悪いオトコとしての松本山雅。その劇場は、地域決勝からJ1へと旅立つ
旅に生きる論者・宇都宮徹壱。早くから松本を追い掛けてきたこの男は、遠きにありて松本の未来を思う。
<写真>2009年、地元アルウィンで念願のJFL昇格決めた (C)宇都宮 徹壱
▼バルセロナにて
松本山雅FCのJ1昇格の報を知ったのはTwitter上でのことであった。その時、私はスペインのバルセロナにいた。
その日はカンプ・ノウでバルサ対セルタを観戦することになっていたが、J2の動向も気になって仕方がなかったのである。結局バルサは、ホームでセルタに73年ぶりに敗れて首位陥落。貴重なものを見せてもらったと思うのだが、レベスタで山雅の昇格の瞬間に立ち会った皆さんのほうがはるかに「勝ち組」であったように思う。
山雅といえば、私は2年前に『松本山雅劇場 松田直樹がいたシーズン』(カンゼン)というノンフィクション作品を上梓している。これは11年のJFLからJ2に昇格したシーズンを追ったものだが、そもそも私がこのクラブに注目するようになったのは、JFL昇格を懸けて毎年11月下旬から12月上旬に行われる、全国地域リーグ決勝大会(地域決勝)がきっかけであった(※今年は前倒しの日程で開催)。
07年から3大会連続でこの大会に挑戦した山雅は、地元アルウィンで決勝ラウンドが行われた09年大会で見事優勝し、3度目の正直で念願のJFL昇格を果たした。なお、この時の観客数は10,965人と発表され、今なお地域決勝での最多入場者記録となっている。
▼「地域決勝」というステージ
この地域決勝という大会については、初めて取材した05年以来、私は毎年必ず会場に赴いている。そして厳しいレギュレーションを勝ち抜き、見事JFLの切符を手にした選手と関係者、そしてサポーターの喜ぶ姿を見届けるたびに、さながら卒業式に立ち会っているようなセンチメンタルな気分になったものだ。そんな地域決勝の取材も、今年でちょうど10年目となる。
これまで巣立ちの瞬間を目撃してきたクラブは、J2に7、J3に10、そしてJFLに6(一度九州リーグに降格となって、その後復帰を果たしたホンダロックSCを含む)、合計23クラブとなった。ただし、私が見てきた過去9大会でJ1にまで辿り着いたのは、今回の山雅が初めてである。
余談ながら、その前にJ1昇格を果たしている「卒業生」となると、1997年大会のアルビレックス新潟まで遡らなければならない。今回の山雅の快挙がいかに記録的なものであるか、地域決勝というフィルターを通してみてもご理解いただけるだろう。
思えばこれまで、いろんなタイプの「卒業生」を見送ってきた。まったくノーマークの存在から並み居る強豪に競り勝って優勝したTDK SC(現・ブラウブリッツ秋田)、固い守備と質の高いパスワークで旋風を起こしたカマタマーレ讃岐、震災の翌年に大願を果たした福島ユナイテッドFCなどなど……。そんな中で山雅は、際立って印象深い存在であった。まず、地域リーグ屈指のサポーターの数の多さ。そして「落ち着きのなさ」である。
「落ち着きのなさ」とは、どういうことか。それはサポーターの期待や予想を、良くも悪くも裏切り続けるという意味である。「今日の相手なら大丈夫だろう」と思ったらあっさり負けてしまい、「もはやこれまで」と覚悟を決めるといきなり5連勝してしまう。それなりに実力はあるはずなのに、なぜかそれをコンスタントに発揮することができないのである。
「だったら最初からがんばれよ!」と、サポーターの誰もが何度、そう思ったことだろう。ところが山雅は毎シーズン、尻に火が点くぎりぎりまで不安定な戦いを続けていた。ゆえにサポーターは、2009年のJFL昇格でも、2年後のJ2昇格でも、必要以上の絶望と歓喜を繰り返し味わうこととなったのである。やがて彼らは、自分たちを振り回し続けるクラブに対し、少しシニカルなニュアンスを込めて「山雅劇場」と呼ぶようになった。
▼卒業生、J1を征く
もっとも、私がこれまで出会ってきたサポーター、特に地域リーグ時代から応援してきた古参サポーターには、この「山雅劇場」にすっかりやられてしまった人が少なくない。彼らは気が付くと「オレが(ワタシが)支えないと!」という使命感を帯びるようになる。
ある女子サポは、そんな山雅を「悪いオトコみたい」と評していた。まさに至言だと思う。山雅の集客が飛び抜けているのは、もちろんアルウィンの存在も大きいが、地域リーグ時代から続く「山雅劇場」という要素もまた、決して看過すべきではないだろう。
ところが、である。今季の山雅は違った。第22節にジュビロ磐田と入れ替わって2位に浮上すると、そのまま自動昇格圏内をキープしたまま快進撃を続け、残り3試合を残して早々にJ1昇格を決めてしまう。
「尻に火が点いたら本気出す」という山雅劇場は、今季は微塵も感じられなかった。いやむしろ、反町康治監督が率いて3年目となる山雅は、憎らしいまでに手堅く、かつ盤石であったとさえ言えよう。「昔は落ち着きがなくて、みんなに心配かけていた、あの山雅がねえ」と、往時を知る者としては「卒業生」の成長ぶりに、ただただ目を丸くするばかりである。
劇場から盤石へ。この3シーズンで大きく変貌を遂げた山雅だが、彼らがJ1でどこまで戦えるのかはわからない。が、J2の時のように勝てる試合は少なくなるだろうし、「地域密着の成功例」ともてはやされる山雅に対して「ちょっとシメてやろうぜ」と凄んでくる先輩J1クラブも出てくるはずだ。
それでも選手、スタッフ、そしてサポーターには、山雅らしさを臆することなく、トップカテゴリーのピッチ内外で存分に発揮してほしい。かくいう私は、新たなステージでさらなる成長と進化を遂げる頼もしい「卒業生」の姿を、少し遠めから見守ることにしたい。
宇都宮 徹壱
写真家・ノンフィクションライター。1966年生まれ。東京出身。 東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、1997年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」 をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。『フットボールの犬 欧羅巴1999-2009』(東邦出版)は第20回ミ ズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。2010年より有料メールマガジン『徹マガ』を配信中。http://tetsumaga.com/