ミスを生んだ拙劣な悪循環。アギーレ・ジャパンが陥った閉塞感と武藤嘉紀という希望

一つのテーマについて複数の論者が語り合う『J論』。今回は「アギーレ新体制、最初の二試合。その評価と見えてきた未来図とは?」と題して、ウルグアイ・ベネズエラとの連戦となった日本代表の9月シリーズを振り返りつつ、その未来を占う。まずは博識の党首・大島和人が2-2のドローに終わった9月9日のベネズエラ戦から、アギーレ・ジャパンを考察する。果たして、そこから見えてきたものとは......?


<写真>武藤は"化けた"が、もっと"化けられる"才能のはず

▼どうしてサイドを使うのか?
 確実にプレーしようとすることが、ミスにつながる――。

 ベネズエラ戦の前半を見て、アギーレ・ジャパンからそのようなパラドックスを見て取った。

 日本は最終ラインとアンカーが起点になり、外にボールを散らすという意識が高かった。一人飛ばし、二人飛ばしのサイドチェンジを、前半20分までに4,5本は使っていたと思う。しかし、それが裏目だった。

 ベネズエラもウルグアイ戦を見て、対策は立てていたのだろう。彼らは水本裕貴、吉田麻也、森重真人の"トライアングル"を自由にしなかった。彼らが外に出せば、そこもタイトに寄せていた。サイドバックが持っても、前線へのコースを切っている。そうすると中や後ろに"逃がす"しかない。しかしそれこそがベネズエラ守備陣の用意した"罠"だった。

 右サイドのノッキングを見かねたMF細貝萌が、気を利かせてCBのすぐ脇まで戻ってきたことが、前半29分に起きた大ピンチの発端だった。横へ出した瞬間にベネズエラの左MFトマス・リンコンが猛プレスをかけて細貝のパスミスを誘い、FWマリオ・ロンドンの決定的シュートにつなげたのだ。これに類似したシーンが、前半はいくつもあった。局面を切り取れば確かに個人のミスなのだが、同じ形が頻発するならそれは組織の問題だ(※逆に後半26分の失点は、純粋に川島永嗣のミスだ)。

 相手がサイドで奪おうとしているのに、なぜサイドを使うのか――。それが前半30分までの日本代表を見て浮かんだ疑問だった。

▼あぶり出されまくったリスク要因
 なぜサイドを使うのか? そこにスペースがあるからだ。

 なぜショートパスを使うのか? それが確実にボールを動かす方法だからだ。

 しかし前半の日本はスペースがないのにサイドへ通そうとして、自らピンチを招いていた。相手が奪おうとしているところに横パスを出せば、それは高い確率で奪われる。相手のシュートミス、川島永嗣の好セーブで無失点に封じはしたが、ピンチの数は後半以上に多かったと思う。

 決して最終ライン、サイドだけの問題ではない。パスコースを作ろうという動きが全体的に乏しすぎた。仕方なく横に逃していた部分も否めない。ボールをどう動かすかという"デザイン"を、ピッチ内の11人が共有できていないことは明らかだった。

 前半30分過ぎからは攻撃に好転が見て取れた。両ウイングが引いて縦パスを引き出し、攻撃のスイッチを入れる。スペースを突く3人目の動きも増えて、多少は相手を振り回せるようになっていた。

 しかし修正が遅すぎたし、後半も十分にできていたわけではない。水本のボールロストから相手のPKを招いた後半12分のミスは、"横へのショートパス"がいかに危険かを物語る典型例だった。

 相手が「外」を警戒しているならば、「内」は必然的に緩くなる。横パスを奪おうと待っていれば、縦パスへの対応はおろそかになる。しかし相手の狙いを外すというシンプルな作業を、ベネズエラ戦の日本代表はできていなかった。普段は安全なプレーでも、それが相手の狙いどころになっていたら、逆に危険なプレーとなる。彼らが冒していたパスミスは、技術でなく判断の拙さに起因している。

