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なでしこジャパンはなぜ世界一になれたのか? 佐々木則夫氏が語る「目標設定」の重要性

今話してても鳥肌立ちますね

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経営コンサルタントとサッカーライター、ふたつの顔を併せ持つ村上アシシ氏が著名人と対談する連載企画「村上アシシのJにアシスト!」。記念すべき10回目のゲストは、7年前になでしこジャパンを世界一に導いて、国民栄誉賞を受賞した佐々木則夫氏をお招きした。前編ではリオ五輪予選敗退の真相について伺ったが、後編ではなでしこジャパンがワールドチャンピオンになれた理由について語って頂いた。

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(撮影:ONE PHOTO/Y.Arai)

▼北京五輪がなでしこジャパンのターニングポイント

アシシ:世界チャンピオンの称号を持ったサッカー指導者って、アンダー世代を除いたトップチームの監督で言うと、日本では佐々木さんひとりしかいないわけじゃないですか。この先何十年と出てこない可能性も高いです。もう7年も前のことですけど、ドイツ女子ワールドカップのことを振り返りながら、世界一を獲れた真因みたいなものを探っていきたいなと。

佐々木:ドイツワールドカップ本番の話をする前に、その3年前、北京五輪がある意味世界一を獲る布石になったと思っています。

アシシ:なるほど。

佐々木:当時僕はまだ、なでしこの監督になって1年目。今だから言えることですが、あのオリンピックでベスト4まで行けてなかったら、僕はクビになっていたかもしれないんですよ。

アシシ:なんと!

佐々木:元々コーチをやっていてそこからの昇格人事だったし、最初の世界大会で結果を出せなかったら継続は難しかったと個人的に思ってます。

アシシ:そんな背景があったんですね。で、あの大会は目標をベスト4と公言しました。

佐々木:最初選手たちは「世界でベスト4なんて無理だよ」というリアクションが多かった。まだメンタル面でネガティブな要素があったので、大会前や大会期間中、ひたすら僕は「君たちならできる」と自信を持たせようとしました。色んなシミュレーションをしたり、客観的なデータを見せたりして、「以前はできてなかったことが、今はこれだけのパフォーマンスでやれている。だからもっと自信持て」と。

アシシ:まずは精神面から変えようとしたと。それで試合の結果でいうと、グループステージは1勝1敗1分けの勝ち点4で、ギリギリ3位での決勝トーナメント進出でした。

佐々木:そうそう。毎試合、逆境の連続だった。初戦のニュージーランド戦は0-2とリードされてから2-2に追いついたり、第2戦のアメリカ戦は善戦しつつも、0-1の惜敗。第3戦のノルウェー戦は得失点差を多くつけて勝たないと決勝トーナメント進出は厳しい状況の中で、先制点取られた。そこから5点取っての逆転勝ち。

アシシ:そのノルウェー戦、僕上海のスタジアムで応援してたんですよ。

佐々木:雨の試合でさ。あらゆる局面で逆境を跳ね除けて、「自分たちはできる!」という自信を深めた大会だった。

アシシ:たしかにグループステージ3試合、全部先制される展開で決勝トーナメントに進出したって、すごいことですよね。

佐々木:そういう意味で、北京五輪はなでしこのメンバーがメンタル面において、ネガティブ思考からポジティブ思考に変わったターニングポイントだったと思ってます。

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(撮影:ONE PHOTO/Y.Arai)

▼ホスト国ドイツとの準々決勝が正念場だった

アシシ:その北京五輪の3年後にドイツワールドカップに挑むわけですが、今度は目標をベスト4から優勝に変更しました。

佐々木:ベスト4まで行ければ、あとひとつ勝てばファイナリストになれるわけじゃないですか。ここまで来たんだから、もう優勝目指すしかないでしょうと。北京五輪をベスト4で終えた後に協会から延長の打診がすぐに来なかったから、「もう一回僕にやらせてください」と逆にお願いしたくらいですからね(笑)。

アシシ:そんなことがあったんですね。ビジネスの世界においても、目標が逆に上蓋の役目を果たしてしまって、それ以上を目指さなくなる負の効果をもたらす場合があります。そういう意味では、北京五輪で目標を達成したからこそ、次の世界大会で目標を上方修正したのは、至極真っ当な方針ですよね。

佐々木:当時の並みいる強豪国の状況を見ると、世界一なんてとてつもない目標ではあったんですけどね。

アシシ:その目標設定がなでしこを世界一に導いたといっても過言ではないかと。

佐々木:やっぱり限界を超えていくには高い目標が必要不可欠なんですよね。

アシシ:で、ドイツワールドカップ本番では頭から2連勝して幸先良いスタートでしたが、第3戦でイングランド相手に0-2で完敗。あの時僕も現地にいたんですけれども、グループステージ2位通過になったことで、準々決勝の対戦相手がホスト国ドイツに決まって、正直これは終わったなって思いました(笑)。

佐々木:ドイツの国民も対戦相手がイングランドじゃなくて日本になって良かったって思ったでしょうね (笑)。

アシシ:相手ドイツも油断してくれたんですかね。

佐々木:なでしこのチームとしても、グループステージ第3戦から準々決勝までの間は、ちょっと動揺しましたよ。1位通過だったら相性のいいフランスとやれたのに、もっとこうしていれば、ああしていればと反省の山みたいな雰囲気になってしまったんです。「こんな短期間でできることは限られるんだからもっと冷静になれ、切り替えろ」とはっぱをかけて収めたんですが、あの準々決勝までの期間がひとつの正念場でしたね。

