【東京V】【トピックス】検証ルポ『2018シーズン 緑の轍』終章
【無料記事】【トピックス】検証ルポ『2018シーズン 緑の轍』終章(18.12.29)(スタンド・バイ・グリーン)
終章 年の瀬の静かな夜
■どれほどの人たちが、あの一戦に懸けていたのだろう
12月某日、僕は立川駅南口のイタリアン『IVROGNE』(イブローニュ)で家族と夕食を囲んだ。シェフは気のいい緑者である。
立川産柔豚肩肉のグリル(立川に養豚場があったとは)、野菜の肉巻きと出てくる料理を次々に平らげつつ、話題は自然と今季の東京ヴェルディのことになる。
「最後の磐田戦、Nくん夫妻が来てくれて、店で一緒に観戦したんですよ。あの試合は全然チケットが取れなくて」
シェフの言うNくんともよく見知った仲だ。十数年前、東京Vとフットサルを通じて仲よくなった。カウンターで肩を寄せ合い、小さなモニターを食い入るように見つめる様子が目に浮かぶようだった。
僕は、想像する。どれほどの人たちが、そうしてあの一戦に懸けていたのだろう。自宅で、あるいはスポーツバーに集まって。北口の緑の巣窟である『Restaurant Bar STOLAS』(ストラス)は貸切り営業という話を聞いていた。
場所は違えど、それぞれの気持ちを持ち寄って、みんなが同じものに思いを傾けた。そして、結果はもう見てのとおりで、J1の扉をノックしたのはたしかだが歴然たる差も感じられ、結局、あと一歩だったで終わるのが口惜しく、やるせなく、無念で、とにかく目標に手が届かなかったことを知った。
シーズンの最後に求めていたものは手に入らなかった。だが、ここで直面した数々の出来事はクラブの財産になり得る。2年連続のプレーオフ出場によるチームの経験値。Jリーグバブル以降、ほとんどの人が初めて体験したチケット争奪戦もそうだ。
今季の1試合平均入場者数は5936人。2017シーズンの6206人を下回った。本来は100でも10でもいいから、最低限、上積みをしなければならなかったところである。昨季のホーム最終節、徳島ヴォルティス戦の1万4541人をきっかけにできればと考えたが、一過性のものに終わらせてしまった。クラブが思い切ってチャレンジする、目立った施策を打ち出せなかったのを残念に思う。
潜在的なファン層の豊かさは証明済みで、新規の開拓とともに眠れる資産を掘り起こさない手はない。あらためて緑の染みつきに気づいた人たちに振り向いてもらい、来季にどうつなげるか。ここが上向いていかなければ、クラブの本質的な発展はない。
過去にない文化を持ち込んだ2年間のロティーナ体制が終わり、東京Vのスタイルの見直し、揺り戻しは間違いなくある。それは自然の摂理だ。縁あって僕たちは出会い、充実した時間を過ごさせてもらった。丹精込めて植えつけたもので先々に生かせるものは生かし、針の動きはちょうどいいところを見つけたい。
ロティーナ監督が度々話の例に挙げたFCバルセロナだって、元はカタルーニャの土壌にスイス人のカンペールやオランダ人のヨハン・クライフといったよそ者が新たな風を吹き入れた、異種混合文化が根底に流れる。そうして右へ左へと揺れ動きながら、クラブカラーやチームのスタイルは定まってゆく。これまで体制の変更によって極端な方向に針が振れ、その都度、目障りなものを排除し、貴重な積み荷を降ろしてきたのが東京Vの航海の歴史だ。
キャプテンの井林章は東京Vでの在籍6年間、227試合11得点の堂々たる実績を残し、生まれ故郷であるJ1のサンフレッチェ広島からオファーを受け、旅立つことになった。あのひょうひょうとしたキャラクターで周囲の信頼を得て、成功を勝ち取ってほしいと切に願う。
別れがあれば、また新たな出会いもある。なかなか消えてくれない苦みと、胸に残る熱さと。ふたつを噛みしめる、暮れの静かな夜が更けていった。
(検証ルポ『2018シーズン 緑の轍』終章、了)
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