大卒から見る夏の補強診断。谷口彰悟らがクラブにとっての「補強」となり得た理由
即戦力であること、クラブにとって「補強」となることを義務付けられる特殊な立ち位置のルーキーは夏までの半年でどんな地位を築いたのか。そして彼らの未来とは?
▼あえて今、大卒を問い直す
“大卒新人”――。
サッカー界において、この言葉ほど矛盾を内包している言葉はないだろう。大学を卒業してからプロになるという、日本を含む極東アジア特有のプロ輩出ルート。”鉄は熱いうちに打て”がスタンダードと考える日本サッカー界からすると、23歳がスタートとなる大卒新人は”遅い”。受け入れがたい気持ちになる人がいることも理解できなくもない。
「大卒は新人じゃない」と、Jリーグの新人賞(現ベストヤングプレーヤー賞)が大卒に受賞資格のない21歳以下に変更されたのは、4年前のことだった。これをもって、Jリーグにおける大卒の位置づけは、”新人”ではなく”アマチュアクラブからの移籍”になった。個人的に思っている。
新人ではなく移籍であるなら、当然開幕からバリバリ活躍するのが”新戦力”の筋というものだが、なかなかそうは問屋が卸さない。綺羅星のごとく才能をもってデビューできるような選手だったら、大学を経由せずに高卒プロデビューをしているのが筋というものだろう。大卒=即戦力であらねばならないものの、大卒組の多くがどうやらプロに入っても遅咲きなのも事実だ。しかし、ここぞとのチャンスで自分の能力をアピールすると、いつの間にかレギュラーに居座っている。その粘り強さこそが大卒組の最大の武器ではないだろうか。伊達に同世代の選手がプロとして華々しくデビューしているのを横目に4年間、Jリーグの外側から虎視眈々とチャンスを狙っているわけではない!……と思う。もちろん授業に出て代返したりしてもらったり、コンパに出たりと、それなりにキャンパスライフも満喫してきているのだろうけれど。
▼夏は大卒が来る季節
夏は、そんな遅咲き大卒戦力にとってかっこうのアピールの場だ。W杯による中断期間やナビスコカップ、天皇杯などの存在が、春先ダッシュに失敗していた彼らにチャンスを与えてくれる。たとえばユース育ちのレフティーで”中村俊輔2世”と呼ぶ声もある順天堂大学出身のMF天野純(横浜F・マリノス)は、天皇杯で公式戦デビューを果たし、1ゴール1アシスト。JFLのホンダロック相手の戦いだったとはいえ、なかなかに鮮烈な印象を残した。Jリーグデビューは未だ果たしていないものの、最近はベンチからチャンスを狙っている。
またこれまでの広島にはいなかったタイプのFWとして期待される長身のポストプレーヤー、皆川佑介(中央大学出身)もJリーグ再開後の第15節に公式戦デビュー。その後、16節、17節、19節と立て続けにゴールをあげて存在感をアピールしている。
すでに稲垣祥(日本体育大学出身)、下田北斗(専修大学出身)といった大卒選手がデビューをはたし、レギュラーとして活躍している甲府で、一人だけ出遅れていた感のあるFW松本大輝(法政大学出身)も、そろそろ活躍が期待される選手。184cmという長身の見た目を裏切り、裏に抜けるスピードに長けた選手だ。その意外性こそが、今の甲府には必要とされているのかもしれない。
関東リーグ最多得点者として鳴り物入りで鹿島入りした赤崎秀平(筑波大学出身)も、ナビスコカップなど出場した試合では高い確率で結果を出している。ダヴィという絶対的なエースの存在があるとはいえ、そろそろレギュラー争いに加わってくるのではないか。
中断期間開けのこの時期こそが大卒組の本当の正念場。2学期の教室で鮮やかな”夏休み明けデビュー”を果たすクラスメイトのごとく、再デビューでチームの「補強」となることを期待したいし、またそれを求められてもいる。
▼谷口彰悟、飛躍の理由
もちろん、夏を待たずにデビューをはたし、レギュラーを獲得した選手もいる。仙台の二見宏志(阪南大学出身)や、名古屋の矢田旭(明治大学出身)、松田力(びわこ成蹊スポーツ大学出身)などは序盤から存在感を出していた。
そして、川崎Fの谷口彰悟(筑波大学出身)だ。元々はボランチの選手だが、ディフェンスラインに負傷者が出ると、左サイドバックとしてデビューを飾る。本職ではないことで不安視される向きもあったが、持ち前のパスセンスを武器に異質なSBとしてレギュラーに定着した。けが人が復帰したリーグ再開後は、センターバックとして活躍。今や川崎Fになくてはならない存在となっている。
実のところ、谷口は筑波大時代も本職のボランチではなくセンターバックとしてデビューしている(ちなみにセンターバックでデビューさせたのは、誰あろう風間八宏監督だ)。翌年からはボランチに戻ったが、全日本大学選抜やユニバーシアード大会ではボランチ、センターバックのどちらでも持ち味を出せるプレーヤーとしてアピール。もともと川崎Fの風間監督に筑波大で2年間指導を受けているというアドバンテージはあったにせよ、本職以外のポジションでこれだけ結果を出せるのは、多様なチームで経験を積んできた大卒新人ならではの強みだ。
谷口のようなユーティリティー性、いわゆるポリバレントな選手を輩出するというのは、大学側もかなり意識している。大学生の五輪と呼ぶべきユニバーシアード大会では、20人の選手で中1日6試合をこなさなくてはならない。ユーティリティー性の高い、「何かトラブルがあったときにフレキシブルに対応できる」選手が重視される。加えて、自分のプレーだけに固執せず、その時の監督が求める自分の役割、戦術を理解して実践できる柔軟な考え――さまざまな価値観を受け入れられる選手であることが、大卒戦力の最大の武器だ。
このため、大学連盟はできるだけ多くの選手に「所属チーム以外の試合」を経験させることを重視する。まず、2011年からはユニバーシアード代表候補でもある全日本大学選抜を、地域選抜の対抗戦に加えるなどチームとしての活動期間を増やした。また関西では2010年から、関西Jクラブの若手と関西学生選抜チームが戦う”ステップアップリーグ”を創設。これまで、年に一度の地域対抗戦の期間だけ編成されていた関西学生選抜チームを、通年で活動させるようにした。関東でも、今年から大学1、2年生と都県チーム選手による”関東地域対抗戦”を実施。20歳前後の若手に、選抜チームを通して多様な価値観に触れさせることを狙いの一つとしている。
こうした試みが実を結べば、大卒新戦力は本当の意味での即戦力、移籍戦力としてプロでも活躍できるはず。かつてどのカテゴリーよりも早く、公式戦を増やすことが選手の成長につながるとして年間を通じたリーグ戦の実施へ着手した大学サッカーだ。さまざまな価値観を持ち、ユーティリティー性の高い選手を育成することで、「夏からが大卒の正念場だ」ではなく、「春から間違いない戦力」をJリーグに輩出するようになっていくことを目指している。
飯嶋 玲子(いいじま・れいこ)
ライター/カメラマン。80年代にテレビでW杯を見たことを契機にサッカーにのめり込み、JSL(当時)時代には元日本代表・宮内聡氏(現・成立学園高校総監督)のプレーに心酔。90年代半ばより大学サッカーに興味を持ち始め、以降10年以上にわたり大学サッカーを取材。リーグや主要大会はもちろん海外にも足を運び、ユニバーシアード大会は99年のスペイン・マジョルカ大会から2013年のロシア・カザン大会まで8大会連続で取材。2001、03、05年の日本の三連覇を目撃した(たぶん)唯一のライター。