夢を笑い、挑戦を腐す国に未来などあるものか。四年後も、その先も、日本代表は大志を抱け

3戦を終えて、1分2敗。勝利の美酒に一度も酔うことのないまま、日本代表はブラジルの地を去ることとなった。この結末を受けて、何を考えるべきか。週替わりに複数の論者が一つのテーマを語り合う『J論』では、「敗退。コロンビア戦を受けて、日本サッカーが考えるべきこと」と題して、この問いについて議論したい。今回はJ論編集長・川端暁彦が、敗戦後に覚えた違和感について語る。大志、忘れるべからず。


▼出る杭を打つ精神性に思う
 一夜明けて、予定調和のような戦犯捜しが始まるのかと思ったが、どうやらこの国の大手メディアはたった一人の選手にすべてをかぶせる方針のようだ。

 単にプレーについての批評ならばいいだろう。実際、賛否が分かれるであろうパフォーマンスだった。しかし、「彼だけ」が悪かったのでないことは明らかだったとも思う。言ってしまえば、質の低いプレーをしてしまった選手はほかにいた。同時に彼が勝利のために一所懸命に戦っていたことに関しては、およそ疑う余地のないものだったとも思うのだが、これも見え方の違いだろうか。

 厳しさはあっていいと思うのだが、これは厳しさなどではなくて酷薄さではないか。強い言葉を放ってきた「生意気な若造」をやり込めるチャンスが来たとばかりに叩きまくる、出る杭を打ち込む快感に酔いしれる様には違和感しか覚えない。

 大きな夢を抱き、高い理想を掲げ、飽くなき挑戦をしてきた若者に対して、「ざまあみろ!」「だから言ったことじゃない」とばかりに冷笑と嘲罵を浴びせかけるのが、この国の老人たちの態度なのかと思うと、怒りを通り越して悲しみすら覚える。この流れから日本人が得る経験は、「普通が一番」「無難が一番」「失敗の可能性がある挑戦はしないほうがいい」「目標は達成できそうな低めのものを設定しておこう」「夢は語らないでおこう」という結論なのだろうか。「生意気な若僧を成敗してやった」と溜飲を下げている人たちは、一体この国の未来に何を望んでいるのか。

 次回大会に臨む日本代表選手たちがもしも「いや、ベスト16が精一杯の目標ですね」「前回は0勝だったので1勝できればいいんじゃないですか」「目標は特にありません」とか言い出したら、この人たちは満足なのだろうか。出る杭を打つのは気持ちいいのだろうけれど、その杭は日本の支柱になるかもしれないというのに。

▼成功の母を忘れるな
 本田圭佑が「優勝」を公言したときは正直に言って驚いた。長友佑都が同調してさらに驚いたけれど、前回大会で「ベスト4」という敗北を前提にした目標を掲げた経験を踏まえてのものだと察し、理解することはできた。「選手は優勝できるなどと自分の実力を勘違いしていた」という評論もあるけれど、勘違いしているのは評しているほうだろう。欧州の舞台で常に戦ってきて、実際に優勝候補筆頭のブラジルには大敗した彼らが、その「優勝できると自分の実力を勘違い」などできるはずもない。極めて厳しい目標設定だと分かった上で、それでもなお掲げた言葉が「優勝」だった。そこに込められた志について、私は今でも好ましいものだと思っている。

 今回の日本代表は最終的に失敗した。それは紛れもない事実だ。ただ、夢を抱き、挑戦をしたこと自体を、チャレンジした精神性自体を攻撃するのは、未来の可能性を摘み取るだけだ。

 私は4年後の日本代表にも、8年後の日本代表にも、36年後の日本代表にも、大きな夢を語ってほしいと思うし、それに挑戦してほしいと思っている。そして同時に、そうやっていくら失敗を重ねてもなお継続するくらいでなければ夢なんてかなうはずがないとも確信している。夢も語れないヤツが、挑戦する前からあきらめているようなヤツが、強くなれるはずがないのだ。

 この大会で本田の夢はかなわなかった。日本代表は負けた。その事実は率直に受け止めるべきだし、敗因の検証もなされるべきだろう。ただ、「本田個人が大きな夢を掲げたこと自体は間違いでなかった」とは言っておきたい。

 若者の夢を嘲り、挑戦を腐す国に未来などあるものか。次回大会に本田の名前があるかは分からないが、高く掲げた夢と志は、継承されていくと信じている。夢と挑戦は、成功の母である。


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