「ジャスティス」岡田正義が語る審判論【2】不信感を与えないためにレフェリーは正直になることも大切
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「ジャスティス」岡田正義が語る審判論【2】不信感を与えないためにレフェリーは正直になることも大切(J論プレミアム)
日本初のプロ審判としてJリーグやW杯などの舞台で笛を吹き、サッカーファンから「ジャスティス」の愛称で親しまれた元国際主審の岡田正義氏。
昨今、たびたび議論になるレフェリーという存在を、プロ主審の第一人者はどう見ているのか?
誤審問題や判定基準の変更、VARの導入などについて解説いただきながら、レフェリーを取り巻く環境や未来についても語ってもらった。
(前編:「ジャスティス」岡田正義が語る審判論【1】今季、VARがあればレフェリーが救われていたケースはいくつもある)
■サポーターから大ブーイング。いまだ忘れられない苦い思い出
――今年、IFABは競技規則の改正を行い、Jリーグでは8月から適用されています。この度のルール変更はどう受け止めていますか?
「ひとつはハンドリングの基準がグレーな部分を残しつつも以前よりわかりやすくなっています。また、フリーキックの場面で、壁が3人以上いるときは相手選手が1メートル以内に近づけなくなりました。そのため壁の中でのもめ事がなくなり、レフェリーがコントロールしやすくなっています。ボールがレフェリーに当たって攻撃方向が変わった場合、ドロップボールで再開する変更はとてもいいですね。現役時代、私は不覚にもアシストしてしまった苦い経験があって」
――聞かせてください。
「ベルマーレ平塚(現湘南)と柏レイソルのゲームでした(1999年5月29日、J1 1stステージ第15節。平塚1‐2柏)。平塚の選手がペナルティアーク付近でクリアしたボールが私の胸に当たり、柏の選手がダイレクトでシュート。いまでも鮮明に憶えてますよ。入らないでくれと見送ったら、右上の隅にきれいに突き刺さった。それでホームの平塚は負けてしまい、サポーターから大ブーイングを浴びました」
――本当にすまんと思いつつ、ピッチから引き上げることに。
「そのとおりです。あのとき現在のルールがあったら、笛を吹いてドロップボールからの再開で事なきを得たんですけど」
――聞いているだけで身体の芯がキュッと縮こまるエピソードです。プレーに関与しないという点で、意外性のある試みを仕掛けてくる選手は対応しづらい面がありませんか?
「予期できないプレーをする選手の近くは、ポジションが取りづらいというのはありますね。記憶にあるのは、元コロンビア代表の(カルロス・)バルデラマ。彼の巧みなキックフェイントに引っかかり、つまずいたことがありました」
――この選手はシミュレーションやダイブの常習者だと頭に入れておくことは?
「予備知識としては持っていますが、基本的には選手を色眼鏡で見ることはありません。思い込みは目を曇らせますから、その場で事実を見極めることが何よりも大事」
――あるベテラン選手から、レフェリーと呼びかけるより、〇〇さんと話しかけたほうが円滑なコミュニケーションが取れると聞いたことがあります。
「それはありますね。私も選手の名前を知っていればそうしていましたが、すべての選手を把握するのは難しかったので背番号で呼ぶことが多かったです」
――時代の流れで、選手との関係がスマートになっている面は?
「リーグやクラブが選手たちにフェアプレーを求め、それが着実に浸透してきている影響が大きいと思います。昔のように、最初に一発削っておけみたいなプレーはほぼ見られなくなりました。レフェリーともしっかりコミュニケーションを取り、オープンマインドで接しようとしてくる選手が増えてますね。互いに協力していいゲームをつくっていこう、と」
――レフェリーのキャリアを積むに従い、どのあたりに成長を実感できるものですか?
