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「トータルフットボールは普遍」。JFLから革命を起こすヴィアティン三重の胎動

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「トータルフットボールは普遍」。JFLから革命を起こすヴィアティン三重の胎動J論プレミアム

鈴鹿アンリミテッドFCを下し、天皇杯 JFA 第99回全日本サッカー選手権大会三重県代表となったのは、同じJFLのヴィアティン三重(以下、三重)だった。FC.ISE-SHIMAなども将来のJリーグ加盟を標榜する群雄割拠の地で、三重が一歩抜け出た恰好だ。2014年に天皇杯本選まで進んだが以後は県予選を突破できず、JFLでも昇格後2シーズンつづけてふた桁順位だったことを考えれば躍進と形容したくもなるが、この結果は偶然ではない。

2019シーズンの三重は体制を一新した。かつて三重県を代表する企業チーム、コスモ石油サッカー部の監督を務めた山本好彦がGMに就任。レノファ山口FC時代に超攻撃的なサッカーで一世を風靡した上野展裕が新監督となり、副官たるヘッドコーチには現役時代に名古屋グランパスなど複数のJクラブでならした三重県出身の阪倉裕二を招いた。また育成と普及を重視するクラブらしく、四日市中央工業高校サッカー部の監督だった樋口士郎を強化部長兼アカデミーダイレクターに据えてもいる。Jリーグ並の質を充たしつつ、地元に根ざそうとする意識がうかがえる人事だと言っていい。

スタジアムの問題もあり、今すぐJ3へ昇格とはいかないながらも”本気”の体制を敷いてきた三重。その狙いはどこにあるのか。クラブとして、あるいはトップチームはどう変わろうとしているのか。Jリーグでもあまり類を見ないトータルフットボールを掲げ、まずはピッチ内から独自の価値を創造し始めた三重の現在を理解するべく、山本GMと上野監督を直撃した。


▼小さい三角形が少し大きくなるまで

2012年、三重県リーグ3部に参戦。翌シーズンに加入したJリーグ経験者の加藤秀典、和波智広、坂井将吾は現在も三重に在籍している。毎年昇格を成し遂げて順調にステップアップを重ねてきたが、2017シーズンにJFL昇格を果たしたあとは12位、11位と足踏み。Jリーグ入会の条件となる4位以内の成績を残すだけの見通しは立っていなかった。今シーズンは同じ三重県の鈴鹿アンリミテッドFCもJFLへと昇格してきてダービーの様相を呈しているばかりか、東海リーグ1部にFC.ISE-SHIMAが控えている。三重県を代表する地位を獲得、維持することは決して容易ではなさそうだが、この状況で三重は他クラブとどう差別化を図り独自のスタンスを確立しようとしているのか。インタビューはそこから始まった。


――三重県内にライバルが多くなってきています。他クラブとのちがいをどう出していこうと考えているのですか。


山本GM
 三重県他クラブとの差別化は意識していないんです。我々の位置付けはチャンピオンスポーツですので、県内にいくつチームがあったとしても、チャンピオンがその権利を得られる。そう思って活動しています。
一方で、トップが強ければそれでいいという時代が過ぎていることも確かです。やはり、子どもたちを、スローガン・理念のとおりに笑顔にするためには何をすればいいか。そうするとアカデミーの活動がとても重要になる。まずその体制をつくり、地域に支えられ、理解を得られるクラブチームでなければいけません。その上にトップの強化がある。ピラミッドをつくるのではなく、自然とピラミッドになるものだと考えていますね。王道を誠実丁寧に一歩一歩進んでいくということが、私たちの立ち位置だと思っています。


――上野さんはどうしてヴィアティン三重に来ようと思ったのですか?


上野監督
 監督就任を決めた理由が大きく3つありまして、一番はヴィアティンの掲げる理念がしっかりしているということ。サッカーのトップチームだけに限らずいろいろな種目やカテゴリーの活動をおこない、Jリーグクラブよりもしっかりしているなと思うほどです(※女子チームを有し、サッカー以外にバレーボール、ビーチサッカー、陸上、ハンドボールなど多くの競技活動をおこなう)。そして他に先駆けて一番最初に声をかけていただいたことと、サポーターが熱いということです。人数はほかに多いところがあるかもしれませんけれども、JFLで一番熱い。このクラブは面白いんじゃないか、と思いました。


――山本さんが上野監督に声をかけたわけは?


