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J1震撼? 名古屋サポのカミサン目線で「松本山雅効果」を考えてみた

愛知県豊田市で「名古屋グランパス×松本山雅FC」の一戦を見届けた流浪のフォトジャーナリスト・宇都宮徹壱が異例の"カミサン目線"からこの試合と、そして「松本効果」を語り尽くす。

今季で23年目を迎える明治安田生命J1リーグが3月7日に開幕を迎えた。J2も翌8日に開幕し、週末にはJ3も幕を開ける。今週の『J論』ではそんな開宴模様に焦点を絞って、全国各地の様子をお届けしていきたい。初回は愛知県豊田市で「名古屋グランパス×松本山雅FC」の一戦を見届けた流浪のフォトジャーナリスト・宇都宮徹壱が異例の”カミサン目線”からこの試合と、そして「松本効果」を語り尽くす。

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豊田スタジアムには約1万人の松本サポーターが詰めかけた (C)宇都宮 徹壱

▼初陣は、3-3のドローに
 3月7日のJ1開幕は、豊田スタジアムで行われた名古屋グランパス対松本山雅FCを観戦した。ただし記者席ではなく、カミサンと一緒にスタンドでのチケット観戦である。

 あえて仕事にしなかったのは、カミサンが(それほど熱心ではないものの)名古屋グランパスのサポであったこと、そして私自身もJFL時代の松本山雅を密着取材しており、彼らの晴れ舞台をいち観客として見守りたいという想いがあったからだ。

 試合は、松本が先制して名古屋が取り返すスリリングな展開となり、3-3というタイスコアに終わった。得点経過だけを見れば、松本が優勢に試合を進めていたように見えるが、実際はまったく逆。ほとんどの時間帯でゲームを支配していたのは、戦力面で圧倒的に優位に立つ名古屋であり、前半の松本のシュートは先制点となったオビナの1本のみであった。

 松本の持ち味は旺盛な運動量だが、攻撃面に関しては前線の3人(オビナ、岩上、池元)のコンビネーションが頼みの綱。チャンスの数も極めて限定的であった。それだけに、セットプレーのチャンスで確実に2点をゲットし、さらに「岩上→(相手DF)→オビナ→喜山」というコンビネーションで3点目が決まったのは、彼らにとって理想的な展開だったと言えるのではないか。

▼カミサン目線で考える
 総じて、非常に面白い試合だったのだが、この日プライベートで観戦していた私としては、隣に座っていた名古屋サポのカミサンのリアクションの変遷が、これまた非常に興味深かった。

 試合序盤、硬さの残る松本のミスを目ざとく見つけては「ホホホ、ここをどこだと思っているの? J2ではないのよ!」などと、やたら上から目線で余裕の表情だったカミサン。しかし32分に先制され、さらに63分と76分に連続して失点すると、そんな余裕はすっかり失われ、メインスタンドから必死にグランパスコールを送っていた。

 思うに名古屋にとって開幕戦の松本は、いささか「やりにくい相手」だったのではないか。ただし戦術的に、というよりも心理的に、という意味で。

 相手は初めてJ1リーグを戦う、生粋のフレッシュマンである。昨シーズンの徳島ヴォルティスも同じ立場ではあったが、彼らは少なくとも9シーズンに及ぶJ2暮らしを経てからの昇格。しかし松本は、わずか3シーズンでのJ1昇格であり、ほんの10年前は北信越リーグ(それも2部の)所属だったのである。当然ながらJ1の先達として、ここで格の違いというものを見せつけなければならない。それが密やかなプレッシャーとなったことは容易に想像できる。

 そもそも栄えあるオリジナル10の一員であり、わが国の三大都市圏のひとつをホームタウンとし、日本最大のメーカーを親会社に持つ名古屋にしてみれば、人口25万人弱の街のクラブなど、取るに足らない存在であったはずだ。ところがこの日、豊田を訪れた松本サポーターは実に1万人。名古屋の開幕戦としては過去最高となる3万3558人の観客数のうち、実に3割弱が松本のサポーターで占められていたのである。その膨大な数に、ホームの名古屋サポーターは少なからぬ脅威を覚えたのではないか。

 松本はなぜ、これほどまでに多くのサポーターを擁しているのか。ここに興味深いデータがある。このほど発表された2014シーズンのスタジアム観戦者調査によれば、松本は「Jリーグクラブは、それぞれのホームタウンで重要な役割を果たしている」「サッカーは、若い人たちの生活に、良い影響を与えることができる」「サッカー選手は、社会の規範として重要な役割を果たしている」という項目で、いずれも40クラブ中1位となっていた。

「有名な選手がいるから」とか「強いから」という分かりやすい理由ではない。地元のクラブをかけがえのない存在であると認め、強いロイヤリティを感じるからこそ、松本の人々はスタジアムに集うのである。余談ながら、今季の名古屋のキャッチコピーは「愛されたいクラブ宣言」。Jリーグが地域密着という理念を掲げて20年以上が経過してなお、このようなコピーが堂々と掲げられることに、正直なところ困惑を禁じ得なかった。こと地域とクラブの親和性や密着度という点において、松本はJ1の先輩たちも羨む存在となっている。

 地域リーグからわずか6シーズンでトップリーグに到達し、安定的な観客数を誇り、しかもJリーグの理念を理想的な形を具現化している松本山雅。おそらく他のJ1クラブにしてみたら「うざい新人」以外の何ものでもないだろう。ウチのカミサンも、去年までは松本にシンパシーを感じていたものの「カテゴリーが同じになったら絶対に負けられない相手」と言い切る。そして対戦を終えて帰路につく時には「自分にこれほど名古屋愛があるとは思わなかったわ。今年はもっと真剣に応援しよう」としみじみ語っていた。

 今年のJ1の開幕戦は、1試合平均で2万1539人を記録し、09年以来の2万人超えとなった。あるスポーツ紙では、早くも「松本効果」を謳っているが、もう少し注意深く観察する必要があるだろう。とはいえ「うざい新人」の参入は、数字に直接表れない部分でも、さまざまな影響を与えるような気がしてならない。少なくともウチのカミサンは松本のおかげで、それまで停滞気味だったクラブ愛が一気に再燃したのだから。

宇都宮 徹壱

写真家・ノンフィクションライター。1966年生まれ。東京出身。 東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、1997年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」 をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。『フットボールの犬 欧羅巴1999-2009』(東邦出版)は第20回ミ ズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。2010年より有料メールマガジン『徹マガ』を配信中。http://tetsumaga.com/