J論 by タグマ!

年間1位、セカンド2位。だからこそ広島には「我慢の哲学」が不可欠なのだ

安定の広島にフォーカス。熱き番記者・中野和也がその理由に迫った。

明治安田生命J1リーグ・セカンドステージは17試合中9試合を消化したところで、日本代表のW杯予選による中断期間に突入した。順位表に目を移すとファーストステージでは低迷していたチームが上位に名を連ねるなど、2ステージ制特有の現象も起きている。その一方、年間勝ち点1位であるサンフレッチェ広島は、セカンドステージでも2位に付けるなど抜群の安定感を誇っている。その要因はどこにあるのか。第4回は安定の広島にフォーカス。熱き番記者・中野和也がその理由に迫った。

▼塩谷司の覚悟
 広島の哲学を象徴している事例を一つ挙げれば、例えば柏戦で3失点すべてに絡み、試合後には顔も上げられず、「これが自分の実力」と絞り出すのが精いっぱいだった塩谷司である。

 だが、対面のクリティアーノにハットトリックを食らった全責任を背負い込み、スタメン落ちも覚悟した塩谷を、森保一監督は躊躇なく次の新潟戦でも起用した。鹿島・柏と徹底した「広島対策」の前に連続完封負け。タイトルのためにはどうしても勝利が必要だった重要な試合でも、指揮官は塩谷が必ず結果を出すと信じ、我慢の起用を続けたのだ。

 新潟戦も、広島は前半から苦戦した。球際で厳しく戦い、ハイプレスをしかける新潟にビルドアップの段階でボールを奪われ、速攻から何度もゴールを脅かされる。だが、そこで決壊を防いだのは、絶好調の守護神・林卓人だった。迫り来る危機にもまったく慌てず、絶妙のポジショニングからシュートミスを誘い、自らの体ではじき飛ばす。林の奮闘に勇気を手にしたDFたちも、気迫のシュートブロックを繰り返した。

 塩谷司もまた、闘志を燃え立たせて相手と対峙した。指宿洋史や山崎亮平にプレスを外されてもあきらめず、何度も体を投げ出してシュートをはじき返し、ゴールの決壊を防いだ。そして60分、圧巻の攻撃参加から新潟・柳下正明監督が「すごい」とうなるほかなかったシュートを叩き込み、勝利を自らの手でつかみ取る。

「この試合にすべてを懸けた」

 塩谷は強烈な熱情を持って、新潟に乗り込んだ。だが、その思いが前のめりにならず、徹底した「我慢」を引き出して勝利をつかみ取る。それが、森保一という名匠が植え付けた「哲学」だ。

▼浦和の無敗街道を止めた要因
 もう一つ、実例を挙げておこう。セカンドステージ第3節の浦和戦。ファーストステージ勝者の連続不敗記録を『19』で広島が止めた埼玉決戦である。

 この試合の前半は、ペトロヴィッチ監督が「浦和の監督に就任して以降、ベストゲーム」と自賛したほどの素晴らしさ。運動量・クオリティー、あらゆる部分で最高の力を発揮した浦和に対し、広島は為す術もなく先制を許す。林卓人が浦和のフィニッシュを驚異的な反応で止め続けなければ、大量失点もあり得たほどの差があった。

「勝ちたいのかっ? 勝ちたくないのかっ?」

 ハーフタイム、強烈な怒号で選手個々を叱咤した森保監督の声で広島はやっと己を取り戻す。体を張って浦和の攻撃をはね返し、勇気を持って前に出た。ボールを失ったら守備に戻り、必死の守備でボールを狙い、また前を向く。後半の広島が決して劇的に良くなったわけではないが、うまくいかなくても「我慢」を続け、耐え切る姿勢が浦和の疲労を呼び、やがて足が止まる。

 67分の浅野拓磨、84分の青山敏弘、ともに速攻からゴールを叩き込んで逆転。このときの広島の決然たるフリーランニングに対し、浦和は付いていけなかった。ペトロヴィッチ前監督(現・浦和)は古巣を称して、「J1で最も我慢強いチーム」と評したことがあるが、その批評の的確性を広島の選手たちは恩師の目の前で実践してみせた。

