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究極の理想論者が直面する『理想と現実』のジレンマとは【風間八宏監督・名古屋グランパス/J2個性派監督の現在地】

新鮮さのある独特な指導法

まとまった中断期間がなく進行するJ2リーグも一巡目の対戦を終え、リーグの趨勢も見えてきた。その一方で、個性を放つ指揮官の冒険も半分が過ぎている。全42試合の長丁場で異彩を放つ個性派監督のいまを追う短期シリーズ【J2個性派監督の現在地】。第2回は名古屋グランパスを率いる風間八宏監督のチーム作りにおける”現在地”をライターの今井雄一郎氏がレポートする。

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▼新鮮さのある独特な指導法

 究極の理想論者とも言える風間八宏監督にとって、ここ8試合で2勝しかできていない現状は現実の壁に足止めを食わされている感覚だろうか。シーズン前半戦を通じてそのチームコンセプトやスタイルの構築方法は選手たちに浸透してきた感はあるが、それがなかなか結果につながっていない。いわゆる”自分たちのサッカー”がうまくハマったときの試合の美しさは実に魅力的で、それは負け試合の中でも確かな輝きを放つことは選手たちが示してきた。正確な技術の連続性によって加速していく攻撃サッカーは、着実に進歩している。だが、理想追求の道のりが思ったよりも険しくなってきていることもまた、確かなことだ。

 昇格には何はともあれ勝ち点を積み重ねることが近道であり、常道だ。「勝ち点を落としてはいけない」、「連勝がデカい」とJ2経験者はみな声をそろえて言う。しかし風間監督の考えはこうだ。

「勝つことが一番大事だけど、それよりもどんどん積み上げていかないと。それが勝つ根拠になるわけだから」

 今季の名古屋は内容を充実させてこそ結果が生まれるという姿勢を崩すことがない。序盤戦ではシモビッチの高さを利したパワープレーも時折見られたが、その頻度も最近ではかなり下がっている。そのほうが得点できる、そして勝つ可能性が高まるからである。

 チーム始動から風間監督は一貫して基本的な技術と動き方などの個人戦術を徹底して叩き込んできた。前述した正確な技術の連続性とは、正確なトラップで次のプレーに移るスピードを上げ、いわゆるステーションパスを高速パスワークに変えていくような流れを指す。ボールを持っていない選手たちは常に相手のマーカーの逆を取り、いわゆる「外す」動きを繰り返す。止める、蹴るの徹底はフリーになる動きを見逃さないためのものでもあり、これが滞りなく続いたときに名古屋は最大の力を発揮するように構築されてきた。つながるパスの本数はそれほど問題ではなく、いかに止める、蹴る、外すが正確に決まるか。それがこのチームの浮沈を握る鍵になる。

 最近ではそこに最終ラインの裏を狙うスタイルを得意とする杉森考起らの台頭もあり、攻撃にバリエーションが生まれてきたところはある。布陣も[3-5-2]から[4-4-2]、そして[4-3-3]と移り変わってきたが、すべてはボールを保持し、全体で前進するための適材適所を考慮した結果だ。

 それは実に意欲的なスタイルであり、サッカーがミスのスポーツであることを思えば実に理想追求型の戦い方であることは明白。新鮮さのある独特な指導に選手たちの取り組む姿勢も強く、前半戦ではそれが首位争いの原動力となってチームにポジティブな風を吹かせていた。

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▼指揮官の持論

 だが、すべてが順風満帆で進むほど、勝負の世界は甘くはない。技術に完璧はなく、その追求に終わりはないと語る風間監督は選手に多くのトレーニングを課すことでも有名だ。「休むということはそれだけ出遅れるということ」という指揮官の言葉を痛感するのは、復帰してくる負傷者たちの共通認識となってきた。

 とにかく、今季の名古屋は日ごと、週ごとにそのスピード感が増してくる。1回の練習時間は1時間から1時間半と短めだが、継ぎ目のないメニュー構成とスモールスペースでの練習が大半を占めることで負荷が時間以上に強いことも特徴の一つ。内容としてはパスとシュートの要素が多く、選手の下半身、特に内転筋周辺への負担も非常に大きい。ここまでの半年というもの、公式にリリースされた負傷者以外にも、出場を回避し別メニュー調整をする選手は数多く、このところの苦しいチーム事情はそうした側面の影響も色濃い。

 しかも風間監督は、主力クラスの選手を良くも悪くも信頼して重用する傾向があり、負傷から戻るとすぐさま起用して再離脱するということも一度や二度ではなかった。あまり過保護にするのも選手の逞しさを奪ってしまう嫌いはあるが、肉離れ系の負傷から戻ってきた選手をいきなり90分フル出場させることは見ていてヒヤヒヤすることもある。

 ただし、チームが求めるサッカーをしようと思えば技術に優れる選手から順にメンバー入りしていくのは指揮官にとっては当然のことで、例えば和泉竜司や青木亮太らがSBを務めていたのも、そこに適性があったというよりはチーム内の”技術量”の総和を上げる狙いと見るのが自然だ。誤算だったのは技術面でトップグループに追い付いていない選手の底上げが思うように進まなかったことか。監督が合格点を出せる選手の少なさが、主力の酷使につながっていたところはある。

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▼充実の選手層へ

 これまで以上のタフさが求められる夏場を厳しい状況で迎えるチームだが、ポジティブな要素はもちろんある。新加入のブラジル人MFガブリエル・シャビエルはまだ1試合に出ただけだが、来日から数日ですでにチームになじむポテンシャルの高さを見せ付けている。小柄だが非常に技術が高く、広い視野とパスセンスも兼備。さらにはフットサル仕込みのスキルフルなドリブルも隠し持っているというから期待は膨らむ。守備の献身性もトレーニングでは見せており、性格も温和でナイスガイ。コンディションが上がれば昇格への救世主となる可能性も十分にある。

 また、シャビエルのデビュー戦では玉田圭司も約1カ月ぶりに復帰し、体調面の理由で離脱していた和泉や青木も戻ってきた。ここに序盤戦の主力だった永井龍や内田健太らも戻ってくれば、懸案だった選手層にも余裕が出てくる。

 もう一人の新加入選手・イム スンギョムや強化指定の秋山陽介と大垣勇樹は来季への先行投資の感が強いが、彼らは練習参加から指揮官に可能性を見い出された好素材たち。大垣はすでにリーグ戦でベンチ入りを果たしており、秋山も公式戦デビューを熱望する。今季加入の新人である宮地元貴や深堀隼平には忸怩たる思いもあるだろうが、それを前進する力に変えればチームはまた一つ、いや二つ、三つと頼もしい戦力を手にすることになる。

 たったいま、目の前にある成績という現実は厳しい。理想を追っている場合ではないという声も聞こえてきそうな状態でもある。だが、J2経験者たちの金言はこうも語る。ダメだからといって途中で変えてしまうと、さらに酷い未来が待っている、と。風間監督はその点では決して軸ブレは起こさない人物だ。恐らく昇格が決まる試合を目の前にしても、「自分たち次第」というゲームの要点を見失うことはない。

 確かな技術を育て、その運用法や個人戦術を叩き込み、ピッチで表現させる。決まった型としての戦術を持たないチームが選手に求める部分は大きく、それに対応できるだけのスキルを身に着けさせることに風間八宏という指揮官は日々を費やしてきた。悪く言えば選手頼みだが、どこまでいっても試合は選手のものであることも確か。だからこそ準備の部分に最大の力点を置くのだろう。”風間グランパス”は、個人戦術の集合体としてのチーム力向上に、今後も執心し続ける。

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