J論 by タグマ!

僕はJリーグが大好きだ

このリーグに対して狂おしいまでの情熱を注ぐ奇才・土屋雅史がオマージュを包含しつつ、愛を語る。

3月7日にJ1、8日にJ2、そして15日にはJ3リーグが開幕を迎える。それぞれのクラブがそれぞれの決意を胸に秘め、それぞれの目的地を目指して走り始める。もちろんサポーターにもまた、それぞれの楽しみ(と不安)があるだろう。今週のJ論ではそんな開幕をサカナにして、各論者が好き勝手に語り尽くす。第3回はこのリーグに対して狂おしいまでの情熱を注ぐ奇才・土屋雅史がオマージュを包含しつつ、愛を語る。

▼あふれる「大好き」
 僕はJリーグが大好きだ。

 今週末にまずはJ1とJ2から我々の元へ帰ってくる。今シーズンはJ3への参入を決めたレノファ山口FCを合わせて52のクラブが、それぞれのスタジアムで週末ごとに一喜一憂を繰り返すことになる。そして、そんな52のスタジアムには、思わず足を運びたくなる”大好き”が無数に溢れている。

 僕は『小瀬の警備員」が大好きだ。

 諸室が並んでいる1階から階段を上がり、記者席や放送席へ向かうための中2階にある出口。そこにはいつも警備員の方が、自動ではない扉を開けるために立っている。我々が通るとその度に扉を開けて、閉める。開けっ放しにすることは基本的にない。開けて、閉める。「お疲れ様です」。言葉も必要最低限しか発しない。決して微笑むこともない。扉を開けて、閉めるのが任された仕事だ。

 でも、小瀬の試合でゴールが決まった時、僕が真っ先に思い浮かべるのはその警備員の方の姿だ。長年仕事を積み重ねてきた感覚で、スタンドから聞こえてくる歓声が何を表すかは、きっとスタジアムの誰よりも熟知しているに違いない。ヴァンフォーレのゴールに沸くサポーターの歓声が聞こえてきた時、あの警備員の方はどういう顔でそれを聞いているのか。思わず小さなガッツポーズぐらい出てしまうのだろうか。それとも、いつもと変わらずクールにやり過ごしているのだろうか。実は前からそれが凄く気になっている。僕は『小瀬の警備員』が大好きだ。

 僕は『グリスタのシャトルバス』が大好きだ。

 2008年のJFL時代に初めてそのシートに腰を下ろしてから、8シーズン経った今でもそのバスは当時と変わらずに無料で乗車することができる。最初は路線バスのそれだった使用車両も(それはそれで凄く趣があった!)、チームが主戦場を置くカテゴリーが上がり、利用者の数が増えるにつれて、観光バス仕様にバージョンアップしながら、今でも無料を貫いている。そのあたりに、栃木SCを支援しようとする地域の気骨がうかがえる。

 宇都宮駅東口のコンコースを歩き、階段を下りてバス乗り場へ向かうと、年配のボランティアの方が「こんにちは」と迎えてくれる。グリスタに到着してバスを降りると、やはり年配のボランティアの方が「こんにちは」と迎えてくれ、スタジアムへ向かう背中へ「いってらっしゃい」と柔らかい言葉を掛けてくれるのだ。彼らの何気ない「こんにちは」と「いってらっしゃい」は、僕がグリスタを訪れたいと思う小さくない要因の1つに間違いなくなっている。僕は『グリスタのシャトルバス』が大好きだ。

 僕は『西京極の電光掲示板』が大好きだ。

 グリスタ、小瀬、鳴門大塚とかつての仲間が次々と”ビジョン”という近代化に舵を切っていった中で、西京極のそれはまさに昔ながらの”電光掲示板”だ。試合中の選手名はすべてカタカナで表示されており、田中マルクス闘莉王は潔く”トゥーリオ”で乗り切ったものの、デイビッドソン純マーカスが来襲した際に発生したであろう、担当者の苦悩は想像に難くない。

 また、その電光掲示板における最大の見所は”ドット絵”とも呼ばれる、電球の2色のみで表示された選手紹介の顔だ。そのあまりにも個性的な表現方法は、訪れるアウェイサポーターの心を捉えて離さない。とりわけ昨シーズンのサンガを率いたバドゥ監督の”ドット絵”は、トレードマークのサングラス部分を忠実に黒で塗り潰しており、ある意味では本人以上の存在感を放っていたことを記憶している。どうやら来シーズンまでにはLEDの大型ビジョンが落成するということで、我々があの名物を堪能できる時間も決して長くはないようだ。ホームサポーターには賛否両論あるようだが、個人的には西京極を訪れる際の大きな楽しみになっている。僕は『西京極の電光掲示板』が大好きだ。

 僕は『アルウィンの選手入場』が大好きだ。

 スタジアムDJの掛け声とともに両チームの選手が入場してきた瞬間、アルウィンのスタンドにはグルグルと振り回されたタオルマフラーの花が咲き乱れる。ホームのゴール裏は言うに及ばず、メインスタンド、バックスタンド、そしてアウェイゴール裏の一角でも、その美しい花は力強く咲き誇る。性別や年齢、国籍は関係ない。例外なくスタンドに詰め掛けた山雅サポーターはタオルマフラーを振り回して、90分間の闘いへと赴く”緑の友”を勇気付ける。J2初年度からチームに在籍している喜山康平は、以前その光景についてこう語っていた。「毎回毎回力になりますし、本当にお年寄りから小さい子供までタオルを回してくれるので、凄く心強いです。幸せなことだと思いますし、当たり前だと思ってはいけないですよね。感謝の気持ちを持ってやっています」。初めてその光景を見た時、僕は鳥肌が立つような感動を覚えた。そして何回かの”選手入場”を経験した今でも、その気持ちは変わらない。

 今シーズン、山雅がJ1に昇格してきたことで、僕はあの光景を中継することができるという幸運に恵まれた。北は札幌から南は大分まで。4シーズンに渡って全国中を駆け回り、毎週末を共に過ごしてきた信頼の置ける我が中継スタッフにも、ようやくあの光景が見せられる。スタンドに咲き乱れる花々を見た彼らにどんな心境が押し寄せるのかを想像すると、今からその日が待ち遠しい。僕は『アルウィンの選手入場』が大好きだ。

 Jリーグを取り巻く環境には、”大好き”が無数にあふれている。

 うまくいかないことも、泣きたくなるようなことも、目の前の”大好き”に身を委ねてしまえば、一瞬で吹き飛んでしまうかもしれない。

 大好きなクラブの、大好きな選手を、大好きなスタジアムで、大好きな仲間と見る。もちろん1人で大好きなサッカーを見たって構わない。

 自分の”大好き”が誰かの”大好き”へと変わり、誰かのそれが自分のそれに変わっていく連鎖が、きっとJリーグの魅力を一層高め、一層広げていくはずだ。

 僕はそんなJリーグが大好きだ。

土屋 雅史(つちや・まさし)

1979年生まれ、群馬県出身。群馬県立高崎高校3年で全国高校総体でベスト8に入り、大会優秀選手に選出される。早稲田大学法学部卒業後、2003年に株式会社ジェイ・スポーツへ入社。同社の看板番組「WORLD SOCCER NEWS 『Foot!』」のスタッフを経て、現在はJリーグ中継プロデューサーを務める。近著に『メッシはマラドーナを超えられるか』(亘崇詞氏との共著・中公新書ラクレ)。