紆余曲折のファーストステージ。自問自答の日々【曺貴裁監督物語・前編】
曺監督の1年を綴る前編・後編の2回シリーズ。
(C)Daigo Kumamoto
▼5年目のシーズンの始まりに
今季に臨むにあたり、指揮官は言った。
「われわれが今まで積み上げてきたものをそのままやって通用するほどJ1はやさしいリーグではない。いろいろな創意工夫を凝らしながら、選手が自分自身をもう一度見つめ直して発見し、僕自身も選手たちの良さを新たに発見できるようなシーズンにしていきたい」
挑み越えていくシーズンにしようとスローガンを『挑越』に定め、より多くの得点を奪うべく、相手ボールでも常にゴールへの意識を弛まない”究極の攻撃サッカー”を志向した。進化形の湘南スタイルに選手たちも意欲的に取り組み、開幕3試合で7得点を挙げるなど、成果の一端は結果にも着実に映された。
だが一方で、後半アディショナルタイムに失点を喫して勝ち点3を逃がすなど、勝負を決め切る力強さに欠けたことも否めない。コンタクトスキルで後手に回り、カウンターで失点を喫するなど、一瞬の隙を相手に突かれる場面も少なくなく、好機を決め切れぬ攻撃面とあわせて、両ゴール前の精度という課題が浮かび上がった。湘南に対する相手の温度も戦略も昨季以上に高められている。
▼復調傾向でセカンドステージへ
なかなか届かぬ結果に、しかし指揮官は穏やかに語ったものだ。
「見方によっては勝ってないから間違っているかもしれないけど、プロセスにおいて選手たちに間違ったことを言っているつもりはない。走れてボールを動かせて声も出せる、戦えてFKも決めることができ、1対1に強い――そんな選手にならないと現代フットボールでは埋もれていく。だから彼らには、自分ができないことを放棄して、やれることだけをやるようなプレーヤーになってもらいたくないし、苦手だなと思うことにも向き合わなければいけない。勝っても負けても質を上げる努力を続けていかなければいけない。さらに気持ちを強くしてやっていかなければいけないと思っています」
例えば、1-3で敗れた第6節・ヴァンフォーレ甲府戦後には、こうも話している。
「もちろん失点は反省しなければいけないし、シュートにも課題はある。ただ、パスの成功率や本数など、昨年と比べてもデータとして進化している点は大事にしなければいけない。傍からは勝った負けたという見方しかされないけど、結果は監督の責任。チームのスタイルを継続させているだけでなく、それをさらに上へと高めている事実を見過ごしてしまったら、トライし続けている選手がかわいそうだよね」
結果の奥に芽吹く前進を見逃さない。選手に寄り添い、ときに厳しく叱咤して、それぞれの成長に心を砕く。曺監督の指揮の下、湘南が湘南たるゆえんに違いない。
開幕から2カ月あまり、湘南は第9節アウェイでの横浜F・マリノス戦でリーグ戦初白星を挙げた。「5年間の中でもいちばんエネルギーがあった試合」と、自身が監督に就任した2012年からの歩みを踏まえつつ、指揮官がそう評したように、激闘の末に1-0で勝ち点3をつかむと、続くアウェイ・サガン鳥栖戦も同じく1-0で勝利を収め、5連敗のあと2連勝と盛り返した。
その後、ゴールデンウィークの締め括りとなる第11節・FC東京戦では、連戦の影響もあったろう、前への推進力が発揮されず0-1で敗れた。続くアビスパ福岡戦では内容的に取り戻すも惜敗し、翌節のベガルタ仙台戦も0-1で黒星を喫している。
指揮官の口から自省の言葉がこぼれたのは、週末に第14節・名古屋グランパス戦を控えたちょうどこのころのことだった。
「勝とうという意識が強過ぎて、シュートを打てないのに打ってしまったり、逆に中途半端にプレーしたり、それはたぶん僕がこうしろああしろと言い過ぎたことで、選手が考え過ぎてしまい、余裕を失くした部分もあると思う。何も言わないでやらせたほうが、実は伸び伸びできるということを僕自身が忘れていた。選手を成長させようということと、選手から学ぼうということがイコールでないといけないのに、選手を成長させようと思いながら選手から学ぼうとする意識がここ最近はなかった。指導者として本当にすごく情けないです」
あらためて迎えた週末、湘南は名古屋を2-1で下し、ホーム初勝利を挙げた。続くアウェイ・ガンバ大阪戦で3-3と追いつ追われつのシーソーゲームで勝ち点を持ち帰り、翌節のジュビロ磐田戦は1-0、次いで柏レイソル戦は1-1と、4戦負けなしでファーストステージを締め括った。
(後編「結果の現実と信念の結実。2016年の物語は終わらない」)
隈元 大吾(くまもと・だいご)
湘南を軸に取材・執筆。今日もしっかり車間距離、ゴールド免許がプチ自慢。2015年2月にWebマガジン『縦に紡ぎし湘南の』(http://www.targma.jp/shonan/)を創刊した