頭の中の自分なりの声で読みたい作品たち【サッカー本大賞2017・レポート】
人は頭の中で声を出して読んでいる
▼老舗のスターティングメンバー発表
窓の外は小雨、スピーカーからは優しくかつ心を躍らせる声が聞こえる。選考委員長・佐山一郎さんの「神田明神の鳥居の向こうに、何かロシアの青い空が見えてくる思いがします」の言葉に、笑顔を浮かべた山本浩さんの声が聞こえる。サッカーを伝える声の司会者が発した著者の名前は、スターティングメンバー発表のように聞こえた。
紹介されてもう一人のサッカーを伝える声の持ち主、倉敷保雄さんは小学生時代の剣道2級以来の表彰状を受け取る際、どうもすいませんと頭をかくポーズ。その横には、自称”照れ屋”の赤いヘルメットを被ったロック総統がいた。生みの親たちは喜びと緊張で、わが子の晴れ舞台を楽しむ。3月31日、小雨が降る中『サッカー本大賞2017』が開催された。
▼良い本はサッカーを豊かに
ベンゲルが腕を組んで中村憲剛とジェラードを見ている。今年で4回目を数える『サッカー本大賞2017』には、2016年に発売された作品がズラリと並ぶ。ただしそこには、ドリブルがうまくなる方法やバルセロナの戦術解説といったものはない。
“良質なサッカー書籍が、日本のサッカー文化を豊かにする”
“良い本はサッカーの見方を豊かに”
大賞に込められた想いを持つ、読み物としての書籍が優秀作品として来場。後方から舞台を見つめる11の想いから最優秀作品賞が選ばれる。
最優秀作品賞は2種類。選考委員が選んだすべての作品の中から『サッカー本大賞』が、奇しくもイングランドがテーマの3作品から『翻訳サッカー本大賞』が決まる。そしてもう一つの賞、WEBサイト『フットボールチャンネル』での投票による”読者賞”から発表が始まった。
さまざまな作家が名を連ねる中、唯一の現役選手の名前が呼ばれる。「自分を開く技術」(本の雑誌社)を書いた、伊藤壇選手が読者の支持を最も集めた。しかしこの日、伊藤選手は欠席。それもそのはず、オーストラリアがすぐそばの東南アジアの島国、東ティモールのポンテレステでリーグ戦を戦っている。代読という形で、編集の小林渡さんがスマホを取り出し「My name is ITO, not ETO’O」と伊藤選手のお約束の自己紹介を読み上げた。出版当初、「18の国と地域」だったキャッチコピーは、現在「20の国と地域」に増加。「アジアの渡り鳥」を自負する伊藤選手の戦う術は、「仕事論として完成度は高い」(幅允孝選考委員)とサッカーを越えたビジネスや海外で生きるノウハウ論としての評価も受けていた。
なお、小林さんが送った授賞式の報告に、伊藤選手の「既読」のマークが付いていないそうだ。東ティモールは日本と時差がない。伊藤選手は、今まさにナイトゲームのピッチ上で戦っていた。
▼楽しいひと時を……
著者が来場できないのは、海外の本も当てはまる。また、翻訳者も海外在住の場合がある。緊張をした編集者の赤萩悠さんが、著者と訳者に変わって賞状と楯を受け取った。
翻訳サッカー本大賞は『夢と失望のスリー・ライオンズ イングランド救済探求の時間旅行』(ソル・メディア)が受賞。赤萩さんは、日本語版を「クール」と言った著者のヘンリー・ウィンターさんの2002年、日本でのベッカムフィーバーを懐かしむコメントを代読する。「共同開催を成し遂げた日本の組織力がイングランド代表にありさえすれば……。授賞式で楽しいひと時を」と英国紳士のカッコよさを見せる。翻訳者の山中忍さんも「ヘンリーの男前を伝えることはできませんが、彼の腕前を堪能していただきたい」と、カッコよく英国式のコメントを残す。原稿が届くたびに編集部で回し読みをしていたと語った赤萩さんは、その時と同じように笑顔を浮かべていた。
大賞受賞者が来ない。スタッフがバタバタとしている様子が見える。でも、ここでやってくるのが持っている証。人生最悪のタクシーに捕まえてしまい会場をぐるっと一周していた、と能町みね子さんが場内を笑わせた。そして、この本の中の出来事のようだと著者は感じていた。サッカー本大賞は、「『能町みね子のときめきサッカー うどんサポーター』、略して 能サポ」(講談社)が受賞した。
「いかに楽しくサポーターライフ(旅)を楽しむか」(実川元子選考委員)である本は、能町さんがカマタマーレ讃岐と出会い魅了されていく姿が映し出されている。そして、うどん。能町さんは、現地で観戦とグルメを堪能するサッカーの楽しみ方を編み出していた。サッカーをよく知らないというハンディを背負っていた能町さんは、「素人ながらに書いて、サッカーを知っている方に認めてもらえて自信になった」と喜びを伝える。その一方で、「好きな相撲を差し置いて。サッカーで受賞するとは」と場内を沸かせた。
▼おくの細道からやって来た一つの大賞
幅さんから「危険物を扱うように」手渡された佐山さんいわく、「久々に「読書の快楽」」を味わい「突如ダークホース出現」を無視できなかった。『サッカー本大賞』は2作品を決断する。ダークホースの「能サポ」と並び先頭でゴールしたのは、同じく地方を舞台にした作品だった。
「能サポ」と並んで『サッカーおくの細道 Jリーグを目指すクラブ 目指さないクラブ』(カンゼン)がスクリーンに映し出され、3年ぶりの著書を発表した宇都宮徹壱さんが壇上に呼ばれた。「能サポ」のカマタマーレ讃岐よりも下のカテゴリーであるJFL、地域リーグに触れ続けている宇都宮さんは、「Jリーグが始まって来年で25周年、ちゃんと下の方にも届いている、全国津々浦々に芽が吹いている」と確信していた。「また本を作る、再起動をするタイミング」に苦労をしたと語る宇都宮さんは、「毎年本を作っていきたい」と次回作に向け動き出していた。
能町さんの冗談にほほ笑む宇都宮さんと、宇都宮さんのスピーチを真剣に聞く能町さん。佐山さんが用意していた総評の「宇都宮作品が兄の力、能町作品が妹の力」がすでに表れていた。そして佐山さんは「(徹壱お兄ちゃんは、時々妹の相談に乗ってください、たぶん怖がって相談に来てもらえないだろうけど)と最後のオチを持っていった。
▼人は頭の中で声を出して読んでいる
「本を読むとき、人は頭の中で声を出して読んでいると言われます。ということは倉敷さんは倉敷節で読まれておられるでしょう。たくさんの方々が自分なりの抑揚、アクセント、なまりで読んでいらっしゃるでしょう」。山本さんの温かい声で『サッカー本大賞2017』は終幕をした。
ピッチで戦う者、魅了された観客、そして地域や国を問わない情熱。さまざまな視点で描かれた作品がこの場所に集まった。でもここだけじゃない。もっと多くの情熱が書店には集まっている。サッカーと本、関係はないように見えても優雅な時間を過ごす共通点を持つ。2017年も、たくさんの頭の中の自分なりの声で読みたい作品に出会うはず。明日に向けて、日々の生活を豊かにする優雅な時間もそこには流れていた。
佐藤 功(さとう・いさお)
岡山県出身。大学卒業後、英国に1年留学。帰国後、古着屋勤務、専門学校を経てライター兼編集に転身。各種異なる業界の媒体を経てサッカー界に辿り着き、現在に至る。