J論 by タグマ!

これぞ天の配剤。これぞリーグ戦。まがい物ではない、本物の一騎打ちを楽しもうじゃないか

歩く蹴球事典・後藤健生。古今東西の事跡に通じる筆者が、Jリーグの醍醐味と、1シーズン制のラストシーズンに思いを馳せる。

一つのテーマを複数の識者が語り合う『J論』。今回は「1シーズン制でのラストバトル。J1優勝争い大展望」と題して、J1リーグの終盤戦を占ってみたい。来季から2ステージ制が導入され、善くも悪くも年間を通してタイトルを争うリーグ戦の醍醐味を味わうことはなくなる。だからこそ、今季のこの戦いとそこで起きるダイナミズムを注視したい。第3回目に登場するのは、歩く蹴球事典・後藤健生。古今東西の事跡に通じる筆者が、Jリーグの醍醐味と、1シーズン制のラストシーズンに思いを馳せる。

▼一期一会の作品
 僕は、サッカーの試合というのは一編の芸術作品のようなものだと思っている。芸術の中でも、とくに一つの交響曲とか、あるいは一幕の芝居のようなパフォーマンス系の芸術だ。

 音楽とか演劇、舞踏が、絵画や映画と違うのは、同じ作曲家の作品を同じ指揮者、同じ演奏者が演じても、一回々々の演奏ごとに二つとして同じ演奏が存在しないところであろう。本当の名演奏に出会うのは偶然の出来事でしかない。「一期一会」の世界である。

 そして、スポーツの試合の場合、さらに変化が激しくなる。

 同じ監督の下で、まったく同じメンバーで試合をしても、ある時には激しい点の取り合いになるかもしれないが、時には慎重に対峙したまま90分が無得点のまま終わってしまうこともある。どちらかの(あるいは両方の)チームが意図的にそういう試合を仕掛けることもあるが、どちらの監督の意図などではなく、突然ゲームが動き出してしまうことが多い。「偶然」あるいは「神の手」によって試合展開は変わってくるのだ。

 本当の名勝負に出会うことは、人生の中でそう何度もない僥倖と言ってもいい。そして、それこそが、試合観戦の醍醐味というものだろう。

「優勝争い」のパターンというのも、これも毎年のように違ってくる。

▼Jリーグならではの醍醐味もある
 もっとも、最近のヨーロッパのように、クラブの財政力に大きな格差が生まれ、しかも、戦力が財政力に比例するようになってくると偶然の要素は減ってしまう。たとえば、スペインだったら優勝争いは開幕前からレアル・マドリードとバルセロナに絞られてしまう。バイエルン・ミュンヘンのようにライバルチームの中心選手を次々と引き抜いて、その地位を安泰にしてしまったクラブもある。優勝は、財政力によって決まってしまうわけだ。

 だが、幸いにも(?)現在のJリーグにそんなビッグクラブは存在しない。Jリーグはきわめて「民主的な」リーグなのである。前シーズンまでJ2にいたクラブがJ1で優勝することも可能だし、強豪が何かのはずみでJ2に陥落してしまうことも珍しいことではない。「J1加盟の18のクラブの半数以上に優勝の可能性がある」と言っても過言ではなかろう。

 だから、優勝争いのパターンも千差万別だ。

 数チームの激しい接戦となることもある。首位に立ったAチームが負けて、Bが首位に立つ。次の節にはBが負けて、また今度はCが首位に立つ。その繰り返しとなるシーズンもある。たまたま、34節終了時点で首位に立っていたDチームの優勝でシーズンが終了するが、もし35節、36節まで試合があったとしたら、間違いなく他のチームが首位に立っていたに違いない。

 こんなシーズンもあった。

 かつて、セレッソ大阪が優勝に王手をかけていた試合を長居スタジアムまで見に行ったことがある。C大阪がリードして終盤を迎え、スタジアムでは優勝セレモニーの準備まで始まった。だが、最後の最後に同点ゴールを決められたことによって、C大阪は優勝を逃したどころか、なんと5位に転落してしまったのだ。

 あるいは、優勝確実と思われていた強豪が最終節で最下位チームに敗れて優勝を逃すようなことも起こった。Jリーグの優勝争いというのはどういう展開になるか、誰にもまったく予想が付かないのである。

▼天の配剤による一騎打ち
 さて、今シーズンのJリーグは浦和レッズが首位を走っている。今シーズンの浦和は、これまでのような脆さがなくなっており、大崩れをしないチームに成長した。優勝経験あるいは優勝争いの経験を持つベテランが多い点でも、安定感を感じる。

 一方、リーグ後半に安定感を増して連勝を続けてきたガンバ大阪が、どうやら最後の段階で挑戦者として名乗りをあげたようだ。第30節終了時で勝点差は3。しかも、得失点差ではG大阪が上回っており、直接対決も残っている。

 このところ、混戦で終盤を迎えることが多かったJリーグだけに、久しぶりの「一騎打ち」の展開だ。

 優勝争いが、こういう展開になったことも、誰が意図したことでもない、いわば「天の配剤」とでも言うべきものだ。

 Jリーグは来シーズンから2ステージ制に移行。優勝は、最終のチャンピオンシップで決まる。つまり、最後は必ず「一騎打ち」となる。だが、これは人為的な、まがい物の「一騎打ち」でしかない。1シーズン制最後の年に、「天の意思」が決めた本物の「一騎打ち」の美を存分に楽しませてもらおう。

後藤 健生

1952年東京生まれ。慶應義塾大学大学院博士課程修了(国際政治)。64年の東京五輪以来、サッカー観戦を続けており、74年西ドイツ大会以来、ワールドカップはすべて現地観戦。2007年より関西大学客員教授。