J論 by タグマ!

確かな柔軟性と覇気なきサブ組。若きサムライへ贈る『あっぱれ』と『喝』!

「U-23+オーバーエイジ3名」が年齢制限のアジア大会へ、あえて「U-21」のチームで参加している日本代表。その目標は、あくまでリオ五輪でのメダル獲得にある。今回の『J論』ではそんなアジア大会を取材している記者陣が、さまざまな角度から”手倉森ジャパン”を診断していく。まずはミスター観戦力・清水英斗がグループリーグの3試合から『あっぱれ』と『喝』を放つ。

<写真>センターフォワードとして活躍する鈴木武蔵

▼【あっぱれ】柔軟性をピッチの中で作り出している
 手倉森ジャパン(U-21日本代表)の基本システムは、アギーレジャパンと同じ[4-3-3]。中盤のアンカーには、センターバックでも起用できる遠藤航(A代表では森重真人)を置き、いつでも3バックや5バックに変形して柔軟に戦える。

 クウェート戦は[3-4-3]、イラク戦は[4-3-3]、そしてネパール戦は[4-2-3-1]と3試合すべてで異なるラインナップを組んだことからも、そのことはうかがえる。イラク戦の前には、手倉森誠監督がこんなことも言っていた。

「(初戦のネパール戦に[3-4-3]で臨んでいたイラクは)いつでも[4-4-2]に戻れるメンバーなんですよ。そこが駆け引き。ウチもクウェート戦は[3-4-3]。だけど彼らは、俺たちのことを『4バックのチーム』だと思ってるだろうから。ウチもいつでも(バックが)3枚になれるようなオプションを持って戦わなきゃいけない。攻勢と劣勢で、二つのシステムが顔を出す試合になると思うから、ものすごく頭が疲れる。そういう戦いがアジアの中でもやれれば、アジアはレベルの高い地域になっていくと思う。それをやるのは、予選リーグでは日本対イラクだけだと思う」

 実際の試合では、イラクは日本と同じ[4-3-3]の陣形だった。予想を裏切り、さらに右サイドバックを中島翔哉のマンマークに付けた。それに気付いた中島は、試合中に「マンマークが付いているから、(味方に)空けたスペースを使ってくれと話しました。監督にも、『ちょっと自由に動かせてもらう』と言った」とのこと。それが伝言ゲームのように伝わり、アンカーの遠藤やDF陣にも情報は共有されていた。

 そうすると前半の途中からは、中島が動くと相手が付いてくるので、空いた右サイドのスペースに左サイドバックの山中亮輔が走り込み、パッサー側もその情報がわかっているのでボールも出てくる。あるいは中島が引き過ぎず、原川力にスペースを使わせる。また、逆サイドの矢島慎也にはマンマークが付かなかったので、中島と矢島でサイドを入れ替える、といった陽動作戦も行っていた。

 こうしたことを、ピッチの中で選手が判断してできたのは、すごくポジティブ。それはアギーレが「私はアイデアを与える。ピッチの中で考えて、判断することを選手に強く要求する」と語っているとおり、A代表でも重視される素養だ。

 そして前半は[4-1-4-1]の形でハイプレスを仕掛けてきたイラクも、後半はスローダウン。フマム・タリクとユニス・マフムードを前線に残し、守備ブロックを作って待ち構える[4-4-2]の逃げ切り体制に移行していた。それを受けて日本は攻撃の枚数を増やして[4-2-3-1]に変え、ボランチのところでしっかりとボールを持ちつつ、ガンガン攻めた。1試合で7回の決定機(手倉森監督によるカウント)を外したものの、試合の状況に合わせてシステムを使いこなせていたのは素晴らしい。

 欲を言えば、前半にイラクがあれだけハイプレスをかけてきたのなら、もう少しサイドの裏のスペースへロングボールを蹴っ飛ばしてもよかった。というより、そうやってFWがサイドに流れて起点を作る選択肢のために、決してポストプレーヤーでもない鈴木武蔵がセンターフォワードをやっているんじゃないか。

 遠藤も「セカンドボールを拾った後に(相手が)前から来ているんだったら、裏狙って一回蹴っても良かったと思いますし、つなぐことに意識がいき過ぎたかなという部分はあります」と語ってくれた。

