アギーレもザックも継承を選んだ”岡田ジャパン”を、果たしてハリルホジッチは「更新」できるのか?
ベテランジャーナリスト・後藤健生は、新監督が直面する最大の問題を「世代交代」と見る。
▼岡田監督の遺産
監督就任後初めての親善試合。ハリルホジッチ監督は、通常より多い31人を招集した。多くの新戦力が入ったように見えるのは「枠」が拡大されたからであり、バックアップメンバーも発表したからに過ぎない。遠藤保仁、大久保嘉人といったベテランこそ外れたものの、コア・メンバーがこれまでと大きく変わっているわけではない。
それは、ある意味で当然のことでもある。来日してわずか1週間では視察の機会も限られている。「まず、これまでの主力を手元に置いて見ておきたい」。監督はそう考えたのだろう。
しかし、それにしても若返りは日本代表にとって急務である。
1月のアジアカップ。日本代表は準々決勝で敗退してしまったが、チームの完成度では参加16チームの中で群を抜いていた。あるいは、4年前のアジアカップと比べても成熟度ははるかに高かった。
それは当然のことだ。今のチームの基盤は2010年の南アフリカ・ワールドカップの直前に岡田武史監督が作ったものだ。中村俊輔や楢崎正剛といったそれまでの主力をベンチに置き、長谷部誠をキャプテンに据え、本田圭佑らを中心に若返ったメンバーで戦って日本代表はベスト16進出を果たしたのだ。
その南アフリカ当時のメンバーから、中澤佑二と闘莉王のセンターバック2人が外れ、香川真司がコア・メンバーに加わったものの、ザッケローニ監督は4年間ほぼメンバーを変えずに微調整しながら戦ってきた。
つまり、いまの日本代表は4年半にわたって同じような顔ぶれなのだ。成熟が進むのは当たり前のことだ。
▼停滞感を打破するために
だが、成熟が進めば、どこかで腐敗が始まる。チームというのはそういう生き物だ。
「ティキタカ」のスペイン代表は2008年のEURO優勝から2010年W杯、そして2012年EUROと、3大会6年間にわたって世界に君臨したが、それはあくまでも例外的な出来事。1986年にW杯王者となったアルゼンチンは4年後の1990年大会でも決勝に進出したが、決勝までの道のりはPK戦の連続で4年前の輝きは完全に失っていた。1998年にW杯初優勝を飾ったジャケ監督とジダンのフランス代表は、4年後の日韓大会で惨敗を喫した。
日本代表の「賞味期限」も間近に迫っていることは間違いない。いや、すでに2014年のブラジルW杯以来、日本代表の周囲には停滞感が漂い続けているのだ。
アギーレ前監督もそのことは感じていたのだろう。親善試合では次々と新しいメンバーを招集。ブラジル代表との試合で主力をベンチに置き、若いメンバーを並べて戦ったのには大いに驚かされた。ブラジル戦は惨敗に終わったが、僕は「それが若手の発掘につながるのなら」と好意的に見ていた。
だが、結局、多くの若手が試されたものの、戦力として定着できたのは武藤嘉紀と柴崎岳の2名のみ。タイトルが懸かったアジアカップでは、アギーレ監督はそれまでの大胆さをすっかり失って、ブラジルW杯当時のメンバーに戻し、しかも全試合先発を固定してしまった。
結局、岡田武史監督が作ったチームをザッケローニ監督もアギーレ監督も更新できなかったということになる。
ハリルホジッチ監督は、一方で「勝負にこだわる」と語りながら、チュニジア戦とウズベキスタン戦とで違うメンバーを出場させると明言。「どちらがAチーム、どちらがBチームということではない」とも語っている。
昨年のW杯でアルジェリアを率いていたハリルホジッチ監督は、試合によって、相手によってメンバーやシステムを変更して戦った。今回の二つの親善試合でも、その「勝負にこだわる」采配ぶりにも注目したいが、今の日本代表にとって必要なのは親善試合での勝利ではない。新監督の下で果たして若返りが順調に進むのか。それこそが喫緊の重要課題なのだ。
若手選手をどのようにしてコア・メンバーと融合させていくのか。2試合を通じてのメンバー構成やチーム・マネージメントの部分に最も注目したい。
後藤 健生
1952年東京生まれ。慶應義塾大学大学院博士課程修了(国際政治)。64年の東京五輪以来、サッカー観戦を続けており、74年西ドイツ大会以来、ワールドカップはすべて現地観戦。2007年より関西大学客員教授。