J論 by タグマ!

なぜ、伊野波雅彦は23人枠に入ることができたのか?

毎回一つ、日本サッカーに関するお題を決めて複数の著者が論じ合う、それが『J論』
記念すべき第一回目のテーマは「日本代表 23+7に言いたいことがある」。
5月12・13日に発表されたW杯日本代表メンバー23名+同予備登録7名。
この人選から読み取れることは何なのか。 このテーマでの二人目の論者は、「ミスター観戦力」の異名を取る清水英斗。
その男が注目したのは4人目のセンターバックに関する人選、つまり「なぜ、伊野波雅彦は23人枠に入ることができたのか?」 というワンポイントである。


▼伊野波の長所とは何か?

 先日、『THE PAGE』というニュースサイトの番組に出させて頂いたとき、視聴者の方から次のような質問を頂いた。
「なぜ、伊野波選手がザックジャパンの23人に選ばれているのでしょうか?」
 時間の都合により、この質問に答えないまま終わってしまったのは心残りだった。同サイトの意識調査を見る限り、どうやら同じように考えている人も多かったので、本稿はこのテーマに絞って考察をすすめてみようと思う。

 なぜ、伊野波か?

 第一に、伊野波は身体能力が高い。ジャンプ力やスピードに優れているので、地上戦、空中戦を問わずに球際の強さを発揮できる。過去にもさまざまな監督からキーマン潰しの役割を与えられてきた。
 第二に、ザックジャパンのセンターバックに共通するコンセプトは、全員がボランチ経験者であることだ。吉田麻也はユース時代まで、そして今野泰幸、森重真人、伊野波についてはプロに入ってからもボランチで起用された経験を持っている。彼ら4人に共通するのは、中盤のプレッシャーの中ではテクニックや状況判断に物足りなさを感じてしまうものの、ポジションをDFに下げることで、むしろパスサッカー用の足元が巧みなセンターバックとして再評価できること。そしてこのコンセプトには伊野波も合致する。

 むしろ、4月の国内合宿に呼ばれていたセンターバックの鈴木大輔、山下達也らには守備的MFのパーソナリティーがない。ただでさえ、ザックは記者会見で攻撃的な姿勢を押し出す覚悟を示しているし、今さらコンセプトを破って違うタイプのセンターバックを呼ぶのなら、たとえば3試合の中に引いて守りたい試合があるなど、それなりの理由が必要になる。
 まして今回の23人から細貝萌を外したことを考えれば、いざというとき、あるいは逃げ切りを図る終盤の交代カードとして、守備的MFとしても投入できるセンターバックの枚数をキープしたいと考えても不思議はない。

 第三に、伊野波はセンターバックとボランチだけでなく、右サイドバックもOK。プロレベルで経験を積んだポジションの絶対数が多い選手だ。ザックは日本の特長を出し切るために大久保嘉人を入れるなど攻撃の枚数を増やしたのだから、守備は逆に一人で何役もこなせるユーティリティーな選手をバックアッパーに置きたくなる。その意味で、伊野波はベストだ。
 第四に、伊野波は2010年のザックジャパン立ち上げ時からメンバー入りしていた選手だ。「日本のサッカーはボールへのプレッシャーが弱い」と指摘するザック流のオフェンシブ・プレッシングのやり方を伊野波はずっと練習してきたし、逆にこれから新しいバックアッパーに戦術を仕込み直すのは間違いなくリスクが高い。

▼不安はむしろ吉田のバックアップ
 とはいえ、実は僕自身も伊野波を23人の予想メンバーに入れつつも、一方で別の選手に対する期待もあった。その主な理由は、吉田のコンディション不安だ。
 身体能力に優れ、球際に強いハードマーカーという特徴において、今野、森重、伊野波は同じタイプに属すると、少なくとも僕は解釈している。逆に吉田はラインコントロールなど、戦術的なプレーを得意とするディフェンスリーダー。センターバックのタイプが、3:1でバランスが悪い。

 たくさんの選手をターンオーバーさせた昨年11月のオランダ戦とベルギー戦でさえ、本田圭佑と吉田だけは2試合ともフル出場した。この事実からもわかるように、吉田にかかる負担は非常に大きく、吉田が出られない場合にどうするかと考えたとき、吉田に近い戦術タイプのDFをバックアップに置きたいと考えるのは自然だ。伊野波も最近はゲームコントロールへの意識と自信を、コメントを含めて発信しつつあるが、吉田のようにユース時代からずっと世界基準のディフェンス戦術を教えられ、ザックの細かい指導に対しても「違和感がない」と断言できるほどの生粋のディフェンスリーダーではない。
 おそらく吉田のバックアップとしては、継続的にザックジャパンに招集されていた高橋秀人が候補者の一人だったはず。しかし、最終的にはザックが求めるレベルに達しなかったということだろう。

 吉田のバックアップとして、ディフェンスリーダーという個性を重視するなら、たとえば鈴木大輔を入れて構築する手もある。しかし、ボランチ経験者のセンターバックを並べるコンセプトに合わない選手を招集してまで、戦術の指導を原点に立ち返って行うのはチームのブレが大きい。そこで最終的には、吉田がいない場合には森重や伊野波にディフェンスリーダーを任せる方向性を採用したのではないだろうか。

「なぜ、伊野波を選ぶのか?」

 実はこのテーマについて説明するのは、それほど難しくなかった。ただ、これだけ理由が明らかでも、「なんとなく本番で緊張してガチガチになりそう」とか、「一瞬の集中力を欠きそう」とか、個人的には伊野波はまだそういうイメージが拭えない選手ではある……。ブラジルでそれを払拭する機会があるなら、思いっきりやり切ってほしい。


清水 英斗(しみず・ひでと)

1979年12月1日生まれ、岐阜県下呂市出身。プレーヤー目線で試合を切り取るサッカーライター。著書に『日本代表をディープに観戦する25のキーワード』『DF&GK練習メニュー100』(共に池田書店)、『あなたのサッカー観戦力がグンと高まる本』(東邦出版)など。現在も週に1回はボールを蹴っており、海外取材に出かけた際には現地の人たちとサッカーを通じて触れ合うのが最大の楽しみとなっている。