柿谷曜一朗と森島寛晃。頂点をつかんだ新旧8番のまなざし【ルヴァンカップ決勝特集】
新たな歴史は次につながっていく
11月4日、2017JリーグYBCルヴァンカップ決勝が、埼玉スタジアム2002で開催された。J1初タイトルを懸けた戦いは、開始早々の得点が両者を苦しめる。攻勢に出ながら同点にできない川崎フロンターレと、守勢に回り、同点にされる危険性がつきまとうセレッソ大阪。緊張とストレスの戦いの中、あるレジェンドは自分がかつて付けていた背番号8の選手を見守っていた。
▼胸に星が欲しい、ピンクとサックスブルー
「いつもとは違いますよね、色が」。そう言いながら、スタッフはサポーターの姿を見つめていた。普段は真っ赤に染まるスタジアム前は、ピンクとサックスブルーが入り混じり占拠した。時刻は9時半、キックオフは3時間半後の13時。セレッソ大阪と川崎フロンターレのサポーターがさいたまに押し寄せ、ルヴァンカップ決勝を戦い始める時間を待っていた。
2日前から並んでいる人もいた。川崎から来た人たちは「勝ちたいっすね」と言いながら腹ごしらえ。大阪を愛する人たちは「(杉本)健勇が決めてくれるでしょ」と言いながら、TEAM AS ONEの募金に協力していた。そしてチームは違えど、彼らは同じ言葉で締めくくる。「ユニフォームの胸に星が欲しい」。互いに初めてのタイトルが目の前にある。
選手たちのバスが到着するころ、試合前のピッチの上では子どもたちがボールを蹴っていた。彼らにはこの後、大役が待っている。ピッチに散水の儀式が終われば、ウォ-ムアップ中の選手たちに向けたサポーターのチャントは鳴り止まない。
そして、生のアンセムの歌声と共に、22人の選手たちがピッチ上に整列した。
▼守勢に回ることになる先制点
大阪を愛する人の予言は的中する。開始早々1分、こぼれ球に反応した杉本が抜け出した。C大阪が先制する。ここから89分間続く、攻める川崎Fと守るC大阪の構図が始まる。三好康児と家長昭博のサイドからの切り崩しを、木本恭生とヨニッチの大きな二人が何度もはね返す。中村憲剛たちがいる中央は、最終ラインから少し前に陣取った山口蛍とソウザがにらみを利かせていた。
緑の芝生に映えるピンク色の選手たちが、等間隔でポジションを取り隙を与えない。それは、同点を狙おうとする小林悠にとってストレスだったのだろうか。23分、後方からのロングパスを受けようとした小林は足を上げる。その足は木本の上半身に当たってしまい、ファウルを取られてしまった。ゆっくりとしたボールに対して、素早く二人がマークに付いていた。
C大阪にとっても押し込まれるストレスを感じていた。「持たせているつもりはない、持たれている」と柿谷曜一郎は表現した。その柿谷がボールを受けるときは、カウンター開始の合図でもある。センターサークル付近でタメを作った18分、左サイドに開いた清武弘嗣にはたいた瞬間、柿谷は頭を抱えた。パスは弱く、短い。柿谷は、清武がフリーで受けることができないと瞬時に察し、予想通りの光景を見た。数少ないチャンスを生かすためには、少しのズレも許されないことが柿谷のしぐさに現れていた。
▼ストレスと緊張のピーク
「私でしょ」、「いやいや私でしょ」。試合前、女性二人組はそれぞれ異なる色のユニフォームを着て、自らの勝利を譲らない姿勢を見せていた。彼女たちの予言も的中した。
後半、川崎Fはスタートと同時に三好康児を長谷川竜也に代え、攻撃を続ける。55分、家長のクロスを小林がオーバーヘッドで合わせるが、枠を外れた。ごくわずかな時間だが、小林は倒れたまま天を仰いでいた。その10分後、ファウルを取ってもらえなかった小林を審判がなだめる。後半だけで川崎Fは、サックスブルーのサポーター席に向かって7本のシュートを放つ。だがその反面、ボールはゴールの横を通り過ぎ、C大阪に与えたゴールキックは後半だけで11本となっていた。攻撃が得点に結びつかないまま、残り時間を意識し始めていた。
C大阪も1点リードだが落ち着けるような状況ではない。68分、先制点を奪った杉本が、ラフプレーで警告を受ける。長い時間耐え続ける苦しい状況にあった。そのとき、柿谷が動いた。川崎Fが押し込みゆっくりとボールを回している背後へ、猛ダッシュでプレスをかける。行動で示すことでチームに活を入れ、途切れそうな集中力を引き締めた。両者の緊張感は最後まで続く。
すべてから解放されたのは、後半のアディショナルタイム2分だった。得点をしたソウザがいる陽の当たるピンクのサポーターの前で喜ぶ輪の中に、思わずピッチに飛び出してコーチが駆け寄っていた。戦いを終えた戦士たちにメダルを授与するのは、午前中にボールを蹴っていた子どもたち。谷口彰吾は空に向かって、ゆっくりと息を吐く。その目の前にはカップを掲げるC大阪勢がいた。そしてピッチ中央に移動したC大阪と入れ替わるように、川崎Fのメンバーはサックスブルーのサポーターの下へ向かっていた。
▼新たな歴史は次につながっていく
「一緒に優勝したい、一緒に戦ってもらっている」
柿谷の周りには、一緒に戦っているスーツ姿のスタッフも集まっていた。代わる代わるカップを掲げる中、サポーターたちの「モリシマ」のコールがこだました。「(カップの)持ち方が分からなくて」とレジェンド、森島寛晃氏は笑っていた。また、自身の胴上げが「みんな重たって、誰もいなくなって」と中途半端で終わったことも笑う。
「何よりも優勝した瞬間を味わえた。ビールかけもしたいけど、ビールは飲みます」
さらなる増量を宣言した元背番号8は「新しい歴史を作って、次につながっていく」と未来を見ていた。現背番号8も「こういう試合を続けるようにならないといけない」と同じく未来を見ていた。そして、尹晶煥監督が「僕は幸せなチームに来ていると思う」と言えば、柿谷も「このチームに入れて幸せでした」と言う。監督とキャプテン、そして元キャプテンは一心同体となっていた。
柿谷は「こういうチャンスってあんまりないじゃないですか」と続けた。そのチャンスは「自分が点を取ることよりも勝ったらいい、表彰台に上がりたい気持ち」でモノにした。柿谷は冷静に得点状況と試合の流れを受け入れ、守り切ることに徹しキャプテンとしてチームを支えていた。
そして、次のチャンスはすぐ目の前にある。
「もう1回埼玉に来られるチャンスがありますから。また何か月後にもう1回ネクタイを結べるように」
森島氏はすでに未来、天皇杯を見ていた。
戦いを終えたさいたまの空は暗くなり、雨が降っていた。新たな歴史は、次につながっていく。