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大迫勇也。敗者復活戦に勝者アリ

強くなったのは「心」だけではない。敵の激しい圧力を受けながら、したたかに球を収めるポストワークは惚れ惚れする。日本の攻撃にリズムを生み出すピンボールのようなパス交換の導火線。それが大迫だ。

毎週、週替わりのテーマで議論を交わす『J論』。今週は「W杯初戦。J論的注目選手&注目ポイントはここだ」と題して、各書き手がコートジボワール戦、そしてW杯に向けた注目選手とポイントを説いていく。第2回目、メガネのサッカーマガジン編集長・北條聡が”推しメン”として挙げたのは、ハンパないあの男。2002年、2010年と日本のメシアとなった逆境に燃える男たちが、重なって見えるという。


▼逆境に屈しないメンタル
 W杯とは刹那的なイベントだ。開催は4年に1度、試合数は最短で3、最長でも7という短期決戦である。どんな実力の持ち主であれ、大会期間中に調子が落ちたり、負傷を抱えたりすれば、その能力が発揮されることはない。たった一つのミスや些細な偶然がすべてを台なしにしてしまう。しかも、やり直す機会は、ほぼ存在しない。

 自然、弱気の虫が顔をのぞかせやすい。ブルガリアの英雄フリスト・ストイチコフはW杯において最も問われる要素を「逆境に屈しないメンタルの強さ」と喝破していた。順風満帆の成功者には備わりにくいシロモノか。失敗、転落、後退、挫折……。そうした経験こそ、鋼の心が手に入るかどうかの岐路となる。

 言わば、『敗者復活戦』だ。

▼七転び八起きの大迫
 逃げるのか、乗り越えるのか――。

 苦境にあるときほど、個人の差がモロに出やすい。そこから力強く這い上がっていく者と、そうでない者との間に、太い境界線が引かれてしまう。心強いことに、ブラジルW杯に臨む日本代表の多数派は七転び八起きをしてきた前者の選手たちだろう。まさに、敗者復活戦の勝者と言っていい。

「大迫勇也」は、その一人だと思う。

 日本で屈指の才能に恵まれたストライカーもまた「敗者」となった経験が少なくない。2年前のロンドン五輪メンバーから落選しているのもその一つだろう。その後の「復活戦」で見事なパフォーマンスが始まることになった。一つひとつのプレーに凄みが加わり、Jリーグを代表するストライカーの一人へ大きく脱皮していった。

 そうして勝者になったように見えてからも、大迫はなお「復活戦」にあえて挑み続ける。昨季のオフに周囲の反対を押し切ってドイツ・ブンデスリーガ2部の1860ミュンヘンへと籍を移した。安住を嫌い、自ら進んで過酷な環境に身を投じたのだ。シーズン途中の加入というハンディを抱えながら、15試合すべてに先発。屈強の男たちとの球際勝負に敢然と挑み続け、6ゴール2アシストという結果を残した。

▼日本のメシアの共通項
 思えば、W杯における日本のメシア(救世主)とは、常に敗者復活戦の勝者だった。ホスト国として臨んだ日韓大会の初戦、ベルギーに先制され、苦境に立つ日本を救った鈴木隆行がそうだった。ブラジル2部のCFZ在籍時に地獄の日々を味わい、そこから試行錯誤の末に代表まで上り詰めた。また前回の南アフリカ大会の初戦(対カメルーン)で値千金の決勝ゴールを奪った本田圭佑もまた、オランダのVVVフェンロ在籍時に2部降格の憂き目に遭い、そこから大ブレイクを遂げて日本の救世主となっていく。

 どちらも海外の2部リーグという環境から這い上がってきたのが面白い。さらにW杯の本大会まで残り1年を切ってから、一気に存在感を高めた昇り竜という点においても、鈴木と本田は共通している。昨冬の欧州遠征のオランダ戦で1得点1アシストを記録するなど、残り1年で代表の一員に定着した大迫のストーリー(復活戦)もまた、やけに鈴木や本田のそれと重なって見えるのだ。

 強くなったのは「心」だけではない。敵の激しい圧力を受けながら、したたかに球を収めるポストワークは惚れ惚れする。日本の攻撃にリズムを生み出すピンボールのようなパス交換の導火線。それが大迫だ。本田、香川真司、岡崎慎司ら2列目の得点力を引き出す役回りにも十分に説得力がある。大男たちとやり合ってきたドイツでの経験が、血肉化されたか。

 準備試合ではノーゴールに終わっているが、逆に期待が大きくふくらむ。これで対戦相手が警戒心を緩めてくれたら、しめたもの。鋭い爪は本番まで隠しておけばいいのだ。敗者復活戦の勝者は、目先の結果に一喜一憂するほどウブではないと思う。しっかりと地に足をつけ、しかと勝負所を見据えているはずだ。

 過信も油断もなければ、焦りも不安もない。そんな境地が引き金となる大迫の乱――。いつ、どこで、どのように始まるのか。鈴木と本田の例にならえば、コートジボワールとの初戦が要注目か。とにかく、じっくり見せていただこう。逆境から這い上がってきた男の「半端ない」メンタルの強さを。