アシシ:そして結果は、ドイツからサンドバッグのようにシュートの嵐を受けつつも、何とか無失点で耐えて、丸山桂里奈の延長後半のゴールで劇的勝利。ここで北京五輪で植え付けた、逆境を跳ね返すポジティブ思考が活きたわけですね。

佐々木:まさにその通り。

アシシ:次の準決勝スウェーデン戦では、今度は川澄奈穂美が大活躍。試合毎にヒロインが新たに登場するのは、優勝チームならではですよね。

佐々木:この2試合で勢いを盛り返した、というのは実際あったと思います。

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(撮影:ONE PHOTO/Y.Arai)

▼スカウティングがズバリはまったファイナル米国戦

アシシ:そして運命の決勝。序盤はアメリカに圧倒されました。

佐々木:最初の20分は、ファーストディフェンダーが定まらなくて、完全にゲームを支配されて大変だった。でもね、実はその前に我々はアメリカと2試合、親善試合やってるの。その時のスカウティングで、相手は点を取った後にトーンダウンするのがわかってた。そこがチャンスだと。だから点を取られたとしても気落ちするな、取り返す絶好のチャンスだってのは選手に事前にインプットしていました。

アシシ:たしかにスコアの動きは、0-1、1-1、1-2、2-2とアメリカがリードして日本が追い付く形を2回やってますね。それでPK戦に突入。やっぱり追い付いてPK戦ってのは、流れ的にも良かったですよね。

佐々木:PK戦は我々が悲痛な雰囲気で送りだしたらダメじゃない。選手がリラックスしたメンタルで挑めるように工夫しました。

アシシ:帰国後にビデオ見返したら、佐々木さんメッチャ笑顔で送り出してましたよね。

佐々木:そうそう。コーチ陣が緊張したって意味ないから。スカウティングもズバリはまって、海堀が2本止めたでしょ。事前に映像入手して対策は入念にしてたわけ。

アシシ:優勝が決まる直前、最後のキッカー熊谷が肩回りをほぐすような仕草で天を仰いだシーンがテレビに抜かれてましたが、あれって緊張をほぐすベーシックな動作ですよね。あんな大一番で蹴る前にストレッチするとか、基本を大切にするなでしこジャパンの象徴的なシーンだったなと感じました。

佐々木:でも表情は涙目でしたよね(笑)。あんな世界一プレッシャーがかかる場面で、一番取りづらい上のコースに蹴ったんだから、大したもんです。

アシシ:しかも、GKソロの読みもドンピシャで、もう少しで届きそうでしたよね。あのコースは男子ワールドカップの駒野みたいに、大体ふかして枠外にいっちゃうパターンが多いですが、あの絶妙なところに蹴った熊谷はさすがですよ。

佐々木:今話してても鳥肌立ちますね(笑)。

▼今は何に挑戦するか模索している時期

アシシ:では最後に、佐々木さん自身の今後のお話を伺いたいなと。今年佐々木さんは還暦を迎えるわけですけど、近い将来、例えば今度は男子サッカーの監督をやってみたいとか、何か明確な方向性みたいのはお持ちですか?

佐々木:監督のみならず、まだまだ視野を広げて学びたいなと。自分自身、結構欲張りな方だと思うんですけど、その学びの先にまた監督としてチャレンジしたいとなるか、経営面をやってみたいとなるか、はたまたバックヤード全体を見てサポートする立場を選ぶのか、まだ現時点ではわかりません。3年くらい経過して、その中で方向性を決めて、その先5~6年はじっくり腰を据えて次の目標に向けて取り組んでいきたいと思ってます。

アシシ:では今は、どのベクトルに向けて進んでいくかを模索している期間ということですか?

佐々木:そうですね。なでしこの監督を退任して2年ですか。あともう1年くらいはしっかりと見定めて自分の道を決めていこうかなと。

アシシ:僕個人の意見なんですが、佐々木さんは女子サッカーを世界一に導いた、とんでもない実績をお持ちなわけじゃないですか。おこがましいかもしれませんが、今度は是非男子チームの監督をやって、男子サッカーになでしこジャパンで得た知見を還元してほしいなと。

佐々木:今、大宮アルディージャに関わって男子サッカー見てますけど、男性と女性、そんなに関係ないと思ってますよ僕は。

アシシ:そうなんですね。

佐々木:実際に2年前、なでしこの監督を退任した後に、男子サッカーの監督のオファーも頂いたんですよ。

アシシ:それは知りませんでした。

佐々木:他にも企業の社長なんていうオファーもあったんですが、いずれにしてもただ名前だけで依頼があった状況だと思うし、まずは自分自身のクオリティを上げたり、または情熱の面で「やってやる!」という覚悟みたいなものがないと、そういったオファーは受けられないなと。

アシシ:では近い将来、佐々木さんが何か新しいことにチャレンジすることになって、「佐々木則夫氏〇〇に就任」というニュースが報道されたら、「あの時のインタビューで言っていた情熱と覚悟が生まれたんだな」と解釈しますね(笑)。

佐々木:そんなに期待しないでください(笑)。

アシシ:今日は非常にためになるお話を聞かせて頂き、ありがとうございました。

佐々木:ありがとうございました。

(前編はこちら「なでしこ元監督 佐々木則夫氏突撃インタビュー 今だからこそ語れるリオ五輪予選敗退の真相」)