「常に冷静さを失わずに判断できるようになったことでしょうか。経験の浅い頃は自分は冷静のつもりでも、あとで映像を見返すとなぜあんなジャッジをしたのか不可解に思うことがありました。場の空気に舞い上がり、いつの間にか平常心を失っていたのでしょう。経験を重ねて選手とのコミュニケーションスキルが身につき、よりプレッシャーのかかるゲームを経験することでメンタルは強くなるものです」
――ゲームをコントロールするうえで最も大切になるのは?
「的確な判定を出し続ければ、選手は不満を持ちません。しかし、角度によっては問題の場面が見えなかったり、グレーな部分が生じ、選手の見方との食い違い出てきます。ですので、まずは正しい判定するためのポジションに立つことが大事。グレーな部分であっても、近くで見ていたレフェリーがそう判断したのなら仕方がないと選手は納得してくれます。こうした説得力のある判定をしていくと同時に、正直になることも大切です。たとえ相手が納得しなくても自分の考えをきちんと伝え、コミュニケーションを取っていく。見えなかったときは、悪い見えなかったんだとありのままを話すこと」
――もし時間を巻き戻してやり直せるなら、と悔いを覚えるゲームはありますか?
「そうですねえ。強いて言うなら、1995年のワールドユース(現U-20ワールドカップ)。オランダとホンジュラスのゲームになります。そのとき初めてFIFA主催の大会で笛を吹かせてもらったんですね。ところが、ホンジュラスに4人の退場者出し、後半30分あたりに5人目が負傷してピッチから出て、後半30分あたりで6人に。交代カードも使い切っていました。ゲームを成立させるために必要な7人を下回り、そこで試合終了になってしまったんです。結果はその時点のスコア、7-1でオランダの勝利。自分にもっと経験があれば、90分やらせてあげることができたと悔やまれます」
――荒れたゲームになった発端は、最初の基準の示し方にあったんでしょうか?
「私が最初からきちんとファールを取っておけばよかったのに、判定が甘かったんです。そのうちゲームがヒートアップし、ホンジュラスがガンガンいくようになっていった。そこで出し始めたイエローが基準になり、結果的に多数の退場者を出すことに」
――選手の立場からすれば「この程度のラフな当たりは流してもらえるはずだ」と解釈したのかもしれません。
「おそらくそうだと思います。翌日の反省会では『最初の10分、15分の基準が大事だった。そこで明確に示していれば、あんな荒れたゲームにならなかったね』と言われ、その通りだなと痛感しました。FIFAの大会で、人数不足で不成立になったのはそれが最初だったそうです。今後も起こることはないでしょう」
――犯罪行為ではなく、あくまでサッカーのゲームのなかでの出来事。大抵のことは何年か経てば笑い話になるものでしょうが、しこりは残り続けますか?
「いや、笑って振り返られるとは限らないですね。常にベストを尽くしていましたけど、映像で見ると違っていたことは何度もあります。自分のジャッジによって、被害をこうむった方がいる。片一方が得をし、もう一方が損をした。その事実はいつまでも変わりませんので」
――2010年、岡田さんは52歳で現役から退きました。やり切ったという感覚でしたか?
「レフェリーはポジショニングが非常に重要で、適切なゲームコントロールをするためには準備が50%以上を占めるというのが私の持論です。ところが、引退を決める1年前からフィジカル的にベストな状態に調整するのが難しくなっていました。最後のほうはふくらはぎの筋膜炎を抱え、前半をどうにか乗り切り、残り45分をがんばろう。90分を無事に終えられたら、ほっと胸をなで下ろす。その繰り返しでした」
■試合後にサポーターと隣の席で飲んだことも……
――そして、現在は個人事務所『ジャスティス企画』代表。シャレが利いてて、いいですね。サッカーファンから親しみを込められてそう呼ばれていることはご存知でしたか。
「試合前、フィールドチェックをしているときによく聞こえました。ああ、私のことだなと」
――試合中、選手からは?
「選手からのジャスティスはなかったです」
――そんな呼び方をしようものなら、もしやイエローカードの対象に?
「いえいえ、出さないでしょう」
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