J論 by タグマ!

石井正忠新監督、電撃就任。残留への秘策は”鹿島流”【大宮アルディージャ編/”ラスト3″・J1残留争い特集】

ハイプレスとシンプルな攻め

日本代表の欧州遠征により、中断期間に入っているJ1リーグ。優勝争いは鹿島アントラーズか、川崎フロンターレに絞られた一方で、残留争いも佳境を迎えており、残留争いの渦中にあるチームにとって、”ラスト3″の段階でのインターバルはトップリーグに生き残るための貴重なチーム作りの期間となった。そこでJ論では残留争いを戦っているチームが、J1に生き残るための”秘策”をどう準備してきたのか。各番記者がレポートするミニ特集を展開。第1回は伊藤彰監督を解任し、石井正忠新監督が就任した大宮アルディージャを片村光博氏がレポートする。

J論・大宮写真.JPG

▼ラスト3に敢行されたドラスティックな人事

 今回のテーマである”残留争いを勝ち抜く秘策”を論ずるならば、11月5日の出来事を避けては通れない。伊藤彰監督と松本大樹強化本部長の解任および、石井正忠監督と西脇徹也強化本部長の就任が発表されたのだ。

 降格圏に沈む現状だけを考えれば、決して驚くような判断ではないのかもしれない。しかし、伊藤監督は今季途中の就任であり、アカデミーの指導者時代からスタイルの確立を期待されてきた人物。松本強化本部長も長く大宮に在籍し、大宮としての戦い方を強く意識してきた経歴を持つ。

 そんな彼らの解任を、残り3試合という瀬戸際で決断した。その重みはクラブ最古参の金澤慎が実感している。

「クラブも(伊藤)彰さんや(松本)大樹さんといった、今までチームに長く在籍した人を解任するという厳しい決断だったと思うので、その中でも自分たちがやらなきゃいけないと思います。いろいろな人のためにも、自分たちが頑張らないといけないと思っています」

「もちろん、ドラスティックな人事だからと言ってそのまま結果に直結するような甘い世界ではない。目的達成=残留のためには金澤が言うような選手たちの奮起、そしてピッチ上のテコ入れも不可欠。後者こそが今回のテーマ、”秘策”に該当するだろう。

 では、石井監督が持ち込む策とは何なのか。指揮官自身の言葉、そしてトレーニングで指導を受けた選手たちの証言から探っていきたい。

▼ハイプレスとシンプルな攻め

 まず、初日のトレーニング後に行われた監督就任会見で、石井監督は攻守の基本的な指針から残り3試合への展望を語っている。

「守備の部分で言えば、チーム全体が連動するような守備の形は、もっと作り上げないといけないかなと。攻撃の部分で言えば、ポゼッションはできると思うのですが、時間を掛けた攻撃が多くなっていると思うので、そのあたりをもう少しシンプルにゴールに向かうような形を多く作ること。前のほうには能力のある選手がたくさんいるので、その選手を生かせるような形を作っていって、3試合を勝ち切る形をどうにか作りたいと思っています」

 11人が連動してプレッシングを行う守備と、シンプルにゴールを目指す攻撃。ここで挙げられた二つの要素は、鹿島の指揮を執っていたときにも見られたものだ。特に守備に関しては鹿島のスタイルというよりも、石井監督の在任時に特色として打ち出されていた部分であり、得意分野と言っていいだろう。

 ここで思い起こされるのは、2015シーズン終盤。大宮はJ2優勝に向けて最後の山場を迎え、一方の鹿島はナビスコカップ(現・ルヴァンカップ)決勝でG大阪を破って優勝を果たしたときだ。石井監督と親交のある渋谷洋樹監督(当時)がリーグ戦の試合後に鹿島の戦いぶりに言及し、その激しいプレッシングから得た刺激について語った。当時から大宮に必要な要素と認識されながら、さまざまな要因により完全な浸透には至らなかったハイプレッシャーが、新指揮官の手腕によって大宮に付与される可能性は十分にある。

 一方の攻撃面について、就任会見では「シンプルにゴールに向かう」という点のみが語られたが、具体的な部分はトレーニングで見られている。実戦形式のメニューにおいて[4-4-2]のシステムが組まれ、2トップに入った選手たちには積極的な裏抜けが、中盤以下の選手たちにはFWの動き出しに素早くボールを供給することが求められた。守備と比べて、鹿島のスタイルに寄ったものになっている。

 鹿島・鈴木優磨と仲が良く、トレーニングに先立って情報を仕入れていたという高山和真は、新スタイルへの感触を次のように語った。

「鹿島さんがやっているような、SBの裏にFWがランニングする、そこで起点を作るという形は、ミーティングでもおっしゃっていました。ビルドアップする位置、中盤でゲームコントロールする位置、シュートを打つ位置など、それぞれの位置はハッキリと言われています。僕はSBをやりましたけど、オープンに持ったときはみんながランニングしてくれていた。前に行く推進力は上がったんじゃないかと思います」

 まだ最終的な選手の配置は不透明だが、就任会見では「選手の能力が出し切れていない部分もあるかと感じていますので、そこの部分を変えていけば」という話も出ていたため、攻撃で重視されるポイント次第でFWやサイドハーフの入れ替えはあり得る。戦術的にフィットする配役の見極めがスムーズに進めば、シンプルな形だけに短期的な得点力アップも期待できる。

 高山の言葉にもあるように、石井監督が求めるものは簡潔かつ明確だ。金澤も「あまりたくさん、いろいろなことをやろうという感じではないですけど、その中でもサッカーのやり方はしっかり示してくれていました」と話しており、選手たちにとって共通の認識と見ていいだろう。

 残り3試合、期間にして1カ月。ましてや1試合目の結果によっては終戦もあり得る状況も考えれば、シンプルに分かりやすく、結果を出すための策が示されたことはポジティブな材料。あるいは”秘策”と呼べるほど特殊なものではないかもしれないが、窮状から抜け出すためにはシンプルさも重要だ。残留だけを目指した戦いに向け、”石井大宮”の進行方向は定まった。