J論 by タグマ!

ボランチと畳は新しいほうがいい? ザックはなぜ山口蛍を選んだのか?

「女房と畳は新しい方がいい」なんて言葉があるけれど、指揮官にとっては「哲学とボランチは新しい方がいい」ということか。

毎回一つ、日本サッカーに関するお題を決めて複数の著者が論じ合う、それが『J論』。記念すべき第一回目のテーマは「日本代表 23+7に言いたいことがある」。5月12・13日に発表されたW杯日本代表メンバー23名+同予備登録7名。この人選から読み取れることは何なのか。今回の論客は、『週刊サッカーマガジン』の元編集長である北條聡氏。細貝萌が外れた「ボランチ」から、ザッケローニ監督の選択を読み取った。


▼監督替われば、ボランチも代替わり
 ボランチの人事をみれば、監督の「癖」が分かる――。

 ただの当て推量、いや妄想かもしれない。ただ、ブラジル行きの最終リストを見て「やっぱりね」と妙に納得してしまったのである。昨夏の東アジアカップ以降、アルベルト・ザッケローニ監督が何かと目をかけてきた(ように思う)山口蛍と青山敏弘の「当選」だ。そして、本大会における彼らの位置づけは思いのほか、高いのかもしれない。

 ザック政権発足以降、ボランチのペアは遠藤保仁と長谷部誠の指定席であった。遠藤は日本の武器であるパスワークの心臓であり、長谷部は不動のキャプテンである。どちらも余人をもって代えがたい存在だ。大胆にメスを入れる理由など、おいそれとは見付からない。
 それでもなお、ザックがどこかのタイミングでボランチの人事を再考するのではないかと思っていた。理屈というよりも「癖」という意味で。指揮官が代われば、ボランチも代わる。これが歴代の日本代表における数少ない共通点の一つだった。

 日本代表史上初のプロ監督であるハンス・オフトは、全国的にほぼ無名の存在だった森保一(現広島監督)をボランチに抜擢。後任のパウロ・ロベルト・ファルカンはオフト時代にセンターバックを担った柱谷哲ニと浅野哲也のペアを選択している。その後の加茂周は横浜フリューゲルス監督時代の秘蔵っ子である山口素弘に全幅の信頼を寄せ、2列目からボランチに転向させた名波浩とペアを組ませた。最終予選の途中でコーチから「昇格」した岡田武史がそのペアを受け継ぐのは自然の流れだが、その後のフィリップ・トルシエは最終的に稲本潤一と戸田和幸の新タッグにチームの命運を委ねている。

 さらにジーコ時代は二転三転の末に、本大会では中田英寿と福西崇史のペアをチョイスし、続くイビチャ・オシムは鈴木啓太を中村憲剛のパートナーに指名した。そして、岡田武史へとバトンが渡り、遠藤と長谷部の新コンビが誕生する。
 そんなわけで、日本代表のワールドカップの歴史において、二大会連続でボランチとして起用された選手は一人もいない。そもそも監督が代わってからも代表に留まり続けること自体が極めて稀なポジションなのだ。引退などのケースを除けば、名波と稲本、さらにザック政権ではトップ下として招集されている中村憲剛の例があるくらいである。

▼ザックの「新しい畳」は山口か
「女房と畳は新しい方がいい」なんて言葉があるけれど、指揮官にとっては「哲学とボランチは新しい方がいい」ということか。
 そう考えると、新監督の下でも重宝されてきた遠藤と長谷部がいかにレアな存在かが分かる。もっとも前任者の岡田は南アフリカ大会において、このペアだけにボランチを託したわけではない。土壇場で阿部勇樹を「第三のボランチ」として加えた。逆にザックはあくまでドイスボランチで勝負する構えだ。

 アンカー(阿部)ではなく、トップ下(本田圭佑)を用意してミッドフィールドを構成しているところに岡田とは違うザックの新味(哲学)がある。しかし、昨夏のコンフェデレーションズカップを経て「不動のペア」にメスを入れはじめた。遠藤と長谷部が4つ年齢を重ねたことによるコンディション事情に加え、ザックの頭の中に「なぜ岡田はドイスボランチを断念したのか」という問いが浮かんできたのかもしれない。
 オランダ、ベルギーとの欧州遠征でザックは長谷部のパートナーに山口を持ってきている。そしてベンチに回った遠藤をジョーカーとして使い、成功を収めた。

 ザックはなぜ、山口を抜擢したのか。

 その理由を二文字で記せば「奪回」だろう。相手から球を取り返す能力に秀でたボールハンターの起用は、日本に巣食う課題を克服するためのアイディアと言ってもいい。いくら攻撃的に戦いたくても、肝心の球がなければ、攻めようがない――。列強相手になると、不動のペアでは失った球の回収力に問題が生じ、雪だるま式に守備の時間帯が増え、最終ラインに負荷がかかる現実と向き合った末の決断だったか。
 ザックにとって、攻守におけるバランスの回復に一役買う山口は、オフトの代表における森保、トルシエの代表における戸田、オシムの代表における鈴木のような存在かもしれない。
 もちろん、コンディションが万全なら遠藤と長谷部のペアをファーストチョイスとする方が筋目は通っている。だが、ザックの頭の中で山口の存在がどんどん大きくなっているのではないか。そんな気がしてならない。
 最後の最後にボランチの常連だった細貝萌を予備登録メンバーに回したのも、それだけ山口への信頼が大きくなっているからだろう。

 イタリア人の指導者は「時の勢い」がもたらす効用をよく知っている。イタリアにおける救世主の代名詞であるサルバトーレ・スキラッチの名を口にし、絶好調の大久保嘉人を最終メンバーに加えた。そして、山口にも昇竜のごとき勢いを感じているのではないか。やはり、今回もまた指揮官の「癖」は、ボランチに表れている。


北條 聡(ほうじょう・さとし)

1968年生まれ、栃木県出身。元『週刊サッカーマガジン』編集長。現在はフリーランス。1982年スペイン・ワールドカップを境に無類のプロレス好きからサッカー狂の道を突き進む。早大卒の1993年に業界入り。以来、サッカー畑一筋である。趣味はプレイ歴10年のWCCF(アーケードゲーム)。著書に『サカマガイズム』(ベースボール・マガジン社)など。また二宮寿朗氏(フリーライター)との共著『勝つ準備』(実業之日本社)が発売中。