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クラブ史上初のJ1昇格プレーオフ参戦。愛媛、大舞台で残った財産

愛媛が挑んだ初の大舞台はクラブに何を残したのか。愛媛の番記者・松本隆志氏が迫った。

Jリーグの各カテゴリーは、レギュラーシーズンを終えて、ポストシーズンに突入。最後の勝者になろうとしのぎを削っている。シーズンの命運を決する”最後の戦い”に焦点を当てたポストシーズンマッチレビュー。第3回はセレッソ大阪とのJ1昇格プレーオフ準決勝に”敗れた”愛媛FCにフォーカス。愛媛が挑んだ初の大舞台はクラブに何を残したのか。愛媛の番記者・松本隆志氏が迫った。

▼珠玉の名作に負けないぐらいに
 筆者はスポーツを見るとき、どうしても判官贔屓に見てしまう傾向がある。強者には強者の美学、魅力があるのはもちろん分かる。強いからこそ魅せられるのは世の常だ。しかし、弱者にも弱者なりのプライドがあり、明日の勝者を目指してひたむきに戦う姿にはいつも胸を打たれてしまう。例えば、箱根駅伝であれば熾烈な優勝争いよりも翌年の出場権をめぐるシード権争い。もしくはタスキが途切れるかどうかの繰り上げスタートになりそうな瀬戸際の場面で胸が熱くなる。
 
 また、映画であれば「ルディ/涙のウイニング・ラン」というアメリカンフットボールを題材にした作品がお気に入り。それは、体が小さく、才能にも恵まれていない青年が誰にも負けない情熱とひたむきさで憧れの名門大でカレッジ・フットボールの舞台に立つことを目指すストーリーだ。

 そういう意味で言えば愛媛FCは間違いなく”弱者”の立場にあり、個人的には感情移入しやすいチームだ。そんなチームの番記者を務めて今季が7年目のシーズン。これまでのシーズンでもそれぞれに異なったドラマがあり、胸を打つ場面は幾度となくあった。ただ、今季の愛媛が全力で駆け抜けながら紡いできたこのドラマは別格というほかない。まさに珠玉の名作とも言うべきシーズンをチームは繰り広げた。

▼挑戦者魂を見せたが……
 クラブ史上初のシーズン勝ち越しを目標に掲げてスタートしたチームは、結果的に19勝8分15敗と、その目標を大きくクリアしただけでなく、J1昇格プレーオフ圏内の5位でフィニッシュ。シーズンを通しての番狂わせ劇を演じ、憧れ続けていたJ1昇格は”夢”ではなく、いつしか”目標”に変わっていた。
 
 そしてプレーオフ準決勝。相手はC大阪。敵地・長居での戦いだ。愛媛がJ2に参戦して今季が10年目になるが、過去のどの試合よりも重要な意味を持つビッグゲームだったはず。また、選手たちはリーグ戦において常々、自分たちのことを挑戦者と表現したが、この試合こそまさにその挑戦者魂が問われるものだった。
 
 結果はスコアレスドロー。最後の一瞬まで勝ち抜けに必要なたった一つのゴールを奪うべく全身全霊を捧げるプレーを続けたが、その思いが報われることはなかった。このプレーオフのレギュレーション上、ドローの場合は上位チームの勝ち上がりとなるため、愛媛はここで”敗退”。主審の試合終了のホイッスルが鳴り響いた次の瞬間、愛媛の選手たちは一斉にピッチに倒れ込み、悔し涙が頬を伝った。ただ、希望を打ち砕かれたその姿は、私の目には”敗者”としては映っていなかった。その絶望感に満ちた姿は、彼らがこの1シーズンにわたって、いかに真剣に、いかにタフに戦ってきたかを証明するものであったはずだ。

▼J2・10年目で踏み出した第一歩
 試合後、メディアの前に現れた西岡大輝は涙こそ止まっていたものの、目を充血させ、まぶたは赤く腫らしていた。焦点も定まり切らないその表情からは、まだその現実を受け入れられない様子がうかがえた。しかし、この絶望の中からつかみ取っているモノもあった。それは、「手の届くところまで行けたという悔しさを体感できた」という、その舞台に立った者しか得ることのできない価値のある経験だ。それは西岡だけではなく、このチームに関わる者すべてが体感したモノ。それは来季に向けての大きな糧になる。今季の躍進劇を1シーズン限定のモノにさせまいと再びタフなチャレンジをするための原動力になるだけでなく、来季以降、同じ舞台に立ったときにその状況を克服するためのカギにもなる。
 
 今日は敗者であっても、その壁を乗り越えれば明日は勝者になれる。今季の愛媛はそんな状況を繰り返しながら力を付けてきたチームだ。このプレーオフは大きな壁だったが、それを乗り越えることができれば、そこで待っているのはJ1という憧れの舞台。愛媛はJ2に参戦して以来ずっと足踏み状態だったが、10年目にしてようやく踏み出したその一歩は大きな前進につながる一歩だったに違いない。苦境から這い上がってきたチームのサクセス・ストーリーには、まだ続きがあるはずだ。

松本隆志

>愛媛県松山市出身。愛媛県内の出版社での勤務を経て、07年にフリーランスに転身。09年よりサッカー専門紙「エル・ゴラッソ」の愛媛FC担当になり、14年よりカマタマーレ讃岐担当も兼任。愛媛、香川でのサッカーシーンをカバーする。ほか、「月刊J2マガジン」など、複数のサッカーメディアに寄稿する。ライターとしてのスタイルは、サッカーで言えばボランチタイプであると自負する。