J論 by タグマ!

締め切りが守れない奴はプロではない。そう、アギーレ監督の締め切りは「1月12日」である

宇都宮徹壱はこの2試合を、そしてアギーレ監督はどう観たのか? そして、このチームの未来とは......?

一つのテーマについて複数の論者が語り合う『J論』。今回は「アギーレ新体制、最初の二試合。その評価と見えてきた未来図とは?」と題して、ウルグアイ・ベネズエラとの連戦となった日本代表の9月シリーズを振り返りつつ、その未来を占う。流浪のフォトジャーナリスト・宇都宮徹壱はこの2試合を、そしてアギーレ監督をどう観たのか? そして、このチームの未来とは……?

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<写真>アギーレ監督は締め切りを守れるか? (C)宇都宮徹壱

▼締め切りはパレスチナ
「締め切り」「納期」「期日」「提出日」──これらの言葉にドキッとする方は少なくないはずだ。かくいう私も、この仕事をするようになって以来、ずっと締め切りのことばかり考える日々を送っている。「締め切りが大好き」という人はまずいないだろう。

 4年くらい前だったか、あるガイドブックの仕事で猛烈な締め切りのプレッシャーに苛まれ、ついには「締田切太郎」なる別人格が発生。「センセ、なにをぼさっとしているんですか? さ、仕事、仕事」という、慇懃無礼なかん高い声が頭の中で響くようになった。

 極度の暴力を受けると、痛みから逃避するために別の人格が発生して多重人格になるという説があるそうだが、私もそれに近い状態になりかけた。幸い「締田」はガイドブック完成とともに消滅したが、締め切りのことを考えない日は一日としてない。現にこの原稿も、あと3時間で書き上げないといけないので、時計をちらちら気にしながら書いている。

 どんな仕事にも、締め切りというものはある。ハビエル・アギーレもまたしかり。彼は今、文化も言語もサッカーの歴史もまったく異なる極東の島国で、ナショナルチームの抜本的改革に取り組んでいる。長期的には4年後のW杯ロシア大会に出場して好成績を残すことが求められているが、目下のミッションは来年オーストラリアで開催されるアジアカップで戦えるチームを作り、なおかつ連覇を目指すことだ。

 アジアカップ開幕は4カ月後だが、それほど多くの時間が残されているわけではない。就任後、6つの親善試合を戦いながら選手たちの力量と適性を見極め、さらに自身が目指すサッカーを浸透させて、なおかつ世界で戦えるチームを作り上げていかなければならないのである。われわれのように「何月何日何時まで」という具体的なデッドラインはないものの、すくなくとも来年1月12日のアジアカップ初戦(対パレスチナ)には、チームを完成させなければならない。

▼疑問の起源は未知への不安か
 9月のシリーズ(5日のウルグアイ戦、9日のベネズエラ戦)を終えた今、ファンの間から「アジアカップまでに間に合うのか」と不安視する声が聞こえてくるようになった。「[4-3-3]のシステムは浸透するのか」「あの緻密なパスワークはどこへ行ってしまったのか?」「こんなにミスで失点しているようではアジアでも勝てない」「アンカーは森重でいいのか」などなど、確かに不安を挙げればきりがない。

 とはいえ、まだ2試合を終えたばかり、とも言える。トレーニングは7日間だが、招集メンバー全員揃っての練習という意味では実質5日間である。ちなみに、この2試合で試されたのは19人。指揮官本人が言うように、23人全員を試すことは叶わなかったが、この2試合で目算が立った選手なりポジションなりがあったと見ることも十分に可能だろう。

 では、我々の不安の根底にあるものは何か。

 それは「作り上げたものを壊してしまうことへの不安」、あるいは「未知なるものへの恐怖」なのだと思う。ずっと見慣れてきた[4-2-3-1]の布陣、遠藤保仁を起点とした流麗なるパスワーク、3点取られても4点取り返すような前掛かりサッカー、所属クラブで出番がなくてもお約束のように起用される豪華な顔ぶれ、などなど。それらはある意味「安心して見られる」「見ていて楽しい」日本代表であったし、だからこそザッケローニの日本代表と「自分たちのサッカー」は、広く国民的な人気と支持を得るまでになったのである。

 しかし、それでは世界では勝てないことが明らかになったのが、今回のW杯であった。もちろんザッケローニの4年間には、素晴らしい試合はいくつもあったし、日本サッカーの特徴であるスピード、テクニック、パスワーク、連動性を生かしたスタイルは、究極的な境地にまで磨かれたと言ってよいだろう。だが結果として、本番では勝てなかった。日本サッカー協会の技術委員会が出した結論は「日本らしいサッカー」という方向性は継続しつつも「世界で勝てるサッカー」を模索することである。クラブと代表、両方で実績を持つアギーレが新監督に招かれたのには、そうした経緯があったことを忘れるべきではない。

▼プロとしての仕事とは何か?
 忘れるべきでないことがもう一つ。アギーレは「プロフェッショナルな仕事ができる」監督であることだ。プロフェッショナルな仕事ができるとは、どういうことか。ものすごくわかりやすく言えば「締め切りが守れる」ということだ。アギーレは、W杯南アフリカ大会予選の途中でメキシコ代表監督に就任し、スタートダッシュに失敗したチームを見事に立て直した。また、降格の危機にあったサラゴサやエスパニョールを残留させたことでも、よく知られている。どんなに厳しい状況にあっても、今ある時間と戦力を有効活用して、クライアントを最低限満足させる結果を残す。決して派手さはないものの、プロとしてのあるべき姿が、そこにはある。

 アギーレが、戦術でもシステムでも選考メンバーでも、いろいろ新しいことを試しているのは「締め切りまで十分に時間がある」と彼自身が踏んでいるからだと思う。逆に「やばい、時間がない!」と思ったら、ブラジルを経験したメンバーがもっと残っていただろうし、あるいは慣れ親しんだ[4-2-3-1]からスタートしていたかもしれない。それをしなかったところを見ると、彼なりの勝算があるのであろう。そんなわけで私は、この新チームが残り4試合でどのようにアジアカップモードへ収斂されていくのか、楽しみながら見守りたいと思う。

 で、もし間に合わなかったら? その場合は、声高に批判させていただく。裏切られたから、ではない。締め切りが守れないやつは、プロではないからだ(もちろん、自戒を込めて)。


宇都宮 徹壱

写真家・ノンフィクションライター。1966年生まれ。東京出身。 東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、1997年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」 をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。『フットボールの犬 欧羅巴1999-2009』(東邦出版)は第20回ミ ズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。2010年より有料メールマガジン『徹マガ』を配信中。http://tetsumaga.com/