J論 by タグマ!

『のうりん』関係者激白。コラボの実情と思わぬ波及効果とは?【アニ×サカ特集】

岐阜と『のうりん』のコラボを調べてみると、アニメ作品、自治体、教育機関、Jクラブ、それぞれからポジティブな声が聞こえてくる。

日々、なんらかの自治体やスポンサーなどとのコラボレーション企画が実施されているJリーグ。そのひとつとしてアニメ作品とのコラボがあり、複数のJクラブとアニメ作品が参加することで『アニ×サカ!!』は成り立っている。複数クラブと複数作品のコラボに発展する前に、単体企画としての手応えがなければ、現状にはいたっていないはずだ。FC岐阜にはその手応えがある。岐阜と『のうりん』のコラボを調べてみると、アニメ作品、自治体、教育機関、Jクラブ、それぞれからポジティブな声が聞こえてくる。いちどきに5,000人や10,000人を増やす効果はなくとも、別の意味が見えてくる。アニメとかに詳しいライター・後藤勝が、「岐阜×のうりん」の実態と実状、そして「これから」に迫った。

DSC_8249_R.JPG第一回 果たして『アニ×サカ!!』は失敗だったのか?

▼アニメ側にメリットはあるのか?
 FC岐阜では2014年から、白鳥士郎さんのライトノベルを原作としたアニメ『のうりん』とのコラボマッチを開催、この組み合わせのまま『アニ×サカ!!』に参加している。

『アニ×サカ!!』は一見、既に成功しているアニメメーカーが、その余裕を持って観客動員に苦しむJ2クラブを後押ししているもののように映るが、しかしアニメ側にメリットがなければ、そもそもこの企画は発生しないはず。アニメ『のうりん』の2代目プロデューサー兼WEB番組『のうりんてぃーびぃー』プロデューサーの黒澤典弘さんは、次のように語っている。

「新しい試みに加わらせていただいたことで、『のうりん』というコンテンツがずっと熱を持ったまま活動できています。Twitterのフォロワー数もいまが最高点。アニメ放映後も減らずに増えつづけ、いまも応援してくださる方が多いんですね。アニメという、ひとつのとっつきやすい媒体を軸にしていろいろな世界を見てもらい、気になったらまたアニメを観返していただき、より深く楽しんでいただけたら、少しでも長くみんなに愛してもらえたら、本望ですね」

 宣伝の観点からも、アニメ作品がJクラブとコラボをすることはマイナスではない。ホームタウンとJクラブは、自信を持ってアニメメーカーおよびアニメ作品に声をかけ、手を挙げ、コラボを推進してもよいのではないか。

『のうりん』の場合、当のアニメ作品自体が地域に根ざしたものであったことも、コラボが有効に機能する一因になっている。原作者の白鳥さんが農業関係の綿密な取材をベースに執筆した小説から、その「まじめに農業をする部分」の描写を抜くことなくアニメ化した結果、岐阜県および岐阜県美濃加茂市に対する認知や理解が進んだ。この作品を基礎に据えることで、自治体、教育機関、Jクラブの共同作業に正当性が生まれ、また円滑に事業を運ぶことができているのだ。

「白鳥先生の原作ありきなので。取材先と交流を深めてくださった結果です。『のうりん』のよさは、まじめに農業をすることと、おおまじめにふざける。その二点が共存するところが最大の魅力。FC岐阜さん、白鳥士郎先生、加茂農林高校をはじめとする学校関係のみなさん、市役所や観光協会のみなさんのお力添えのおかげで、ことしもコラボができています」(前出の黒澤プロデューサー)

DSC_8271_R.JPG
▼行政・地域の視点から見えること
 美濃加茂市職員の久保田芳典さんは原作小説からアニメコラボにいたるまで、『のうりん』との関係が深い。

「この作品と出会ったのは「美濃加茂市の農業の特色は何か」という取材がきっかけでした。いまでは全国のみならず香港、台湾など海外からの来訪者もあります。ダイレクトに美濃加茂市をめざしてやってくるのはいままでになかったことです。ロケハンでおすすめした場所が作品内で使用され、聖地巡礼の対象となった。アニメのオープニングに登場する美濃太田駅はシティホテルの最上階から撮ったのですが、『その部屋に泊まらせてくれ』というニーズがある。(よかったのは)農業高校をよくわかっていただいた、ということだと思う。地元の方でもそこまでの取材はされていないので、ご存知ないことも多いんです。高校との関係もより近づいた。生徒のみなさんがこちらの販売を手伝ってくださる場合もあります。『のうりん』の影響力は非常に大きいですね。おらが街の高校がメディアに採り上げられたりして注目されること自体――わたしはいま『営業戦略』という係なんですけれども、自分の街に自信を持たせる影響があったと思います」

 美濃加茂市と『のうりん』が、がっちりと結びついた状態で、さらにFC岐阜とコラボしたのが2014年。これがうまくいったのだという。

「昨年の『のうりんコラボマッチ』が大成功のうちに終わったことが、今年につながったのかな、と。『のうりんチョコクランチ』を初蔵出ししたんですけれども、2時間あまりで130から140も売れたんですよ。もともとサッカーファンとアニメファンのゾーンが同じだということはFC岐阜さんや制作会社の方々も掴んでいたのですが、反応がよかった。今年はドワンゴさんの『にじたび』というアプリとコラボしたラッピングバスを走らせたり、その後もいろいろとお声がけがある。1月末には白鳥先生に観光案内所長をお願いしたんですが、その日だけで100名以上の来客があり、PRしていただきながらいっしょに市内をまわっていただきました。自治体としてはいい関係をつづけていきたいですし、原作にもいい影響を及ぼせるといいですね。市長も理解があり、Facebookで『のうりん』について発信していて、協力関係が構築できていると思います」

