ハリルホジッチ前代表監督解任で考える、監督選考に必要なもの【書評】
【えとーセトラ】ハリルホジッチ前代表監督解任で考える、監督選考に必要なもの【書評】(川崎フットボールアディクト)
■長期ビジョンの欠如
ハリルホジッチ前日本代表監督の解任と、それに伴う日本サッカー協会の場当たり的な対応が批判の的となっている。日本代表監督の任を解かれてしまった以上、ハリルホジッチ前監督がロシアW杯でどのような采配を執るのかは永遠にわからなくなってしまったのが残念だが、その一方でハリルホジッチ前監督のここまでの采配を振り返り、解任は当然だとする人もいる。本大会までは2ヶ月しかないが、2ヶ月あれば西野朗監督で十分にチームは作れる、という主張もある。
嘆いても、胸を撫で下ろしてもロシアW杯は訪れる。それはそれとして、今回の解任劇に見る日本サッカー協会の長期ビジョンのなさについて論じたいと思う。
本稿を書きたいと思ったきっかけは、白井裕之さんが書いた「怒鳴るだけのざんねんコーチにならないためのオランダ式サッカー分析」という本を読んでいたからだ。白井さんはオランダでアヤックスのアカデミーやオランダサッカー協会のアンダーカテゴリーで分析を担当されている方で、この本の中で(書名と内容がミスマッチなのだが)オランダサッカー協会やアヤックスでの経験を元にサッカーをいかにして分析するのかということも論じている。そしてサッカーを分析するということが、監督選びの大原則にもつながっていることが分かって興味深い。
そこで日本サッカー協会の何がだめなのか。代表監督選考において何が必要なのか、論じたいと思う。
■監督選びの方法論
白井さんは監督選びについて「監督は結果や実績ではなく、クラブの原則から選ぶ」と書いている。もちろん「クラブ」のところは「代表」で置き換えて構わない。
白井さんは本書の中で「一時期、日本代表監督の選考が、その時々のW杯優勝国出身者になっていたことがありましたが、優勝国の監督がどの国にとっても最高の監督とは限りません。あくまでもチームの原則が先にあり、それを実現する方法論を持った監督を選ぶ方がロスなく次代への財産を残せるはずです」と書いてある。
日本サッカー協会の示す原則は「日本人らしいスタイルを持って戦っていく」こと。この抽象的な概念の元、日本サッカー協会は代表監督を選んできた。
日本人の体格に似た国で結果を残せた、ワールドカップで結果を残した監督、という理由で日本代表監督を選んできた過去があるが、そうした選考基準は説得的ではなく、次世代に残せる知見もない。
■プレーモデルの確立
それでは場当たり的な監督選びに陥らないようにするにはどうするべきなのか。「怒鳴るだけのざんねんコーチにならないためのオランダ式サッカー分析」の中で白井さんは、サッカーにおける目的と原則を明確化することの必要性を示す。
監督選びの根底にあるべきものは「プレーモデルの確立」だ。これがまず定められていなければ、監督選びの基準は作られない。まがりなりにも日本サッカー協会は日本サッカーの将来について「日本人らしいスタイルをもって戦っていく」ことを目指すと公言しているのだから、日本人らしいスタイルの戦いというものを定義づけなければならない。
プレーモデルを確立させるためには戦略と戦術を明確化させる必要がある。
ここで言う戦略つまりストラテジーは勝つために採用するプレースタイルを指す。
現代サッカーにおいては2つの戦略があると言われる。一つが「ゲームメイク」でもう一つが「カウンター」だ。ゲームメイクの中にも、パスワークでゴールに迫るポジショナルプレーと、より直接的にゴールに向かうダイレクトプレーに分けられる。
たとえばアヤックスの場合、ゲームメイク戦略としてはポジショナルプレーを選択している。
ちなみにサッカー用語として「ポゼッション」という言い方があるがこれはボールを保持している状態を指す言葉であって、戦略用語ではない。
戦術はより実践に即した方法論を指す言葉で「対戦相手の戦略にアジャスト(調整)すること」を指す。
試合前に用意しておくものが戦略で、実際の試合中に対戦相手の出方に応じて対応をするのが戦術に当たると考えていいだろう。
■日本人らしいサッカー
「怒鳴るだけのざんねんコーチにならないためのオランダ式サッカー分析」のp141で、白井さんは次のように指摘している。
「あなたが指導するクラブのプレーモデルを確立したいと思った時、最初にやるべきことは、戦略を決めることです」
