「川崎フロンターレを追いかける者として、抱いている思いと願い」江藤高志/後編【オレたちのライター道】

"ライターの数だけ、それぞれの人生がある"。ライターが魂を込めて執筆する原稿にはそれぞれの個性・生き様が反映されるとも言われている。J論では各ライター陣の半生を振り返りつつ、日頃どんな思いで取材対象者に接して、それを記事に反映しているのか。本人への直撃インタビューを試み、のちに続く後輩たちへのメッセージも聞く前後編のシリーズ企画がスタートした。第6回は『川崎フットボールアディクト』の江藤高志氏に話を聞いた。
(前編「ライターになるきっかけとなった転機と動機とは?」)

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ーー取材先の軸が大分から川崎に移ったプロセスを聞かせてください。

江藤 02年には日韓W杯が開催されるため、開催地である大分のJクラブがJ1にいなければ格好がつかないだろうと、大分は01年に大量補強を敢行します。ベルギー人のスターレンス、ポーランド人の元浦和・クビツァ、崔文植(チェ・ムンシク)という技巧派の韓国人選手がやってきて、外国籍選手はすべて国籍が違う陣容となりました。でもチームはうまくいかず空中分解し、1クールでイシさんは解任されてしまいます。

その一方で00年をJ1で戦った川崎はJ1最下位でJ2に戻ってきましたが、01年のコーチングスタッフはピッタと堀井美晴さんの二頭体制でした。ところがこれがうまくいかず、チームはまとまり切れていませんでした。それで新任のGMが体制を一新すべくコーチングスタッフを入れ替え、後任の監督として大分を解任されたばかりのイシさんが就任しました。

シーズン中に同じカテゴリーで監督が他クラブへスライドするケースは稀で、オファーは来ないだろうとスペインにコーチ研修に出かけようとしていたイシさんに監督就任を打診して急転決まったという経緯です。イシさんの監督就任会見に取材へ行ったことが、川崎との接点のスタートになりました。

ーーイシさんの川崎監督就任が、川崎との出会いだったのですね。

江藤 01年の大分は結局、後を引き継いだ小林伸二さん(現・清水監督)もJ1昇格を逃しますが、翌年にはJ1昇格を果たし、J1を戦った03年も取材しました。その傍らで03年からJ2全体の担当を始めたJ'sゴールの取材もあり、昇格争いに本格的に関わった03年にフロンターレを取材する比率も上がりました。その翌年の04年から正式にJ'sゴールのフロンターレ担当になったことで、フロンターレに専念する取材歴が始まりました。04年は関塚隆監督初年度。それからはずっとフロンターレの取材を続けています。

▼"等々力劇場"が生まれるまで

ーータグマの『フットボールアディクト』を始められたタイミングはいつですか?

江藤 2014年の9月ぐらいに声をかけていただいて、2015年の2月1日からスタートしました。3年目のシーズンに突入しています。

ーー江藤さんが思う川崎フロンターレの魅力や取材をする上での原動力は何ですか?

江藤 クラブを取り巻く温かさです。03年は勝ち点1差で昇格できなかったのですが、シーズン終了後にクラブから発売されたイヤーブックにコラムを書いた4人の記者がサポーターの応援が素晴らしいと絶賛していました。03年ぐらいから観客数が増え、応援に迫力が出てきました。ただ、勝ち点1差で上がれなかった試合のあともサポーターは「上がれなかった悔しさはあるけど、サポーター以上に選手のほうが悔しいだろうから、また来シーズン頑張ろう」という温かさもありました。

勝ち点1差で昇格を逃したスタジアムの雰囲気が、初代機動戦士ガンダムの最終回のシーンに似ているんです。ボロボロのコアファイターから這い出るアムロ・レイをホワイトベースの仲間が迎え入れる。このシーンの前後にアムロが「僕には帰れるところがあるんだ。こんなうれしいことはない」というセリフを口にしてるんですが、この場面が頭の中でシンクロしていました(笑)。

いまや等々力の雰囲気はブランド化しています。フロンターレの選手も好きだと言いますし、異様な雰囲気だと言うアウェイチームの選手もいます。等々力に来た"一見さん"をも魅了する雰囲気があると思いますが、その走りが03年です。ガンダムの話はフットボールアディクトを立ち上げた頃のコラムでも書いています。