▼森崎和幸が語る森保一、名匠たるゆえん
「柏戦は確かに0-3になったけれど、それでも中で戦っている僕らは、決してあきらめていなかった」

 ピッチ上の指揮官として全幅の信頼を監督・選手から得ている森崎和幸は言う。

「逆転どころか一矢報いることもできなかったけれど、僕だけでなく選手たち全員の気持ちだけは崩れなかった。それは、森保監督が植え付けてくれたもの。『どんな展開になろうとも、90分間やり続けよう』。その言葉を口酸っぱく、耳にタコができるくらい(笑)、監督はいつも言っているんです。それは当たり前のことかもしれない。でもその当たり前のことを言われ続けることで、自分たちの血液の中にまで意識が浸透していくんですね。だから苦しくなるといつも、監督の言葉を思い出す。『絶対にあきらめない。当たり前のことをまず、やっていこう』という意識になれる。なかなか、いないですよ。あれほど同じことを繰り返し言ってくれる監督は。おかげさまで、あきらめはすっかり悪くなりました(笑)」

 引いて守るだけでなくボール・ハンティングの姿勢も見せるようになったことで、ショートカウンターによる得点も多くなった。遅攻と速攻の使い分けに熟練の味が増し、リードしたら「ボールを持たせてスペースを作る」という意志がチームとして徹底、ボール支配率が下がっても主導権は広島という図式を作り出していることも強みだ。

 ただ、それだけでどうして今季の広島が勝てるのか、説明はつかない。ファーストステージ後半から11試合連続負けなしを記録。平均得点でもリーグ唯一の2点台で平均失点も1.00。そんな数字を叩き出せるほど、ゲーム内容は安定していない。複数失点試合も多く、浦和戦や新潟戦のように決定機を与え続ける試合もあった。鹿島や柏がしかけた徹底した守備の前に、ひざも屈した。

 だが、広島には「我慢の哲学」があるから、崩れない。

 例えば第9節・名古屋戦でも、4-0からミスによって2点を失い、全体の空気が微妙になりかけたが、そこで森崎和幸を中心に守備の組織を立て直し、泥くさく名古屋の勢いを消火する。カウンターのチャンスにも、状況を考えて遅攻に切り替えてパスを15本つないで慎重に状況を見極め、ミキッチの突破からのクロスで得点を奪い切った。我慢の哲学、面目躍如だ。

▼保証なき安定
 広島でいうところの「我慢」とは、ただ耐え忍ぶことではない。試合の現状と90分間の物語展開を冷静に見極め、やるべきことを明確化してチーム全体で意識を統一させて戦うこと。感情の赴くままに個々がバラバラにならないように気を配り、行くべきときと行かざるときを明解化することだ。「行くべきとき」となったときに広島が一気に前に出ることは、浦和戦や新潟戦での速攻が、両ボランチやストッパーのゴールで完結していることで証明できる。

「0-0の時間帯が長くなれば、勝てる。相手に先に点を取られたとしても、我慢して続けていけば行ける。それだけ、クオリティーの高い練習を続けているから」

 ミキッチとともに、ドリブルやクロスのランキングではリーグトップ3に入る数字を残している柏好文が、自信を持って言葉をつなぐ。ミハイロ・ペトロヴィッチ前監督が作り上げた「クオリティー」に、森保一監督が「守備意識」と「我慢の哲学」を、質の高い練習で植え付けた。泥くさくて地味で、美しくないかもしれない。しかしギリギリの戦いを制するためには絶対に必要な思想が熟成期を迎えたことが、毎年のように主力を失っても優勝を争えるチームを作り上げる源泉だ。

 だが、手よりも格段にコントロールが難しい足でボールを操るサッカーとは、「安定」からは最も縁遠いスポーツである。例えば2013年の大宮は、第15節まで11勝3分1敗という圧巻の戦績を残しながら第16節以降から8連敗。2003年のJ2で広島が開幕から第11節まで10勝1分というロケットスタートから、一時はJ1昇格が危ぶまれるほど落ちたように。サッカーのチームが何かのきっかけで崩れ、勝てなくなった例はいくつもある。

 広島の年間1位が最後まで続くかなんて誰も保証してくれない。だからこそ、我慢が必要だ。そしてこれは、森保一監督の口癖でもある。

中野 和也

1962年3月9日生まれ。長崎県出身。居酒屋・リクルート勤務を経て、1994年からフリーライター。1995年から他の仕事の傍らで広島の取材を始め、1999年からは広島の取材に専念。翌年にはサンフレッチェ専門誌『紫熊倶楽部』を創刊。1999年以降、広島公式戦651試合連続帯同取材を続けており、昨年末には『サンフレッチェ情熱史』(ソルメディア)を上梓。今回の連戦もすべて帯同して心身共に疲れ果てたが、なぜか体重は増えていた。