結果の現実と信念の結実。2016年の物語は終わらない【曺貴裁監督物語・後編】
気鋭の指揮官はどんな苦悩を抱えながら、湘南5年目のレギュラーシーズンを戦ったのか。
(前編「紆余曲折のファーストステージ。自問自答の日々」)
(C)Daigo Kumamoto
▼引いて戦わない理由
ファーストステージからセカンドステージへと間断なく向かうスケジュールの中で、夏場の戦いを一つの勝負どころと捉え、湘南は挑んでいた。ステージを改めた第1節・ホーム横浜F・マリノス戦は、0-3とスコアの開いた敗戦も、今季初白星となった前回の対戦よりも間違いなく自分たちのサッカーをプレーし、耐えるべきをしのいでいれば結果はどう転んだか分からなかったと思わせるだけの手ごたえを内容に忍ばせた。
続くアルビレックス新潟戦では一転、セットプレーで挙げた虎の子の1点を粘り強く勝利に結んだ。だが次のサガン鳥栖戦に敗れて以降、勝利は遠ざかる。内容のすべてが悪いわけではない。ただ、両ゴール前の課題とともに躍動がなかなか結果につながらない中で、いつしか前への推進力は陰っていた。重心が下がれば攻撃に出て行く人数も限られ、失点すれば肩に重くのしかかる。連敗は最終的に『10』まで延びた。
勝ち点を得るためには、引いて守り、失点を最少限に食い止め、限られたチャンスでゴールを目指すという考え方もあるだろう。だがあるときこれについて問われると、曺貴裁監督は言った。
「湘南で成長したいと、色にたとえるなら『白をやりたい』という気持ちで集まったメンバーに対して、勝ち点を取るために白ではなく黒だよと言うことは、僕の中では指導者として犯罪に近い。それは人と人との信頼関係の話。もちろん勝つためにこのやり方をやっているという前提の上で、クラブの立ち位置を踏まえ、自分たちが1年ごとに成長しているという実感を持てるように僕はやってきているつもりだし、その根幹を変えてしまうのは良くないと思っている。
やり方を変えることを否定するわけではないし、プロの世界だからそれで勝ち点を稼げるならいいのかもしれない。でも、僕の中にはこのクラブに長くいる歴史やバックボーンがある。試合ごとに成長しよう、チャレンジしようとしている選手たちのマインドを失くさせてしまったら、自分が監督である必要はない。いろいろな考え方があるけど、変えてしまうことによって大事にしていたものを結果的に失ってしまうと僕は思う」
2005年に湘南のジュニアユースを指揮して以来、曺監督はアカデミーとトップで指導を行ないながら選手とクラブの歩みに寄り添ってきた。12年にトップチームの監督になると、世界のスタンダードを踏まえつつ、それまでクラブとして大切に育んできたハードワークや戦う姿勢、縦の意識をより具体的に戦術へと落とし込んだ。コンパクトフィールドを背景に前線から圧力をかけ、高い位置でのボール奪取を期し、マイボールにするやスピーディーに、且つ人数をかけてゴールを目指す、いわゆる”湘南スタイル”を確立し、選手たちの成長に働きかけた。
▼降格という現実はあれども
勝利の遠い日々と、その胸中を思う。自省も葛藤も逡巡もあったろう。結果が求められる中で、なによりも勝利を希求する選手を思い、指揮官が抱いたであろう痛みに、しかし想像は届かない。
連敗の渦中、川崎フロンターレに2-3で敗れた試合後、表現を探しつつ、語尾を少し震わせながら語られた言葉が耳に残る。
「なかなか言葉が見付からないですけど、最後まで戦った選手たちに結果の責任はまったくない。僕は湘南ベルマーレというチームを少しでも、どんなことがあっても前に進めようとしてきたつもりですが、こういう試合で勝ち点1も取れない責任をどう次につなげていくか、自分なりに考えていますし、結果につなげてあげられない自分の力不足を痛感している。ウチの選手は、うまいわけでも、少ないチャンスで点を取れるわけでもないかもしれない。でも、最後まであいつらの味方でいてあげたいなと思っています。選手の頑張りを勝利につなげてあげられなくて本当に申し訳ないです」
それでも、トレーニングの温度は褪せなかった。前向きに取り組み、一体感も揺るがない。チームを包む空気は他でもない、指揮官と選手とスタッフが一つになってつくっている。
10連敗を重ねたのち、天皇杯・ヴォルティス徳島戦が自分たちらしさをあらためて見つめ直す契機となった。選手間の適切な距離とともに、攻撃的な姿勢を弛まずゴールを目指し、そうして4-0で勝利すると、ジュビロ磐田戦、柏レイソル戦と続いたリーグ戦ではいずれもスコアレスドローを演じ、さらに3週間の中断期間を経て、得点を奪う部分にフォーカスして攻撃に磨きをかけた。
中断期間が明け、臨んだ第15節、大宮アルディージャに2-3で敗れ、湘南の降格は決まった。だが続くヴァンフォーレ甲府戦を1-0、名古屋グランパス戦を3-1で制し、培ってきた攻撃的なサッカーを結果につなげ、リーグ戦を締め括ると、天皇杯4回戦では柏とのアウェイゲームに臨み、前半のうちに先制されながら、走力を駆りつつ後半逆転し、3-1でベスト8に駒を進めた。
柏との試合後、指揮官はかみしめるように語った。
「人間はモチベーションが落ちたときに、もしくはつらい状況になったときに何ができるかが大事なんだよと、偉そうながら選手たちにはずっと言ってきました。大宮戦で降格が決まり、リーグ戦残り2試合、そして天皇杯と続いた中で、彼らは来年の契約のことなどを抱えながら、ピッチでは1ミリもそんな空気を出さなかった。グループとして、仲間として、選手たちが今日見せた戦いは決して奇跡ではないと思う。本当に素晴らしい出来だったと思いますし、見ていてすごく楽しい試合でした。選手が躍動する姿を見て監督をやっていて良かったなと思いますし、そういうプレーをした選手たちに教えられた気がします」
川崎F戦後の会見をあらためて思う。「選手の良さを引き出すためにあと何をすべきなのかと正直思っている」と、あのときそう吐露した指揮官は、その後も湘南の監督として果たすべきと向き合い、選手たちの成長を促し、そして自身もまた彼らから学んでいた。
J1残留には届かなかった。だが曺監督が指導者として大切にしている信念が選手たちを成長に導き、彼らの未来を拓いていることは、まだ終わらぬシーズンが示している。
隈元 大吾(くまもと・だいご)
湘南を軸に取材・執筆。今日もしっかり車間距離、ゴールド免許がプチ自慢。2015年2月にWebマガジン『縦に紡ぎし湘南の』(http://www.targma.jp/shonan/)を創刊した