 相手がハイプレスに来ていれば、ボールをつなぐバルセロナだって一回は裏に蹴って、相手のラインを下げさせる。手倉森ジャパンは、その選択肢を有効に使えていなかった。もちろん、これも経験だ。アギーレもA代表の1トップにはそういう幅の広いプレーを求めているし、ロングボールも時には使える柔軟性のあるチームを作ろうとしている。手倉森ジャパンの仕組みも、よく似ている。

 ドルトムントやバルセロナが一貫したシステムを採用し、クラブの戦術に最適化した選手をトップチームへ引き上げるのと同じように、手倉森ジャパンも、A代表へ上がる選手をスムーズにピックアップできる育成組織になった。その点はロンドン五輪のときの関塚ジャパンとは異なり、この一貫性はいいことだと思う。手倉森監督も「(いつA代表に呼ばれるかわからないから)俺たちもその気になってなきゃいけないぞ」とチームの士気アップに利用しているようだ。

 ただ、アギーレジャパンよりも半年早くキックオフしていた手倉森ジャパンが、アギーレに合わせてコンセプトを作ったのかといえば、別にそうでもないらしい。

「いやあ、たまたま一緒だったっていう(笑)。ほんとでも、好都合だなと。僕がもともと選手たちに柔軟性を持たせたいなと考えていた中で、アギーレが3バックにも5バックにもなれるという意図で[4-3-3]を使って、それは対戦相手によって形が変わるということは、日本が学ばなければならないと。俺もこの若い世代に対してはそれを準備として考えていたので、ちょうど一致したなと」(手倉森監督)

 意図して育成組織になったわけではなく、「たまたま」というのが若干引っかかるけど……。まあ、いいことには違いない。

▼【喝】突き上げは足りているか!?
 あまり大きくはクローズアップされていないが、ネパール戦前日の手倉森監督の言葉が気になった。

「いま自分がスタートから使っていない選手だって、『使って見せろ!!』という気持ちでいられるか。それをコントロールしているところです」

 今回、U-21日本代表のトレーニングには非公開日が一切ない。だから、すべての練習を見られるし、ネパール戦前日はセットプレーをひたすらやっていた。そのパターンがそのままネパール戦で使われたので、ああ、本当に隠し事ナシなんだなと実感した次第だ。

「偵察するなら勝手にしやがれ」と。それも成長の機会だと。

 ネパール戦では唯一のピンチがフリーキックから押し込まれそうになるシーンだった。それについて手倉森監督は「僕にとってはもう少しアクシデントがあったほうが良かった(笑)」と冗談交じり。それくらい、選手たちを困らせて欲しいと思っているんだろう。それも成長の機会だから。

 そんな中で、サブ組のモチベーションに課題を見出すような、上記のコメントが出てくるというのは、実に寂しい。これは僕がトレーニングを見ている印象とも重なった。サブ組がレギュラーを突き上げている様子が物足りない。声も出ていない。能力にそれほど大きな違いがあるとは思わないが、個人トレーニングもレギュラー組のほうがギラギラと意欲的で、むしろ練習を見れば見るほど、彼らが出場できている理由がよくわかる。

「いろんな経験をみんなで積むのが大切ですから、チームの選手たちにとってはスタート、サブということにとらわれずに、進むゴール地点が描けていないといけない。それが正しいメンタリティーになって、よりいい成長を。そこには競争がなきゃいけない。そういう持って行き方をしています」(手倉森監督)

 優勝するチームには、必ず競争力のあるサブ組がいる。その突き上げがなければ、豪華メンバーの韓国を破ることも、イラクへのリベンジもあり得ない。そう、パレスチナにだって……!!


清水 英斗(しみず・ひでと)

1979年12月1日生まれ、岐阜県下呂市出身。プレーヤー目線で試合を切り取るサッカーライター。著書に『日本代表をディープに観戦する25のキーワード』『DF&GK練習メニュー100』(共に池田書店)、『あなたのサッカー観戦力がグンと高まる本』(東邦出版)など。現在も週に1回はボールを蹴っており、海外取材に出かけた際には現地の人たちとサッカーを通じて触れ合うのが最大の楽しみとなっている。