山本GM
 ピッチのキャンバスにどういう絵を描くか、どういう絵の具を使うかという発想は上野にしかできないと思ったからです。私は2006年からJリーグのマッチコミッショナーをしていますが、2016年のレノファ山口FCと徳島ヴォルティスの試合を担当することになり、昇格したての山口がどんなサッカーをするのだろうか観てやろう――という感じで会場に臨んだのが上野サッカーの初体験でした。いざ試合が始まると、選手たちは常にオフ・ザ・ボールの局面で動き、その動きを互いに感じ合う流動的なサッカーをしていた。それを観てすごいな、と思いました。なかなかここまで徹底できる指導者はいない、というのが第一印象でした。
そして昨シーズンになりますが、ルヴァンカップでヴァンフォーレ甲府とジュビロ磐田の試合がありました。目指す方向性は変わらず、上野のサッカーはさらに進化し、納得感のあるゲームでした。私はそのようなJリーグのいい試合を観たあとは一抹の寂しさを抱えて帰ります。三重県にはJのクラブがないからですが、そういうこともあって上野のような監督が三重に来てくれたらと、ぼんやりとしたイメージをしていたところに、ヴィアティンの後藤大介社長から私に「(GMとして)いっしょにやりませんか」という誘いが来ました。監督交替が決まった時点でその話があったので、三重のサッカーを変えるなら上野しかいないと思っていた私は彼を次の監督に据えようと、後藤と相談のうえ、上野にコンタクトをとり、12月に現場確認ならびに、後藤社長からクラブのコンセプトを聞いてもらい、オファーをしました。それから三週間ほど首を長くして待っていたんですが(笑)、ようやく承諾の返事が来て今シーズンの体制が決まったわけです。

――上野さんはどういう手順で仕事を進めようと思ったのですか。


上野監督
 ヴィアティン監督就任を正式に決めたのが遅く、昨年12月末だったので、翌シーズンの選手が決まり、編成は済んだ状態でした。全30名。本来であれば構想が先にあってそこに合う選手を集めるところから始めるのですが、今回の場合は現状の選手を起用していかにJFL残留を果たしつつ同時に実力の積み上げもしていこうかという進め方で2019年に入っていきました。
結果と内容を同時に充たすように取り組んでいますが、JFL第3節のHonda FC戦以降はより攻撃にシフトしている感じです。フォーメーションは相手によって3枚(バック)にも4枚にも変わります。奈良クラブやHonda FCとの対戦では3枚でやりました。どっちでもいいんです(笑)。あまりシステムは関係ないので。
山口では守備の練習より攻撃の練習に比重を置いていましたが、ヴィアティンでは両方バランスよくやっていこうと。比率としては、初めは守備のほうが多かったと思います。ある程度守備が構築できてきたら攻撃の割合を増やそうと思っていました。夏までに固まるかな、という想定です。補強もお願いしたいところですが(笑)。


――たとえばサイドバックが上がると、ボランチやサイドハーフが猛然と下がってディフェンスをしますね。ポジションなしのサッカー、トータルフットボールを志向しているように映りますが?


上野監督
 社長とGMにも説明しましたが、トータルフットボールは普遍なものだと思います。みんながポジションを変えていくトータルフットボールは普遍であるし、それをやっていきたいとはサポーターさんたちにも言いました。攻撃もそうですし、循環していくものだと思います。ポジションチェンジもそう。特異なものではないと思います。


――ボールサイドでスモールフィールドを形成し、ショートパスを駆使しての打開を狙っているようですが、ロングボールもかなり織り交ぜてきますね。


上野監督
 バランスだと思います(笑)。


――中央とサイドの選択も?


