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乾坤一擲。中村北斗、愛する福岡を”約束の地”へと導いた男

J1復帰を引き寄せる同点ゴールを決めた中村北斗の秘めたる思いに、福岡の番記者・中倉一志氏が迫った。

Jリーグは、そのレギュラーシーズンを終えてポストシーズンに突入。最後の勝者になろうとしのぎを削っている。シーズンの命運を決する”最後の戦い”に焦点を当てたポストシーズンマッチレビュー。第7回はJ1昇格プレーオフ決勝を制したアビスパ福岡にフォーカスし、J1復帰を引き寄せる同点ゴールを決めた中村北斗の秘めたる思いに、福岡の番記者・中倉一志氏が迫った。

▼87分。”昇格決定弾”のプロセス
「あそこで中村北斗にこぼれたというのは、みんなの気持ちがそういうふうにさせたのかなと思う」(井原正巳監督)

 そのゴールは87分に生まれた。

 始まりは中村北斗のボール奪取。そして、北斗から受けたボールを中原貴之が落とした瞬間に、福岡の攻撃のスイッチが入るーー。それをフォローして持ち上がったのは坂田大輔。その坂田からのスルーパスを受けて金森健志が果敢にしかける。

 その動きに呼応して左サイドをオーバーラップするのは亀川諒史。金森からのパスを受けた亀川は、GKと最終ラインの間にグラウンダーのパスを流し込む。そして最後を締めたのも中村北斗。亀川のクロスはファーサイドに流れたように見えたが、それが分かっていたかのように走り込んできた。

 渾身の力を込めて振り抜く右足。揺れるゴールネット。その瞬間、ゴール裏スタンドを埋め尽くした福岡サポーターの思いが爆発する。「みんなの魂を右足で突き刺した」(中村北斗)ゴール。福岡は5年ぶりのJ1復帰を果たした。

▼7年ぶりの福岡復帰へ期する思い
「J1昇格のために力になりたい」

 7年ぶりの復帰が決まったとき、中村北斗はそう話していた。福岡なら自分らしいプレーが見せられる。そうも話していた。「移籍をしても、自分の中ではアウェイの選手、よそ者の選手と思ってやっていた。福岡は、自分を築き上げた場所という思いが自分の中にあって、プレーしながら、やっぱり福岡だなあという感じがある」。北斗にとって福岡は特別なチーム。それはいまも昔も変わらない。

 ただ、序盤戦は思うようにコンディションが上がらず、葛藤を抱えながらのプレーだった。福岡なら、自分の良さをもっと、もっと発揮できると思いながらも、最大の特長である攻撃面での強引さを出せない日々が続いたからだ。左サイドの金森、亀川のコンビネーションが攻撃のストロングポイントになっているという事情も重なっていた。「アシストに絡むプレーだったり、高い位置でボールをもらう動きが強みになれば、自然とボールが集まってくるはず。まずは信頼を勝ち取ることが大切」。シーズン中には、そんな言葉も口にしていた。

 だが、博多の森のサポーターは北斗を応援し続けた。北斗にとって福岡が特別な存在であるように、サポーターにとっても北斗は特別な存在。彼自身がどうすることもできない事情でチームを離れたときから、いつかは必ず北斗と一緒に戦うという気持ちを持ち続けていた。かつて、韓国との親善試合で負ったひざのけがの影響は否定できなかった。けれど、北斗なら、博多の森球技場(現・レベルファイブスタジアム)を湧かせたプレーで、必ずチームを引っ張ってくれると信じていた。一緒に戦ってJ1に行くと決めていた。

 そして、北斗は、やはり北斗だった。「自分が結果を出して、北斗さんなら決めてくれるという信頼を勝ち取って、プレーでも、そうじゃないところでもチームを引っ張っていけるようになって、初めて自分がチームに戻って来た意味がある」。そうも話す北斗は、昇格に向けて最も大事な終盤戦に力を見せ始めた。第27節・大分戦でのシュートは、なぜかオフサイドの判定でゴールとして認められなかったが、「攻撃のところで結果が出れば、自分のコンディションが上がっていくのは前から思っていたこと」という言葉どおり、ここから北斗らしいプレーが増えていく。

▼久しぶりに響いた”北斗節”
 今季初ゴールは第38節、アウェイでの徳島戦。初ゴールの感想を尋ねると「もっとベンチが喜んでくれてもいいんじゃないかな(笑)」と、久しぶりに”北斗節”も飛び出した。そしてここからの5試合で3得点。特に第41節・愛媛戦では、結果的に2位の磐田に勝ち点で並ぶことになる貴重な決勝ゴールを挙げた。自分の中にある葛藤と向き合い、折り合いを付けながら戦ってきた北斗は、チームが少しずつ成長を重ねていったように、コツコツと自分を取り戻していった。リーグ戦で、そして雁の巣球技場で自信を漂わせる姿は、北斗の完全復活を思わせるモノ。「やっぱり福岡だなあ」。北斗はそうつぶやいた。

 そして、チームをJ1へ導くゴール。誰もが待っていた中村北斗のゴール。その瞬間、誰もが涙を流した。本人に、そんな話を伝えると、こんな言葉が帰って来た。

「いや、ゴールを一番決めてほしいと思われているのは城後(寿)でしょ。僕自身もそういう気持ちがある。自分は二番目、いや三番目くらいかな」

 それもまた、北斗らしい言葉だ。そして、こうも話した。

「古くから福岡を応援してくれているサポーターの中には、自分が決めることで喜んでくれた人もいると思う。もし、いまサッカー人生を終えると仮定すれば、一番何が残っているのかと聞かれたら、真っ先に思い浮かぶゴール」

 かくして、J1昇格を決めたいま、次のように話す。

「いまはホッとしている。けれど、J1が、そんなに甘くはないのは分かっている。もっと危機察知能力を上げないといけないし、今日の玉田さんのゴールがJ1のゴール。あれが当たり前になるので、もっと、もっとレベルアップしなければいけない。上がっても、すぐに落ちてくるのであれば意味はない。しっかりと土台を築きあげていきたい」

 福岡へ戻ってきた目標の一つは果たした。けれど、それはスタートラインに立ったという意味しか持たない。大切なのはこれから。J1で”福岡旋風”を起こすという気持ちを胸に、中村北斗は、これからもサポーターとともに戦い続ける。

【プロフィール】
中村 北斗(なかむら・ほくと)
1985年7月10日生まれ、30歳。長崎県出身。167cm/69kg。喜々津SSC→長崎FC→喜々津中→長崎FC→国見高校→アビスパ福岡→FC東京→大宮アルディージャを経て、2015年福岡に復帰。J1通算99試合出場5得点。J2通算129試合10得点(2015年12月9日現在)。

中倉一志

1957年2月生まれ。福岡県出身。小学校の時に偶然付けたTVで伝説の番組「ダイヤモンドサッカー」と出会い、サッカーの虜になる。大学卒業後は、いまやJリーグの冠スポンサーとなった某生命保険会社の総合職として勤務。しかし、Jリーグの開幕と同時にサッカーへの想いが再燃してライターに転身。地元のアビスパ福岡を、これでもかとばかりに追いかける。WEBマガジン「footballfukuoka」で、連日アビスパ情報を発信中。