。というのも、取材者である私自身もまた「ふわっとした感じで」この試合に入ってしまっていたからだ。

▼無意識の油断はあったのか
 シドニーでUAE戦が行われる直前、キャンベラではイラン対イラクによる準々決勝が行われていた。現地の模様はメディアセンターのTVにも映し出されていたのだが、これが「今大会のベストゲームになるんじゃないか」くらいの白熱した好ゲームだった。2-2から延長戦に入り、イラクが勝ち越しゴールを挙げると、その直後に1人少ないイランも意地の同点ゴールを決める。結局、120分でも決着が付かずPK戦に突入。この時、すでにシドニーでは両国の国歌演奏が始まっていたので、私は慌てて記者席に向かうこととなった。

 もしも私が、このUAE戦を「非常に難しい試合」と認識していたなら、キャンベラでの試合には目もくれず、早々に記者席に腰を落ち着けて心を整えていたことだろう。それができなかったのは(もちろんイランとイラクが素晴らしい試合をしていたこともあったが)、対戦相手のUAEをどこかで侮っていたか、あるいは「日本はベスト4に進出して当たり前」と信じて疑わなかったからに他ならない。さすがに選手やアギーレは、そんなことは口が裂けても言わないだろう。でも、もしかしたら「少なくともイランよりは楽な相手だろう」という無意識な油断は、どこかにあったのかもしれない。

▼失われた20年と輝かしい20年
 今大会、日本が5大会ぶりにベスト8で終わってしまったことは、確かに悔しい。アジア王者のタイトルを失ったことも残念でならないし、しかもその相手がイランでもオーストラリアでも韓国でもない、UAEであったこともまた口惜しい限りだ。しかし、あれから数日を経て、「この悔しさは、本当に一時的なものなのだろうか?」という新たな不安がよぎるようになり、シドニーの真夏の陽光を浴びながら悶々とした日々を送っている。

 私の不安を具体的に述べるなら「アジアにおける日本の優位性という担保は、実はもう底をついてしまっているのではないか」というものである。すでにアンダー世代のアジアでの大会において、日本サッカーの頭打ち感は明らかになっていたわけだが、そうした不安からA代表も決して無縁でないことが、今大会の結果によって明らかになったのではないか──。もし本当にそうであれば、日本の6大会連続のワールドカップ出場も危ういと言わざるを得ない。

 実はこれに似たような状況を、われわれ日本人は歴史的に経験している。今から四半世紀の昔、バブル景気に沸いていた当時の日本国民は、中国にGDPで抜かれることも、韓国のグローバル企業に市場を脅かされることも、さらには東南アジア市場に活路を見出さなければならないほど追い込まれることも、まったく想像していなかった。世界一の経済大国は難しくとも、少なくともアジア域内においてその地位が脅かされることはあり得ないと、当時の日本人の多くが無邪気に信じ切っていたのである。

 サッカーにおけるアジアでの優位性が失われつつあるという危惧は、日本のバブル経済が崩壊する直前の空気感と奇妙な相似関係にあるように、私には思えてならない。余談ながら、いわゆる「失われた20年」と日本サッカー界の輝かしい20年の歩みは、見事なくらいに軌を一にしていた。われわれサッカーファンが、長引く不景気の中でも比較的元気でいられたのは、この「輝かしい20年」のおかげであったと言っても、決して過言ではないだろう。

 経済だけでなく、サッカーにおいても、日本のアジアでの優位性が失われてしまうのであれば、これは国民的に由々しき問題だと思う。バブル崩壊の時も、その初期段階において時の政府がしっかり対策にあたっていれば、失われた年月はもっと短縮されたものとなっていた、という言説がある。もちろん、それは結果論でしかない。しかし、だからこそ日本サッカー協会には、相当の危機感をもって事後の対策に迅速に臨んでいただきたいものだ。

 最後に、香川選手へ。

 今後は、安易に謝罪したり涙したりするのは、是非とも謹んでいただきたい。もちろん、悔しいのも情けないのもわかる。それでも日本の背番号10には、もっと強くあってほしいし、さらなる高みを目指してほしい。そう、切に願う次第だ。

宇都宮 徹壱

写真家・ノンフィクションライター。1966年生まれ。東京出身。 東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、1997年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」 をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。『フットボールの犬 欧羅巴1999-2009』(東邦出版)は第20回ミ ズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。2010年より有料メールマガジン『徹マガ』を配信中。http://tetsumaga.com/