すなわちゲームメイク戦略かカウンター戦略か。ゲームメイク戦略の場合、アヤックスやバルセロナのようなポジショナルプレーを目指すのか、ユベントスのようなダイレクトプレーを目指すのか。
さらにp142で次のように述べる。
「戦略が決まったら、その戦略に沿った目的と原則を作っていきます」
目的と原則は、ゲーム分析に置いては大切な基準になるもの。
同じくp142より
「戦略と、選んだ戦略に応じた目的と原則、そしてそれらを相手チームの戦略にアジャストさせた戦術、これらが組み合わさってできているのが、プレーモデルです」
つまりプレーモデルとは、戦略や戦術によって作られていくものだということ。
サッカーを分析し、分割していくことでより深くサッカーを理解する方法を編み出したオランダは、さらにそこから逆算して、プレーモデルを作る方法論まで編み出してしまった。オランダという国の底力を感じざるを得ない。日本サッカー協会もこうした手法を模倣し、研究して「日本人らしいサッカー」というものを定義づけてほしいと思う。この定義が日本サッカー協会が示す指針であり、監督選考はこの指針の範囲内でなされるべきだ。
なお「日本人らしいサッカー」というのは、オシム元日本代表監督の就任会見で発せられた言葉だが、この言葉をありがたがって大事にする一方、一向にこの言葉の意味を深掘りし、深化させる作業を行ってこなかった。それが日本サッカー協会の限界だとも言える。
「日本人らしいサッカー」を探求した結果、選ばれるのが日本人であれ外国人であれ、日本サッカー界の将来を見通せる人材が来るのであれば歓迎したい。逆に言うと、日本人指導者が軒並みダメだとも思わない。日本人指導者にも世界に伍して戦える優秀な人材は居るはずだからだ。
■クライフ・プリンシープ
余談になるがアヤックスでは、チームの勝利、ゴールを挙げる、という目的に対し8つの原則が設けられているとのこと。これはヨハン・クライフによって定められたもので「クライフ・プリンシープ」と呼ばれているとのこと。
1 パスの優先順位(横パスよりも、まずは縦パス)
2 3秒以内の攻守の切り替え
3 スペースを作り出す
4 3人目の動きを作り出す
5 数的優位な状況を作り出す
6 1対1の状況を作り出す
7 プロアクティブ(先を予測した)に守備をする
8 守備の際、コンパクトにポジションを取る(±25m)
日本サッカー協会にこれに類する原理原則はおそらくなく、だから今回のハリルホジッチ前監督の解任と、後任人事についてはあやふやな説明に終止した。
サッカーをどう分析していくのか。そしてその結果として得られた知見を日本人らしいサッカーに当てはめた場合、プレーモデルはどういったものになるのか。日本サッカー協会が主導して、こうした研究を推し進めるべきだ。そうした軸になる思想が無いがゆえに、(ゴニョゴニョに)付け込まれるスキを与えているのだろう。
■日本人らしいスタイル
本稿を書くきっかけになった「怒鳴るだけのざんねんコーチにならないためのオランダ式サッカー分析」は非常にわかりやすくサッカーを分析する方法を紹介している。なお、日本サッカー協会は「日本人らしいスタイルをもって戦っていく」ことを目指すと公言している。ただこれをわざわざ英訳して「Japan’s Way」と表現するセンスからして気に食わない。などと言葉選びのセンスを議論するのはさておき、本書で紹介された方法論を用いて、日本人らしいサッカーというものをしっかりと定義づけほてほしいと思う。そうすれば、定義づけた基準に従って評価することができるからだ。
Jリーグ発足から25年が経過し、何もせずに伸びる余地はもう無くなったと見ていい。ここからは欧州のサッカー先進国の研究成果を参考に日本人らしいスタイルをしっかり定義づけるべきであろう。そこから日本サッカーを構築してほしいと思う。
最後に余談になるが「怒鳴るだけのざんねんコーチにならないためのオランダ式サッカー分析」という書名は本当に残念だ。対象読者がコーチに絞られてしまいかねないからだが、そんな話を献本してくれた編集者にしたところ、書名を付けた本人だった。行きがかり上、言い繕うことはせず「一度絶版にして、ちょこっと編集して、書名を変えて再度売りに出したほうがいい」などと適当な事を言っておいた。そんなことはどうでもいいのだが、本当にいい本なのでサッカーを深掘りして観戦したい方は是非一度手にとってみてください。
(書評/江藤高志)
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