【川崎】発災から2年が経過した熊本地震について谷口彰悟、車屋紳太郎に聞いた【麻生レポート】

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発災から2年が経過した熊本地震について谷口彰悟、車屋紳太郎に聞いた【麻生レポート】川崎フットボールアディクト

4月14日の仙台戦前、仙台を取材する旧知のライターさんがしみじみ「ありがたいです」と言っていた。LED看板に表示された選手からの復興に向けたメッセージについてだった。

感受性の違いがあるにせよ、人の優しさは人に伝わるもの。実際に被災地の友人が感謝していたのだからああした試みに意味はあるのだろうと思う。

サポーターのものと共にメッセージを寄せていたのは小林悠、谷口彰悟、車屋紳太郎の3選手だった(中村憲剛、大久保嘉人のメッセージもあったようです)。

キャプテンの小林はわかるが、谷口、車屋の人選で熊本地震のことが頭をよぎり、改めて調べてみて、熊本地震が2年前の2016年4月14日、16日の2日にまたがって起きていることを思い出した。改めて調べなければわからない程度には忘れてしまっていたが、そういう人に思い出させる効果があったという点でも熊本出身の二人のメッセージは意味があると思う。


車屋紳太郎は熊本地震について「自分の生まれ育った場所がそうなるということは想像できなかったです」と話す。と同時に「しかも自分はいまそこに住んでいないというか、関われないもどかしさもある。そういうことに対して今だからこそ、Jリーグでプレーできているからこそできることはあると思う」と話す。

ただ、なかなか簡単ではないと話すのは谷口彰悟だ。

「何ていうんですかね。関わり方も含めて難しいところがありますね。大々的にやれたら一番なんですが、それもできず。2年というところも何かやったほうが良いのかなとか色々考えたりしますし紳太郎とも話したりはしますが、ちょっといい方法がなかなか見つからないですね」

発災直後にはシーズンオフにサッカー教室などの話もあったというが、天皇杯決勝まで勝ち上がったことでそれもできなかったという。


発災から2年が経過した熊本について車屋は「発災直後よりは状態は良いですが、益城町などはまだ住む家がない方もいっぱいいますし大変だと思います」と話す。また両者とも仮設住宅での生活を余儀なくされているという数万人に上る方々のことに言及していた。実家が被災し、建て直しを余儀なくされた谷口はそういう意味では住むところの大事さを痛感しているとも言える。

二人とも熊本からは遠く離れた川崎でプレーしており、思うように復興には関われていない。だからこそ車屋は巻誠一郎の活動を誇りに思っていると話していた。

「巻さんのツイッター(https://twitter.com/makiseiichiro36)で、やっていることを見たりしますが、高校の先輩ですし、誇りに思えます」

もちろん「熊本に帰るタイミングとかではなにかやりたいとは思ってます」と車屋は話しつつ、「ちょっと遠いですがサッカーを見てもらうのが一番だと思ってます」と話していた。

車屋と同じくプレーで見せたいと話していた谷口はそれに加え「熊本の宣伝じゃないですが、そういうものをできればやっていきたいですね。さり気なくやっていければなと思います」と話していた。消費を通じて復興に関われることを喜ぶサポーターは多いはず。谷口が選ぶ熊本の名産品を楽しみにしたいと思う。

東日本大震災に比べると熊本地震は記憶の風化のスピードが早いように思うが、熊本も気に留めていただければ幸いだ。今ではネットで簡単に寄付などできるので、下記のサイトもチェックしてもらえればと思う。

(取材・文・写真/江藤高志)

ヤフーネット募金、熊本地震
https://docs-donation.yahoo.co.jp/report/kumamoto.html

ふるさと納税災害支援
https://www.furusato-tax.jp/saigai/

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