J論 by タグマ!

松本山雅の原点に思う地方クラブの可能性。サポーターがサポーターを生む好循環がクラブを育てる

熱血ライターの佐藤拓也は駆けだしの頃に松本を取材していた縁を持つ。水戸の番記者となった今、この昇格劇から見出す地方クラブとサポーターが持つ大いなる可能性とは?

11月1日、福岡のレベルファイブスタジアムにおいて、凱歌があがった。松本山雅FCがJ1初昇格を決めたのだ。J2昇格からわずかに3シーズン。老練な指揮官が率い、熱狂的なサポーターに支えられての快進撃の背景にあったものは一体なんだったのか。今回の『J論』では、さまざまな視点からこの初昇格を振り返る。3番目に登場する熱血ライターの佐藤拓也は駆けだしの頃に松本を取材していた縁を持つ。水戸の番記者となった今、この昇格劇から見出す地方クラブとサポーターが持つ大いなる可能性とは?

▼手作りのマッチデープログラム
 私が初めて松本山雅FCを取材したのは2004年のことだった。

 当時の松本は北信越2部リーグで戦っており、名称はまだ「山雅サッカークラブ」だったと記憶している。「サッカー不毛の地」と呼ばれる長野県の松本市に2万人収容のサッカースタジアムにJリーグを目指すクラブが誕生したという話に興味を抱き、塩尻市に住む知り合いに会うついでにアルウィンへと試合を見に行ったのであった。

 当時「Jリーグを目指す」と掲げているクラブは全国に多数あり、中には目標が現実味を帯びていないクラブも少なくなかった。松本に興味はあったものの、地域リーグの2部に所属しているこのクラブを「ワン・オブ・ゼム」として見ていたのが本音だ。

 だが、松本が「他のクラブと違う」と確信するのに時間はかからなかった。スタジアムに入るやいなや、一人のサポーターが私のもとに寄ってきて、「これをどうぞ!」と手作りのマッチデープログラムを手渡してくれた。1色刷りの1枚の紙であったが、中身は「この一戦にかけるサポーターの思い」がずっしり詰め込まれており、一見でもその試合の意義がよく分かるようになっていた。

 これがJリーグならばほとんどの試合でマッチデーを配布または販売しているが、地域リーグ2部で、しかもクラブではなく、サポーターが作成しているなんて非常に珍しい。誰もが楽しめるスタジアム作りを――。たった1枚の紙ではあるが、そこに松本サポーターの原点を感じることができた。

 スタジアムの魅力とサポーターを中心としたクラブの可能性を感じた私はそれ以降、年に数回松本へ取材に訪れるようになった。スタジアムに行くたびに驚かされ、刺激を受けることの繰り返しとなっていく。

▼サポーターがサポーターを呼ぶ
 最も驚かされたのは松本のサポーターが自発的に、そして頻繁にイベントを開催していることだった。時にはスタジアムの外でサポーターによるLIVEイベントを開催していることもあった。

 日ごろスタジアムで歌っているチャントをバンド演奏にアレンジすることによって大盛り上がりを見せていたのをよく覚えている。地域リーグの試合は競技場で試合が行われているだけでイベント的な要素が少ないところがほとんどだ。しかし、松本はサポーターが趣向を凝らした演出でスタジアム周りを盛り上げ、他の地域リーグの試合とは一線を画した盛り上がりを生み出していた。

 そして、07年に開催されたシンポジウムも印象深い。約250名のサポーターが集まり、クラブの歴史や未来について語り合った。また、日ごろJリーグや日本代表を取材している記者をパネリストとして招き、日本サッカーの現状をも学んでいた。私もパネリストとして参加させていただいたのだが、集まったサポーターは真剣に話を聞いてくれて、「学びたい」という思いは話をしているこちらに存分に伝わってきた。クラブがさらに発展するために、彼らは本当に貪欲であった。

 サポーターやボランティアスタッフの集まりにも顔を出させてもらって、たくさん話を聞かせていただいた。その際、彼らが揃って口にしたのは「J1に上がりたい」ではなく、「スタジアムを満員にしたい」ということである。

 もちろん、上のカテゴリーに行くに越したことはない。しかし、どのカテゴリーだろうと、多くの市民に愛されるクラブになってもらいたい。だから、スタジアムに足を運んでくれた人たちに楽しんでもらおうという思いが彼らの原動力となったのだ。実際、松本は06年から4年もの間、北信越1部リーグで足踏みを重ねることとなるのだが、毎年観客は増えていき、09年に松本で開催された地域リーグ決勝大会(JFL昇格を争うプレーオフ)には1万人以上の観衆が集まるほどの盛り上がりを見せるようになっていた。

 観客が増える→スポンサーが増える→強化費が上がる→チームが強くなる→観客が増えるという好循環が生まれ、10年にJFLに参戦し、12年にJ2に参入、そして今季ついにJ1昇格を決めたのであった。

 その裏には10年の蓄積があることを忘れてはいけない。J2昇格からわずか3年のスピード昇格ということで急成長を遂げたように思われがちだが、10年以上前からサポーターは地道な努力を続けてきた。この昇格は、そうした成果なのだ。行政に頼るのではなく、クラブに頼るのではなく、自分たちの手で盛り上がりを醸成し、「アルウィン劇場」を生み出した。毎試合スタジアムには熱狂があふれる。もう誰も松本市を「サッカー不毛の地」と呼ぶ者はいないだろう。サポーターの力で状況を変えられることを、彼らは実証してみせたのだ。

「ホームタウンからのサポートが少ない」「強化費が少ない」「親企業がない」

 J2で結果の出ないクラブはそういった言い訳を口にしがちだ。しかし、松本も状況はさほど変わらなかった。それでも彼らはサポーターを中心にネガティブなことに目を向けるのではなく、魅力を発信し続けることに専念し、大きな力を手に入れることができた。

 彼らの躍進を見た、他の地方クラブは何を思うのだろうか。松本をただ羨望のまなざしで見たり、言い訳を用意したりしているようでは、さらに差をつけられていくだけではないだろうか。

佐藤 拓也(さとう・たくや)

2003年に横浜FCのオフィシャルライターとして活動をスタート。水戸は04年の『エル・ゴラッソ』創刊とともに取材を開始。横浜から週に2、3回通い続ける日々を送っていたが、09年末に茨城に移住。水戸中心に取材を行う覚悟を決めた。そして12年3月に有料webサイト「デイリーホーリーホック」を立ち上げ、クラブの情報を毎日発信している。著書は『FC町田ゼルビアの美学』『被災地からのリスタート コバルトーレ女川の夢』(いずれも出版芸術社)。