ーー一方では、そういうクラブを取り巻く温かさがタイトル獲得を果たせない原因になっているという厳しい声も聞かれます。

江藤 だからこそタイトルを獲って、そうした声を払拭してほしいですね。ガンバから来た阿部浩之が言っていたのですが「ガンバなどは一回負けたり引き分けるだけでブーイングが出る」と。でもたしかにそういう厳しさがあるから優勝できるという声もあることは分かっています。だからこそアットホームなフロンターレでも優勝できるという実例を示してほしいと思っています。勝てなくて殺伐として、そういう空気に鍛えられずとも勝てるということを。

もう何度も壁に阻まれていますが、フロンターレのサポーターは絶対にその路線を曲げません。サポーターも悔しいけど、一番悔しいのは選手たち。選手選考も目の前で日々見ている監督やコーチングスタッフが決めていることですし、その現場を一番近くで見ているフロントが決めたチーム編成であり、監督人事だという信念を貫いています。サポーターはクラブが決めたことをサポートする。僕はそういうフロンターレサポーターのスタンスが好きです。Jリーグで欧州のような殺伐とした雰囲気を出す必要はありません。アットホームな雰囲気で勝てるチーム作りができると僕は信じていますし、フロンターレサポーターのスタンスに賛同します。

▼『フットボールアディクト』の方針


ーー『フットボールアディクト』の記事を書く上で大事にしていることは何ですか?

江藤 一人よがりにならずに、サポーター目線を心がけていることと、選手の声をできるだけ引用して書いています。あとは硬軟織り交ぜていくことも意識しています。

ーー柔らかいネタという意味では「♯オフログ」がその象徴かなと思います。

江藤 サッカーチームは勝負に対してピリピリしているだけではないですよ、ということも伝えていきたいと思い、始めました。釣り部などは我ながら面白く書かせてもらいましたが、名人(西部洋平)が移籍してしまったのが残念です(笑)。

ーー何か新たなチャレンジは考えていますか?

江藤 僕自身、ネットコミュニティが一つのきっかけにもなったので、フロンターレ好きが集まってワイワイやるとか、フットボールアディクトを柱としたコミュニティを作り、ファン・サポーターの集まれる空間があったら良いなと思っています。気軽に集まって、気軽に話ができる場を作りたいですね。

ーー『フットボールアディクト』をやっていて良かったなと思うことは?

江藤 書いた原稿を褒めてもらえることがうれしいですね。また読者の方の購読料があって取材を続けられていることには感謝しかないです。J'sゴールが一時閉鎖となったことで、アディクトがなければ15年には廃業の危機でしたから感謝しても感謝し切れないですね。

▼積極性が鍵を握る世界

ーーそれでは、最後にこれからこの業界を目指す若手ライターへのメッセージを聞かせてください。

江藤 憧れだけ入ってくることは危険な業界です。華やかに見える世界ですが、文章力があって、人当たりが良いだけでは食べられません。稼ぐことができて初めて生計を立てられる世界です。それが10数年、この仕事をしてきて分かったことです。

若いうちは「これは自分のキャリアにとって必要なことだ」と言い聞かせて、稼げていないことの言い訳にしがちです。ただそのまま安い仕事ばかりで歳を取れば、後戻りはできません。僕も稼げている訳ではありませんが、自分のことで言えば例えばヒッチハイクをするときに段ボールに行き先を書いて、声をかけてくれる人を待つ僕のスタイルではなく、いろいろな人に自分から話しかけて、乗せてくれる人を見つける。それぐらいの積極性がある人でないと難しいと思います。でも、物怖じせずにガツガツ行ける人は稼げる可能性がある。そういう人は、この業界の門を叩いても後悔はないのかなと思います。

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【EXTRA TALK】
取材のお供はiPhone

江藤 無印良品の商品だけど、ファミリーマートでしか売っていないこのノートもこだわりの一品ですが、iPhoneも大事な商売道具です。Appleで買ったSIMロックフリーの機種で海外でも現地SIMを刺してアジア各地で活躍してくれました。高いキャリアの契約をMVNOに切り替えてコストカットしていますし、家計にも優しいです。

【プロフィール】
江藤 高志(えとう・たかし)
大分県中津市出身。座右の銘は感謝と反省。大分トリニティのおかげで故郷を見直せた。川崎フロンターレの温かさが生きがいに。90年台初頭のカズは僕にとってリアルに神様だった。現在、タグマ!で『川崎フットボールアディクト』を運営中。

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