上野監督
 それもバランスが大事だと思います。真ん中も大事ですし、サイドからも崩しますし、広いほうも行きますし。サイドからも中からも、広いところも狭いところも、ウラがあったらオモテがあるように、両方できるようにしていきたい。


――この概念をわかりやすく端的に教えていただけると助かります。


山本GM
 「集中と拡散」と言いますか、守備のときは狭いエリアでいかにコンパクトにしてボールを獲るか、獲ったボールをどこに穴があってどう運べばチャンスになるかというところが基本だと思うんですね。攻撃でも守備でもそうですが、自分のマークが自分の視野から外れたときは相手にしてみればチャンスで、すっとウラをとられたり開かれたりする。逆もしかりです。その起点についての感性を研ぎ澄ませておくことを上野は重視していると思います。オフ・ザ・ボールのときに何を準備しているか。コンマ何秒で何メートル動けるとか、それが興味深い、おもしろいところですね。あまり喋りすぎると怒られちゃうかな(笑)。


――サッカーの議論というとシステムの噛み合わせが主題になりがちですが、球際や数cmだけ空いているところにパスを通すなど、ディテールで決まる場面も実際には多いですよね。


上野監督
 両方大事ですよ、噛み合わせも大事ですし、ディテールのところも大事ですし。両方あったほうがいいと思います。


――だいたいお答えが予想できるようになってきましたが、ビルドアップで運んでいくのも、球際で競り勝つのも……。


上野監督
 両方大切だと思います(笑)。


――目標とする順位は。


上野監督
 4位以内に入りたいな、と。


――スタジアムなどの諸問題に関係なく、常にJ3昇格に必要な4位以内を狙う?

山本GM そうですね。その前にまず、Jリーグ百年構想クラブ認定(現在はラインメール青森、tonan前橋、栃木シティFC、東京武蔵野シティFC、奈良クラブ、FC今治、テゲバジャーロ宮崎)をされなくてはなりませんが、いずれにしても現場は現場として4位以内という目標に向かって走っている。周りの環境はどうあれ、何が起こってもそこに向かって走りつづけることに変わりはありません。それによって地域、行政のみなさんの受け止め方も変わってくるでしょうから。微力ながら一定の成績を残すことで、外に向けての発信をしていくということですね。


――こうあるべきというサッカーの理想を掲げても勝点を稼げないとなると、その数カ年計画は頓挫することが多いと思います。ヴィアティン三重ではどういう見通しを立てているのでしょうか?


山本GM
 私のビジョンとしては3年、5年のスパンで考えているものはあります。Jは私たちにとって大きな目標であるし、地域に住む子どもたちにとっても憧れのポジションだと思うんですね。しかし、それだけが私たちの使命ではなく、草の根でサッカーを楽しむ環境、サッカーだけでなくほかのスポーツをも楽しめるようにと思っていますので、多くの方が集まるひとつのコミュニティとしてヴィアティンを確立したい。週末にからだを動かすことが出来、笑顔になれるような、そういう場として認められるようなクラブになれれば、と。
確かにトップの成績は大事ですけれども、それには時間がかかるのは当たり前であって。上野が来てくれたことにより、いろいろなクラブのいろいろな選手から「ヴィアティンでやりたい」という声が聞こえるようになってきているのも事実です。いまは三重県出身の優秀なプロ選手が県内に戻ってきたときの受け皿がない。上野のサッカーに合う選手たちがもし帰ってこれるような環境ができればそれも三重県全体にプラスとなりますし、そういったところも期待しています。何年で、という区切りではなく、自分たちが底辺を拡げ、小さい三角形ですけれども、それがもう少し大きくどっしりとなるところくらいまでは、ちゃんと上野に面倒を見てもらいたいと思っています。


▼ひたむきな姿をお見せしたい


――上野さんが仕事をするにあたって、そのクラブに対して持つ想いとはどんなものなのでしょうか。


上野監督
 たとえば山口のときでしたら「志のあるチームにしよう」と言っていました。三重でも同じですが、サポーターのみなさんと共同作品をつくりたい。スポンサーさんもクラブのスタッフも、もちろんその仲間です。三重には三重の雰囲気があると思いますし、土地柄もあるじゃないですか。そういうものをすべて含めてみんなで共同作品をつくっていきたいというのが一番ですね。


――ボールを蹴る前、ピッチに入る前の哲学を感じます。


山本GM
 上野はすごいフィロソフィーを持っている。おそらく幼少から育った環境、プレーヤーとしての経験、いろいろなすばらしい指導者との出会いがあり――自分がこうしたいこうなりたいというイメージを持っているから出会いがあるのだと思いますが――いまがあるのでしょう。でも、いまもまだまだ進化中です。5年、10年経ったあとも、きらきらの、ぴかぴかの上野になっていると思いますよ。楽しみです。

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