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キーワードは「破壊」と「真新しさ」。遠藤保仁外しは、革命の序章に過ぎない

流浪のフォトジャーナリスト・宇都宮徹壱は、新監督から革命の気配を感じ取った。

3月27、31日とハリルホジッチ監督が就任してから初の国際Aマッチが実施される。招集されたメンバーは新顔を多数含む大所帯。『J論』では、「先発? 戦術? 記者会見? 私は新生日本代表の初陣でこの一点を注視する」と題して、あらためてこのシリーズにフォーカス。流浪のフォトジャーナリスト・宇都宮徹壱は、新監督から革命の気配を感じ取った。

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精力的に自身のカラーを浸透させているハリルホジッチ監督 (C)宇都宮徹壱

▼「ハリル・ジャパン」に思う
「これまでの日本代表監督は非常に国民に愛されて、愛称で、お名前で『なになにジャパン』と呼ばれることが多かったんです。ザッケローニ監督であれば『ザック・ジャパン』、アギーレ監督であれば『アギーレ・ジャパン』。ハリルホジッチ監督は、何とお呼びすればよろしいのでしょうか?」

 ヴァイッド・ハリルホジッチ監督の就任会見で、このような質問があったことをご記憶の方も多いと思う。

 質問者は某局の女子アナウンサー。「何をくだらない」と思った人は多かったと思うが、私は何となく、彼女が上司からそのような質問をするように強く求められた可能性が高いと見ている。結局、ハリルホジッチは苦笑いしながら、彼女が期待していた明快な答えを提示しなかった。そのため、メディアが見切り発車的に使い始めた「ハリル・ジャパン」という呼称は、そのまま定着しそうな雲行きとなっている。

 私自身は、もともと「なになにジャパン」という呼称には抵抗があるので、極力用いないようにしているのだが、とりわけ「ハリル・ジャパン」には度し難いものを覚えてならない。なぜなら、サッカーファンでない人に「ハリル・ホジッチという名前なのか」という誤解を招きかねないからである(実際、就任会見でも「ホジッチ監督に質問ですが」と切り出す方がいた)。

 加えてこの「なになにジャパン」は、極めて予定調和の匂いがするのも気に入らない。あまり馴染みのない国から、見知らぬ外国人監督がやってきて、試行錯誤や紆余曲折の末にW杯出場を果たし、そして結果が良くても悪くても最後は「感動をありがとう」でお別れする(そしてしばらくして『通訳は見た!』的な書籍が発売されて、それが話題作になるというオマケが付く)。

 とはいえ今回の新監督は、なかなかどうして一筋縄ではいかないように思えてならない。前任のハビエル・アギーレと同様、ハリルホジッチはプレーヤーとして、そして指導者としてW杯を経験しており、欧州では「成功者」として一目置かれる存在である。それだけレベルの高い指導者を、われわれは連続して日本代表監督に迎えることとなった。僥倖といえば僥倖だが、一方で何やら嵐の予感にも似た胸騒ぎを覚えてならない。

 アギーレの契約解除が発表された時、私は誰がなるにせよ、次期監督はいろいろと大変だろうなと思っていた。アジアカップでベスト8止まりだったにもかかわらず、選手の多くはこのメキシコ人指導者に強いシンパシーを感じていたからだ。それは下記のコメントからも明らかである。

「ショッキングなニュース。情熱的な指導が大好きだった」(香川真司)
「個人的に好きな監督だし、人間的にも素晴らしい人。あの監督の前で正GKを勝ち取りたかった」(西川周作)
「ほめて伸ばしてくれた。気持ちよくプレーさせていただいた」(武藤嘉紀)

 加えてJFAの技術委員会は、アギーレ体制の継続性を新監督に求めてくることが予想された。そうなると、ますますミッションの難易度が高くなるのは必至。後任選びの大変さもさることながら、首尾よく新監督を連れてきたとしても、新たなチーム作りは尋常でない困難が待ち受けているように思われた。

▼明らかな4つの方向性
 では、実際はどうだったか。3月13日に就任会見を行ったハリルホジッチは、それからわずか2週間で前任者のカラーを根こそぎ払拭し、自身が目指すチームの方向性を全力で選手に植え付けようとしている。

 その方向性とは、具体的に以下の4点だ。

(1)相手との力関係や試合の状況によって、パスサッカーもカウンターサッカーもできること
(2)ボールを持ったら全員攻撃、ボールを失ったら全員守備
(3)規律と運動量と球際の強さを重視
(4)特定の選手に依存することなく、総力戦で戦う

 そうした新たなチームの方向性を、ハリルホジッチは時にビデオを使ったり、時に意見交換したり、時にトレーニングで細かく指示をしながら、驚くべき速度でもってチームに浸透させようとしている。

 前任のアギーレは「再建屋」というイメージが強かったが、ハリルホジッチについては「革命家」と言ったほうがしっくりくる。そして革命を成功させるために必要なのは、スピード感と大胆さ、そして破壊と目新しさである。

 とりわけ「破壊と目新しさ」は、この3月のシリーズで私が最も注視するポイントとなっている。遠藤保仁が招集メンバーから外れたのは、その序章に過ぎない。キャプテンは長谷部誠でないかもしれないし、ゴールマウスを守るのは川島永嗣でないかもしれないし、本田圭佑はベンチスタートかもしれない。

 思えば、中盤に遠藤が君臨することも、長谷部がキャプテンであることも、川島が守護神であることも、そして本田が攻撃の軸であることも、すべて2010年の岡田武史監督時代からの不文律であり、かつ「聖域」であった。そうした聖域がことごとく撤廃されるくらいのドラスティックな変革が、初陣となるチュニジア戦では見られるのではないか。

 もし、2018年のロシアに向けて急速に変わりゆく日本代表を目の当たりにできたなら、われわれサッカーファンもまた変わるべきだと思う。まずは、いかにもドメスティックな「なになにジャパン」を卒業するところから始めてみてはどうだろう。そもそも「レーブ・ジャーマニー」とか「デル・ボスケ・スペイン」とか、言わないでしょ?

宇都宮 徹壱

写真家・ノンフィクションライター。1966年生まれ。東京出身。 東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、1997年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」 をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。『フットボールの犬 欧羅巴1999-2009』(東邦出版)は第20回ミ ズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。2010年より有料メールマガジン『徹マガ』を配信中。http://tetsumaga.com/