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戦術の定着、守備の安定……。吉田レイソルに地力は付いたのか?

ACLでベスト8に進出しながら、ファーストステージでは14位に沈んだ柏レイソルに注目。セカンドステージ3位の理由に、柏の番記者・大島和人が迫った。

明治安田生命J1リーグ・セカンドステージは17試合中9試合を消化したところで、日本代表のW杯予選による中断期間に突入した。順位表に目を移すとファーストステージでは低迷していたチームが上位に名を連ねるなど、2ステージ制特有の現象も起きている。今回の特集ではセカンドステージで”反逆”に成功しているチームにフォーカスしてみたい。第1回はACLでベスト8に進出しながら、ファーストステージでは14位に沈んだ柏レイソルに注目。セカンドステージ3位の理由に、柏の番記者・大島和人が迫った。

▼5月と6月、”魔の2カ月”を越えて
「急に良くなるものじゃないですけれど、でも急に良くなったような印象がこの1、2か月はある」

 吉田達磨監督はそんな言葉でセカンドステージの逆襲を説明する。少し矛盾をはらんだ言葉だが、私も同じような印象を柏レイソルに対して持っている。

 チームにとって5月と6月は魔の2カ月間だった。リーグ戦を9試合戦ってわずか1勝。順位も12位から15位の間を行ったり来たりというもどかしい歩みだったからである。柏はファーストステージを4勝、勝ち点18の14位という、残留さえ危ぶまれる成績で終えている。しかしセカンドステージは第10節を終えて6勝1分2敗の3位。ステージ制覇も十分に狙える位置まで浮上してきた。

 柏を見て、ハッキリと分かるような戦術的変化はない。何かが劇的に変わったかと言えば、変わっていない。ただ「ギリギリで勝ち点が取れなかった」試合を、セカンドステージはギリギリで取れている。6勝はいずれも完封勝利で、耐える時間帯は耐えるたくましさが見て取れる。DF鈴木大輔も「決めるときに決めて、守るときに守れている」とチームの現状を説明する。

 ファーストステージを振り返れば、6月3日の第10節・浦和戦(3△3)は91分に同点弾を食らった。6月7日の第15節・広島戦(2●3)は88分に勝ち越しゴールを決められた。同月20日の第16節・名古屋戦(0●1)は完全に優勢な展開ながら、75分にカウンターから決勝ゴールを入れられた。同月27日の第17節・甲府戦(1△1)の同点ゴールも84分だった……。内容を見れば互角以上だったのに、それがスコアに反映されない。ファーストステージ終盤はそんな勝負弱い、気が滅入るような展開ばかりだった。

▼吉田達磨という指揮官の横顔
 吉田監督を”育成の人”と思っていた方もいるだろう。

 彼は酒井宏樹(ハノーファー96)、工藤壮人、武富孝介、指宿洋史(新潟)らの”90年組”をU-15、U-18で指導した。この世代は浦和や横浜FMにもタレントがそろい、柏からU-17W杯に出場したメンバーは一人もいない。しかし大人になってからの活躍は、達磨チルドレンが優っている。吉田監督は90年組の卒業後、U-15に戻って秋野央樹、小林祐介、中村航輔(福岡)らの94年組を指導した。2010年以降はアカデミーダイレクター、強化本部長などを歴任し、彼のスタイルはそのまま”柏のスタイル”としてクラブ全体に広がっていく。

 結果の出ない時期は吉田監督に対して「大人を教えたことのない素人」、「理想に走っている」といった批判が聞こえて来た。確かに「自分たちのやり方」を重んじ、それを深めていくことを好む指揮官ではあるだろう。ただ私に言わせれば、それもまたリアリズムだ。チームの”基本ソフト”の性能が向上し、その範囲内で処理できるようになれば、それに越したことはないからだ。となれば相手に合わせていちいち別のプログラムを作る方が非効率になる。

 柏のチーム作りを見ても、それは細かい擦り合わせであり、バグ取りのような地道な作業だ。特に”どうやってパスコースを作るか”という部分は、ねちっこく積み重ねている。バックステップを1、2歩踏む、身体の角度を30度変えるだけでマークをズラせることもある。逆に素早く動き過ぎるとパスコースを消してしまうこともある。そういうタイミングを複数が共有していくという作業は、おそらくまだ半ばにも至っていないのではないだろうか。ただそういう積み上げをしなければ、強いチームの”基本ソフト”はできない。

 もちろん吉田監督が、目先の勝負に向けた手をまったく打たないというほど、極端なやり方をしているということではない。妥協なく理想を押し付けているというわけでもない。強く感じるのは育成年代の監督時代に比べると、より個人を重んじるスタイルになっているということだ。

 例えばクリスティアーノは甲府で城福浩監督の要求を消化し切れず、構想外に近い状態で柏へ出された。吉田監督はそんな彼をサイドに置き、良い意味で放し飼いにして、気持ちよくプレーさせている。クリスティアーノは精密な連係に絡めるタイプではない。しかし彼が相手DFに脅威を与えることで、DFは外に広がり、後ろに下げる。つまり彼は個人の打開力で、味方を間接的に助けている。

▼セレソン級のポテンシャル、エドゥアルド
 いまの結果に直結しているのは、守備の改善だろう。まずコーチングの徹底や人の残し方、付け方の改善でカウンターからの失点が減った。セカンドステージは結果が示すように、終盤の失点も減った。”コンパクトな守備組織によるゾーンディフェンス”というコンセプトは変わっていないが、序盤戦に比べてバグが減っている。

 個人を見ると22歳のブラジル人CBエドゥアルドの成長が見逃せない。彼は近藤直也、増嶋竜也の負傷もあってチャンスを得たが、前半戦は失点に直結する位置取りのミスが多かった。しかし若さがゆえの急成長を見せ、もう凡ミスはほとんどない。いまでは無敵に近い対人能力、左足の展開力と言ったセレソン級のポテンシャルを存分に見せている。鈴木、エドゥアルドが中を固めてさえいれば、柏がロングボールやハイボールで力負けをすることはない。

 やり方が定着することで、考えなくても自然と体が動くようになった。サッカーの勝敗を分けるのはディテールだが、戦術の定着、守備の安定で勝負の肝となる紙一重の部分に目を向ける余裕が生まれている。柏がギリギリの試合を取り、セカンドステージの逆襲に成功している理由はそんな小さなところにこそある。

大島和人

出生は1976年。出身地は神奈川、三重、和歌山、埼玉と諸説あり。柏レイソル、FC町田ゼルビアを取材しつつ、最大の好物は育成年代。未知の才能を求めてサッカーはもちろん野球、ラグビー、バスケにも毒牙を伸ばしている。著書は未だにないが、そのうち出すはず。