 ベネズエラ戦を振り返ると、言われたことを忠実に実行しようとする選手の意識が、高すぎたように思う。まだ指導を始めて1週間なのだから監督に教わったことだけでは解決できない。それが有効ではないなら、"監督の言われたとおりにやる"ことが賢明なはずもない。そもそもアギーレ監督はプロフェッショナルな監督なのだから、そんな硬直的な選手を評価しないだろう。日本は相手の動きを逆手に取り、自分たちでプレーを修正するべきだった。受け身のメンタリティが残念だった。

 自陣の中央で蹴る横パスは、相手のカウンターを呼び寄せる絶好の餌だ。ましてベネズエラはプレスの強度が高い、ボールを前から狩りに来るチームだった。一方で隙だらけの戦いを日本がしたことで"リスク要因"を一気に炙り出せたことは、むしろ幸いなことかもしれない。自陣に引いてブロックを作るチームだったら、無難に試合が終わってしまっていただろう。

▼武藤嘉紀に瞠目
 臨機応変に、どう"縦"を使えるチームになっていけるかが、アギーレ・ジャパンの課題だ。動き回って受けるのも一つの方法だが、そうすると足が止まったときに手詰まりになる。しかし前線が相手を背負ってボールを動かせれば、ポゼッションの安定度は自然と高まる。例えばメキシコなら"相手の遠い側にボールを置く"技術の高い選手が多い。本田圭佑のように体の強さを生かしてキープしてもいい。いずれにせよ、そこが日本の次のステップではないだろうか。

 ポジティブな部分に目を向けると、武藤嘉紀のプレーには率直に言って瞠目した。FC東京の育成組織、慶應義塾大で彼のプレーは何度も見ているが、生で見たのは今季の第2節(3/8)以来だった。映像やさまざまな報道からその成長を想像してはいたが、半年間の変化は想像以上! 「男子三日会わざれば......」ではないが、この世代の選手は短時間に急成長することを再認識させられた。

 後半6分の先制点は、一連のドリブルシュートの中に武藤の強みが詰まっていた。持った瞬間からフィニッシュをイメージできていて、前へ運ぶだけでなく横にズレて自分のスペースを作れている。ドリブルをしながら、しっかりインパクトしてボールを抑えることはそんな簡単でない。しかし彼は左右両足でそれができる。バランスの良さ、ひざ下の機能の高さは、図抜けた天性といっていい。

 ただ、彼の良さが引き出されるのは、前を向いてプレーできるときに限られる。ベネズエラ戦は、相手のマークを背負った状態で、まったくボールを動かせなかった。その実力が知られるようになれば事前に警戒も研究もされる。今後はタイトに対応され、自由に前を向けなくなる場面が増えるだろう。

 逆にそこが良くなれば、武藤はアギーレ・ジャパンのキーマンたり得る。サイドから切れ込んで点にも絡める、守備面でも貢献できるという、理想的なウイングプレイヤーだからだ。長友佑都は体幹を鍛え、中田英寿は上腕を鍛えて力強いコンタクトプレーを手に入れた。武藤はまだ22歳だし、身長や骨格を見ればまだ"鍛える余地"があることは明らかだ。研究されても、彼自身がその研究を上回る成長をすればいい。

 アギーレ・ジャパンの2戦目は、隙も課題も多かった。選手たちの相手を見ないプレーも残念だった。来年1月のアジアカップでああいう戦いをしていたら、"その次"も考えなければいけない。

 とはいえ、今は可能性を追い、課題を隠すのでなく明かすべき時期だろう。武藤や柴崎岳といった若き"個"が台頭し、チームと個人の取り組むべき課題が提示されたという意味で、ベネズエラ戦は得るモノの大きい試合だった。


大島和人

出生は1976年。出身地は神奈川、三重、和歌山、埼玉と諸説あり。ヴァンフォーレ甲府、FC町田ゼルビアを取材しつつ、最大の好物は育成年代。未知の才能を求めてサッカーはもちろん野球、ラグビー、バスケにも毒牙を伸ばしている。著書は未だにないが、そのうち出すはず。

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