AniSoc_R3_01_tri_R.jpg
▼農業高校、アニメ、サッカー
『のうりん』の主な舞台は農業高校。そこで農業を学びながら農業特有の問題に直面していく筋書きだが、FC岐阜と『のうりん』のコラボには現実の農業高校も参加している。岐阜農林高等学校の広瀬大和先生は、動物科学科の生徒とともに「岐農乳アイス」を出展販売していた。

「今日(5月31日)は会場設営の費用や、特注のラベルということもあり、この値段(通常ラベル300円、アニメラベル400円)なのですが、ふだんは120円です。ほぼ実費ですね。加工品に関しては難しいですが、アイスクリームに関してはプロの方に肩を並べることも可能だと思っています。肉製品ではヨーロッパで修行した方にはかなわなくとも、アイスは工夫次第でよいものができる。生徒のアイデアには柔軟なものがあるので、そこを尊重しながら、できるところとできないところを整理して伝えるようにしています。初めて外で販売するとなると行列もでき、悪戦苦闘といえば悪戦苦闘ですが、いい経験だと思います」

 昨年は単体でのコラボだったが、ことしは『アニ×サカ!!』。対戦相手である水戸ホーリーホックのコラボ作品、『ガールズ&パンツァー』に登場する紅茶をたしなむキャラ「ダージリン」をラベルに使用したアイスクリームも販売した。

「今回『ガルパン』もやらせていただいて(ダージリン、白川産紅茶)いますが、すごくいい機会だと思います。自主製品になじみのないサッカーファン、アニメファンのみなさんに知っていただける。ふだん学校を訪れて買うことはないでしょうから。そこにマーケットを見ていただくのは良いこと。彼ら、彼女らの取り組みを知ってもらえる。農業は一次産業なんですが、いまは一次産業だけではなかなか食べていけない。六次産業化とよく言われますけれども、それを動物科学科の生徒は実体験しています。自分たちで育てた牛を使って絞った牛乳でアイスをつくり、売りに来る(一次+二次+三次)。将来、子供たちが農業に就くかわかりませんけれども、新しいかたち。それを知っていただくことで農業を拡げる役を担っているのかなと。紅茶をつくったのは四年前の生徒。それを引き継げているのはうれしいことです。こうしたコラボもどんどんやっていきたいと思います」

DSC_8266_所さん_R.JPG
▼Jの可能性はまだまだある
 ざっとそれぞれの声を紹介しただけでもプラスの効果がもたらされていることは明白だろう。根底には、Jクラブ側が、決して浅くはない考えでこの企画に取り組む姿勢がある。FC岐阜事業本部の所宗之さんは次のように語っている。

「グッズをつくって売るだけだと、自分たちは儲けることができても、コラボ本来の目的である『相乗効果』までいかず、アニメ側に対してお返しができない。一般の方にサッカーとアニメ、双方の本質的な魅力を感じていただき、楽しんでいただくにはどうしたら良いか……と考え、現在のようなイベントになりました。農業高校を呼んだり、水ロケットを披露したり、乳しぼりを体験していただいたり。『のうりん』とのコラボを通じた地域の掘り起こしをおこなっています。JA全農岐阜様のご協力で金魚すくいならぬ、『枝豆すくい』も実施しました(枝豆は岐阜の特産物)。子どもが小さいときには自分から進んで食べることがあまりない枝豆ですが、自分で採ったものだと喜んで食べるものなんです。そういう食育にもつながっています」

 アニメ作品の持つテーマとホームタウンの地域性が合致すると、よりコラボの効果が強くなるようだ。

「『のうりん』は、根本的には農業の深いところを描いています。われわれがサッカーを通じて、スタジアムで提供しているのは、熱狂、くやしさ、楽しさ、あるいはホームタウン活動から来るやさしさなど。それらは白鳥先生が描こうとしているテーマと基本的には通底しています。目指しているところのひとつは、FC岐阜を通じた地域愛の醸成。都会はサッカーだけで何万人も呼べますが、地方ではそうはいきません。入口を拡げ、ハードルを低くしていきたい。県民100人のうち、Jリーグを観に行くという方が5人もいたら御の字。残り95人に向けて施策を打つ。ひとりのファンが翌年には5人、翌々年には10人と仕掛けていく。川崎フロンターレさんの試合を観させていただき、『すごいですね』と感想を述べたところ、川崎Fのスタッフの方にこう返されました。『川崎Fは川崎市だけですが、岐阜は岐阜県全体がホーム。絡めるものがいっぱいある』。これは目から鱗が落ちる思いでした。FC岐阜はクラブとして『オール岐阜県』を掲げていますが、それを目に見えるかたちにしていきたい」

 アニメ作品とのコラボがJクラブにもたらす財産は、目に見える観客動員増以外にも必ずある。サッカー界は、もっと『アニ×サカ!!』を注視しても良いのではないだろうか。次回はラノベ作家にして大のサッカーフリークとしても知られる舞阪洸さんのお話を聞きつつ、Jリーグを外側の視点から考え直してみたい。

第三回 ラノベ作家・舞阪洸の視点。「なぜJリーグのスタジアムには○○がないのか?」