J論 by タグマ!

ハリルホジッチと右翼のフットボール

西部謙司はハリルホジッチ監督の姿に故事を思う。曰く、「フットボールは二つに分類できる」と――。

3月27、31日とハリルホジッチ監督が就任してから初の国際Aマッチが実施される。招集されたメンバーは新顔を多数含む大所帯。『J論』では、「先発? 戦術? 記者会見? 私は新生日本代表の初陣でこの一点を注視する」と題して、あらためてこのシリーズにフォーカスする。ジャーナリストの西部謙司はハリルホジッチ監督の姿に故事を思う。曰く、「フットボールは二つに分類できる」と――。

▼つかみはOK
 ブラジルW杯とアジアカップで溜まったフラストレーションを解消するような連勝だった。ハリルホジッチ監督は最初の2試合で選手、メディア、ファンの気持ちをガッチリとつかんだに違いない。

 固定化したメンバー、ボールは持てるけど点が入らない煮え切らないゲーム展開、球際の弱さ……。それらを一新してみせた。バックアップも含めた異例の代表選手大量指名、しかしほぼ全員使い切り、対アジアと対W杯の2通りの戦術を試した。新戦力も旧戦力もそれなりの活躍をみせた。誰もが気になっていた部分にメスを入れ、ちゃんと結果も出してくれたので、大変スッキリした気持ちになれたわけだ。

 ただ、最初がこれだけ上手くいってしまうと続きが心配になってくる。

▼戦術的なテスト自体は不発
 チュニジア戦の3トップは永井謙佑、川又堅碁、武藤嘉紀のスピードスターを並べた。ウズベキスタン戦は本田圭佑、岡崎慎司、乾貴士のアジアカップ組が先発。チュニジア戦はW杯を想定した堅守速攻型、ウズベキスタン戦をアジア用のポゼッション型とみることができる。

 アジアとW杯、その間のギャップが大きいので、試合の半分以上を占める対アジアでの戦い方がそのままW杯への強化につながらない。日本の抱えている構造的な悩みだ。日本がボールを持つ時間が長い試合と、逆に相手に持たれる時間が長い試合、それぞれに対応できるチームであればそれが一番いい。

 ただ、どんな局面になっても強いチームというのは世界中探してもほぼない。昨季の欧州CLで優勝したレアル・マドリーはそれに近かったが今季はそうでもなくなっている。プランAに最適化したチームをプランBにも最適化させるのは、とてつもなく高いハードルなのだ。

 しかも、チュニジア戦もウズベキスタン戦も、それぞれの戦術に合ったメンバーを組みながら前半はどちらもあまり上手くいっていない。チュニジアを”強豪”と想定してみたものの実際にはさほど強豪でもなく、後半は疲労して前に出てこなくなった。

 日本がボールを支配する展開になったので、本田、香川、岡崎、宇佐美貴史を投入してリズムを変えて勝っている。ウズベキスタン戦は後半に水本を入れ、相手を引っ張り出してカタをつけた。

▼軸足をどちらに置くか
 堅守速攻とポゼッション、それぞれに最適化したメンバーでプレーすればそれなりに機能するとしても、公式戦で代えられるのは3人までだ。負傷を考えると、2人の交代でプランAをBに変更できなければならない。

 例えば、堅守速攻型でスタートしても、相手が先制して引いてしまえばカウンターのためのスペースはなくなる。ディフェンスラインの背後は20メートルしかない。そのときにはプランBを発動しなければならないが、それを2人の交代でやれるかどうか。また、首尾良く逆転に成功して再びプランAに戻したいときに残り1人の交代でそれができるか どうか。

 そもそもプランAとBを同等のレベルでやるのはまず不可能なのだから、どちらかに軸足を置かなければならない。

▼右翼のフットボール
「右翼のフットボールと左翼のフットボールがある」

 一生、左派にとどまると言った政治思想的にも左の人であるメノッティの言葉だ。アルゼンチンに初の世界一をもたらした名将による”右”の説明はこうなる。

「右翼のフットボールは『人生は闘いだ』と思い込ませる。そして犠牲を求める。我々は鉄にならなければいけない。勝つためにあらゆる方法が用いられる」

 ちなみにアルゼンチンサッカーにおける右翼の代表格はカルロス・ビラルドで、メノッティ派vsビラルド派は今でもときどき話題になっている。簡単に答えは出ないサッカーの神学論争だ。

 ハリルホジッチ監督は、メノッティ基準に当てはめれば相当に右寄りになる。というより、世界のサッカー自体がすっかり右寄りなのだ。メノッティは「大衆のためのフットボール」を掲げていたが、肝心の大衆が勝利以外に価値を見いだせなくなっている。問題にされるのは描かれた絵の美しさよりも、それがいくらで売れるかだ。

 ハリルホジッチ監督は「ビクトワール」をてっぺんに掲げて勝利至上主義を明言している。ドイツとイタリアに挟まれながら、どうやって強豪を倒そうかと機略をめぐらすのを常としていた旧ユーゴスラビア人にとって、勝つためにあらゆる方法を用いることこそが彼らのアートだ。

 整然としたゾーンの張り方、球際の強さ、相手のライン裏のスペースが20メートルになる前に仕掛けること・・最初の2戦で強調されていたことをつなぎ合わせると、90年代のヨーロッパを支配した「右翼のフットボール」そのものといっていい。

 これから負けられないアジアの戦いが続くことを考えると、ボール支配を前提とする従来路線の継承が無難そうだが、はたして新監督がそれで満足するかどうか。アジアカップ敗退が物語るように、日本は依然としてアジアの強豪ではあるが、以前ほどの優位性はなくなっている。少なくとも「自分たちのサッカー」という生ぬるいことを言い出すタイプではない。アイデンティティの追求に興味はないと思う。生きるか死ぬかの闘いの場で、やはり”右足”にウエイトをかけるのではないか。

 仮定の話で恐縮だが、香川・本田・岡崎の美しい連係に「日本」を見出しているファンにとっては、これから全く違うものを見せられるフランストレーションが待っているかもしれない。逆に、これまで見過ごしていた新しい可能性に期待するファンも現れるだろう。ハリルホジッチ監督は勝利のためには、「鉄」になって何かを踏みにじることも躊躇しないと思う。勝てば許されると知っているからだ。

“フィリップ・トルシエ”の免疫を持っている人々には目新しい事象ではないとはいえ、もう15年以上前なので知らない人も忘れている人もいる。老練な監督なのでスマートにやり切ってしまうかもしれないが、日本版メノッティズモvsビラルディズモをここらでもう1回やっておくのも悪くないかもしれない。

西部謙司(にしべけんじ)

1962年9月27日、東京都生まれ。「戦術リストランテⅢ」(ソル・メディア)、
「サッカーで大事なことは、すべてゲームの中にある2」(出版芸術社)が発売中。ジェフユナイテッド千葉のマッチレポートや選手インタビューを中心としたWEBマガジン「犬の生活」を展開中。http://www.targma.jp/nishibemag/