90分=180分の半分。次に向けた戦いを浦和が制す【チャンピオンシップ特集 】
彼らは90分間の裏で、もう一つの反撃を考えていた。
▼ホームもアウェイも平等なおふくろの味
準決勝の翌日、関東は54年ぶりに11月の積雪を記録した。本格的な冬の到来を前に、あの味が恋しくなる。ビールを片手に談笑する大人の横で、小さなお姫様があったかいもつ煮をホクホクと食べている。「ゴミこっちでいいよ」と名物をお玉でよそうお母さんに「ごちそうさまでした」とあいさつすればニコっと笑ってくれる。平日の夜、埼玉から遠征してきた浦和サポーターもおふくろの味を楽しんでいた。双方のゴール裏には赤い色が群れを成し、熱さはもつ煮と同様。カシマスタジアムはアットホームさと、勝利を目指せと神様の銅像がにらみを利かす二つの熱さを持っていた。
▼守勢の陰で反撃の準備をする鹿島
チャンピオンシップ決勝第1戦・鹿島アントラーズvs浦和レッズは、開始早々からスタジアムは熱を帯びていた。浦和は、ペナルティーエリアで待ち構える前線の選手たちに小気味よくボールを入れる。しかし、鹿島DF陣は密着し前を向かせない。しっかり引いたホームチームと、中央から崩そうとするアウェイチームの構図。「引いてきたなら、こっちのもの」と浦和の伝統芸、最終ラインからのビルドアップが始まった。浦和の長いボールキープに大合唱、対する鹿島サポーターはブーイングで応える。そして、興梠慎三にボールが渡れば、そのブーイングの音量はMAXになる。ホーム側のスタンドは、”手厳しい古巣”を演出していた。
目指す1点の重みを緊張感で訴える一流の選手たちと、鳴り止まないコールで見つめる一流のサポーターの戦いは、電光掲示板の時計が20分に近づくとさらなる熱気が漂い始めた。李忠成のボディに永木亮太のキックがヒット。数秒後には森脇良太に中村充孝が足を上げ対応、数分後には李が今度は昌子源とぶつかる。
ただ、選手たちはいたって冷静だった。その後も激しい交錯はあっても試合はさほど荒れず、必要以上に熱くはならなかった。時を同じくして、「中に入る選手と質の高いキッカーが合っていた」と石井正忠監督が称えた遠藤康の左足から始まるCKで鹿島が流れをつかむ。前半、浦和のシュート3本に対し鹿島は0本。しかしCK4回と浦和のCK2回を上回る。後半に向け、鹿島は着々と準備を進めていた。
▼ペトロヴィッチの予言
「後半最初の15分が大事」
浦和の指揮官、ペトロヴィッチ監督はハーフタイムに予言をしていた。57分、柏木陽介のクロスボールに反応した興梠がペナルティーエリア内で倒される。判定はPK。指揮官の勘は的中し、阿部勇樹がド真ん中にアウェイゴール『1』を決める。
納得のいかない判定に小笠原満男が抗議をする、だがそれはあくまでキャプテンとしての作法に過ぎない。やるべき仕事をするキャプテンを中心に、鹿島の選手たちは心の中で反撃の決意を固めた。
62分、石井監督は「いい状態になってきた」柴崎岳を中盤の左サイドに投入。65分、永木のクロスを遠藤が胸で落とし、柴崎がボレーを放つ。ゴールの枠は外れても、反撃の糸口になったCKがある。柴崎はそのままCKを蹴り込み浦和ゴールを脅かす。
前半、浦和が迫ってきたホームのサポーターが陣取る方向に、今度は鹿島が迫ってくる風景になる。浦和にとってのCS決勝第1戦は、11月12日天皇杯4回戦・川崎フロンターレ戦から中16日で迎えた決勝だった。「22年の監督生活でこのような経験はない」と語るペトロヴィッチ率いる浦和は、攻勢から防衛に変わっていた。
▼180分と捉える戦い慣れた選手たち
81分、交代の指示が出されゆっくりとピッチを後にする浦和の選手に、また小笠原がキャプテンとしてのお仕事、クレームを入れる。あのPKを得た興梠は、徹底したヒールの役回りを全うし、ピッチの外に出た。
鹿島は、後半だけで11本のシュートを放つも決まらない。焦る材料、イラつく材料はそろっている。だが、彼らは得点を奪うべく積極的に、かつ冷静に試合を運んだ。スコアは0-1の敗戦にかかわらず、微動だにしない芯の強さがあった。
試合後に石井監督は「決勝の前半」と、チャンピオンシップは2試合あることを強調する。必要以上のリスクを冒すのは4日後でいい。そのための攻撃の準備を、鹿島の選手たちはピッチ上で体現していた。
第1戦で勝利を収め、次戦ホームで戦う第2戦に向けてペトロヴィッチ監督は「鹿島は強い」と、ただならぬ気配を感じ取り警戒心を強めていた。
2ステージ制が生み出した戦いは残り一つ。180分の戦いは残りの90分、さいたまの地へ続く。
佐藤功
岡山県出身。大学卒業後、英国に1年留学。帰国後、古着屋勤務、専門学校を経てライター兼編集に転身。各種異なる業界の媒体を経てサッカー界に辿り着き、現在に至る。