J2のアトレティコ?金沢に見る堅守と仕掛けの戦術的ディテール
サッカーメディアのマエストロこと西部謙司が、金沢の強さを戦術目線で斬る。
▼堅守だけではない
「堅守、速攻、リスタートをベースにやっている」(森下仁之監督)
堅守速攻と言われるツエーゲン金沢だが、5月17日に行われたジェフ千葉との試合では違う顔を見せている。先制されてからは縦横にパスを回し、アディショナルタイムに生まれた同点ゴールは千葉をゴール前に釘付けにしたところから生まれた。
「中盤でボールを持てる選手はたくさんいます」(森下監督)
ボランチの山藤健太は千葉のプレスにも余裕を持ってかわせる技術とビジョンがあり、山藤とダブルボランチを組む秋葉勝はボールを失わない丁寧な持ち方、機を見て放つミドルシュートに威力があった。交代出場した大槻優平もパスをさばけるし、CBの太田康介は長短の正確なフィードができる。確かに「ボールを持てる選手」はたくさんいる。
ただ、それを前面に押し出すのではなく、ゾーンの守備ブロックをしっかり固めてカウンターという戦い方をしているので目立たないだけなのだろう。千葉戦のように先制されればボールを支配して押し込む力は十分持っているわけだ。森下監督にとって「守っているだけ」というイメージを持たれるのは、心外というより「かえって有り難い」ということらしい。
▼そうは言っても堅守
しかし、金沢の強さの源が安定した守備にあることは間違いない。
守り方はオーソドックスなゾーンディフェンス、[4-4]のブロックを作る。どこでもやっている守備戦術と言えばそうなのだが、金沢ほど忠実なチームはそれほどない。むやみにボールに食い付いてスペースを空けることもなく、人に付き過ぎてバランスを崩すこともない。
守備の始まりはハーフラインから。相手のCBはフリーにしている。2トップが相手のCBにプレスするケースもあるが、ほとんどはハーフラインで待機する。プレスするときには全体を押し上げていて、FWの無駄追いにならないようにしている。
先ほど[4-4]のブロックと書いたが、金沢の守備ブロックは実際には10人である。
DF、MF、FWの3ラインの間隔が一定で、ディフェンスラインが下がればFWも下がる。ディフェンスラインがペナルティーエリアのすぐ外にあるときは、それに伴ってFWも自陣の半分ぐらいまでは下がってくる。アトレティコ・マドリード(スペイン)など、ヨーロッパではスタンダードになっている守り方だが、Jリーグではまだそれほど徹底されていない。金沢はそこが徹底しているので、相手のボランチはCBの近くまで下がらないとなかなかフリーになれず、攻撃の起点を作りづらくなっている。
▼前線の人数を変える攻撃の仕掛け
セットプレーという武器も持っているが、金沢には前線の人数を変化させる仕掛けがある。
中盤サイド(清原翔平、佐藤和弘)がインサイドへ入り、SB(阿渡真也、チャ・ヨンファン)が高い位置を取る。前線に5、6人の選手が並ぶ形になる。浦和レッズやサンフレッチェ広島でおなじみのやり方だが、J2でこれをやるチームは多くない。
これだけ前線に人数を投入すると、どこかは空く。空かなければ中盤に中継点として残っているボランチを経由させてサイドを変える。相手方のスライドが間に合わなければサイドが空くし、移動が早過ぎれば中央が空く。
これに対して千葉は[4-5-1]で対応したが、引き過ぎてしまって中盤へのプレスがかからずミドルシュートを連発されていた。金沢の同点ゴールは左サイドからのクロスが発端だ。一旦クリアされたが、千葉は中盤に人がおらずプレッシャーが遅れ、シュート気味のパスがペナルティーエリア内に残っていた辻正男につながって、辻が決めた。
ディフェンスラインの押し上げが遅れたのが千葉の失点の原因だが、金沢が横に広がってパスを回してきたので、千葉の守備ブロックは平べったくなって厚みがなくなってしまっていた。クロスが入ったときは9人がペナルティーエリアに押し込まれていた。これではセカンドボールは拾えないし、プレッシャーも遅れる。人数が多過ぎて素早くラインを押し上げることも難しい。
千葉の守備に問題があったのは確かだが、金沢はそのための仕掛けをしていたので決して偶然に生まれたゴールではない。
西部謙司(にしべけんじ)
1962年9月27日、東京都生まれ。「戦術リストランテⅢ」(ソル・メディア)、
「サッカーで大事なことは、すべてゲームの中にある2」(出版芸術社)が発売中。ジェフユナイテッド千葉のマッチレポートや選手インタビューを中心としたWEBマガジン「犬の生活」を展開中。http://www.targma.jp/nishibemag/