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【日本vsヨルダン超速レビュー】正直、突っ込み所なし! 熟練の手堅いジャパンがヨルダンを仕留めて3連勝

この試合で日本が見せたのはナイーブさの欠片もない、盤石さだった。

日本代表が連覇を狙うアジアカップの戦いが開幕した。単にタイトルを奪うだけではない、プラスアルファの上積みも狙いたいこの大会を記者たちがさまざまな角度から解剖していく。グループリーグ第3戦で日本はヨルダンと対戦。そのアグレッシブなスタイルには、これまでも苦戦を強いられてきた。だが、この試合で日本が見せたのはナイーブさの欠片もない、盤石さだった。


▼際立った手堅いポゼッション

 手堅い。ヨルダン戦のアギーレジャパンを形容するなら、この一言に尽きる。

 決して攻める姿勢がなかったということではない。日本は特に前半、11分の乾貴士がネットを揺らした”幻のボレー”を皮切りに、美しい崩しを何度も見せた。24分の先制点は、意図を持って崩したビューティフルゴール。長谷部誠が短く縦に当て、乾が身体をねじって裏に落とし、岡崎慎司がゴール左に抜け出す。岡崎の一振りはGKに弾かれたが、本田圭佑がフリーで詰めていた。

 選手が技術とアイディアを発揮し、しかもタイミングをジャストで合わせる。日本の選手たちが個のクオリティーにとどまらない、相乗効果を出したゴールシーンだった。

 ただ、90分トータルで見れば、日本はリスクを避けた試合運びをしていた。攻撃時も総じて選手の位置取りが均等で、ポジションチェンジも最低限。インサイドハーフが引いて受けに来る場面はあったが、バランスを崩すほどのものではなかった。

 ボールの動かし方を見ても、ロングボールの活用がずいぶんと減った。一方で両サイドバック、両ウイングがピッチの横幅68メートルを最大限使い、相手の守備組織の”外”でボールを握る狙いが増えている。乾や本田、香川真司はドリブルというスペシャリティを持つ選手だが、今日は個で抜きに行く場面をほとんど見せなかったのではないか。シンプル、確実にボールを保持することで相手に攻めさせない、試合をコントロールするという”手堅いポゼッション”が際立っていた。

▼代表チーム離れした感覚の共有
 ボールを持ったら必ずスイッチを入れる、すべての攻撃機会でゴールを奪いに行くというサッカーもある。こうボールを動かす、ここに動くという”形”を決めて、機械的に攻めるというサッカーもある。しかしアギーレジャパンは、ボールを持っても攻め急がず、じっくりと相手を観察する。いい意味でのんびりしていた。メキシコ代表を彷彿とさせるようなスタイルは、興味深かった。

 ボールを持てば試合が落ち着き、相手に足を使わせることができる。ただアギーレジャパンは間違いなく”それ以上”のモノを見せていた。相手が隙を見せたら、テンポアップをする。しかも複数の選手がギアチェンジの感覚を共有する。J1の18チームを見てもなかなかないレベルの勝負どころの見極めの”共有”が、チーム全体に備わってきた。例えば遠藤保仁のような”司令塔”がタクトを振るうのは当然だろう。加えてヨルダン戦は乾や岡崎と言った”使われる側”の選手が、中盤からのパスを呼び込む危険な動きをしていた。

 後半は前半に比べるとボールを握り切れず、自陣深くの守備対応を強いられる場面も増えた。GKやDFに愚かなミスがあれば、失点しかねない状況もあった。ただ人数が足りない、崩されたという場面は見当たらなかった。負けたらグループリーグ敗退の決まる相手がリスクを負って前に出てくるのは当然で、引き込んで守るということ自体は間違いでない。日本はチャンスも作っていたし、そもそも引き分けで首位通過できる状況だった。

 日本が追加点を挙げたのは82分。交代出場の武藤嘉紀が左サイドを抜け出してクロスを送り、香川真司が今大会初ゴールとなるボレーを決めた。これはグループDの首位通過はもちろん、この試合の勝利を保証する一撃ともなった。

▼不確定要素は良くも悪くも乏しかった
 この試合に限って言えば、アギーレジャパンはベストに近いものを見せてくれた。

 一方で今大会が盤石か、2018年に向けて安心できるかどうかは、また別の話だ。04年、11年のアジアカップ制覇は華やかな成果だが、その過程は苦戦の連続だった。コンディションには波があり、グループリーグから良い試合をし過ぎることも逆に怖い。”競争を勝ち抜いた末に”という前提つきではあるが、もっと若手選手が試合に絡んできてほしい。今大会の結果とは別に、そういう中長期的な課題へ、このチームは取り組む必要がある。

 良くも悪くも”突っ込みどころ”がないまま、90分が終わってしまった。秩序を乱すような選手もいないし、呆れるようなミスもない。もっと不確定要素の多い、伸びしろを残した試合が見たかったというのは、あまりに贅沢だろうか。

大島和人

出生は1976年。出身地は神奈川、三重、和歌山、埼玉と諸説あり。ヴァンフォーレ甲府、FC町田ゼルビアを取材しつつ、最大の好物は育成年代。未知の才能を求めてサッカーはもちろん野球、ラグビー、バスケにも毒牙を伸ばしている。著書は未だにないが、そのうち出すはず。